406、ラフレアの森 〜この原因を語る
「地下水脈の汚染?」
女性教師ララさんは、初めて聞いたかのようにキョトンとしている。まさか知らなかったのか。
暗殺貴族の仕組みを構築したアーネスト家の創始者なのに? いや、それ以上に、エルフの血が入っているなら水の変化に気づくんじゃないかな。
「先生、王都の地下水脈は、マナの汚れのせいで奇病が発生しています」
学生のメイサさんが、彼女にそう説明すると、ララさんはハッとした顔をした。一応、知っているみたいだな。
メイサさんは、白魔導系ペパーミント家のお嬢様だから、地下水脈の汚染によるあの現象をよく知っているのだろう。治療依頼も多いだろうな。
「奇跡の薬を使っておかしな何かを消してから、呪術士や白魔導士が治療しているわね。悪霊がどうとか、蟲がどうとか、変な噂があるわね〜」
そう、巨大な桃のエリクサーには、悪霊をマナに分解するチカラがあるんだ。影の世界からの影響を排除できると、ゼクトさんは言っていた。
「先生、あの薬は奇跡のエリクサーと呼ばれています。3人のそれぞれの頂点を極めた人達が、合同で作り上げたものだそうです。ベースになっているのが、神殿跡で天兎が育てる果樹園の桃だそうですよ」
「ふぅん、金儲けの臭いがプンプンするわね。地下水脈におかしな毒を流して、それに効く薬を売れば、大儲けだわ〜」
ララさんの言い方に、僕は怒りを感じた。だが、実際に、そんなことが行われることも少なくないのだろう。
そもそも、人間が使わない深い地下水脈しか汚染されてなかったのに、それを浅い地下水脈へ誘導したのは、悪意ある人間だ。古代魔導系のファスト家だっけ。一角獣は、そのファスト家の次男坊だった男だ。ファスト家の犠牲者だ。
「先生、それは違いますよ。奇跡の薬は、冒険者ギルドが無料で提供しています。販売する店も、普通のポーション並みの価格ですよ」
「そうなの? あの奇病は貴族を中心に流行ってるから、ガツンとお金を取れるわ〜」
「王都の貴族から始まったけど、今は、誰がかかるかわからない流行病です。だから、みんな、地下水脈の水を使うときは、必ず浄化してから使っています」
二人の話を神官様は、黙って聞いている。そして僕の方をチラッと見て、片眉をあげた。説明を加えろということだな。
普通に話しても、ララさんは興味を示さない。ぶっちゃける方がいいか。
「その桃のエリクサーは、ボックス山脈で作りました。強大な魔力といくつものレア技能を掛け合わせて出来たものです」
「謎の少年さんの薬!?」
ララさんは、パッと顔を輝かせた。
「僕ひとりでは作れません。天兎の神殿守が育てた神聖な桃と、深い地下水脈に溜まっていた汚れたマナを利用しました。多くのレア技能を持つ神矢ハンターと有能な黒魔導士そして薬師の僕、誰が欠けても作れない奇跡の薬です」
そう説明すると、ララさんは、ますますキラキラとした目をしている。
「王都の薬師の爺さん達が、自分が参加したように言ってたわ〜。嘘だろうと思ってたけど〜。その深い地下水脈の汚れって、悪霊ね?」
「はい、泉から引っ張り出されたときには、真っ黒なマナでしたが、二人がいくつかのレア技能を重ねて浄化したんです。そして、その膨大なマナから果実のエリクサーをつくりました。ただ、そこにも新薬の創造を重ねて、別のレア技能も加わりました」
メイサさんは、目を見開き、手を口に当てている。一方でララさんは、楽しくてたまらないような笑顔だ。
「謎の少年さん! じゃなくて、師匠! すごいわ〜。だから奇跡の薬は、術の邪魔をする何かを消せるのね〜。ありえないわ〜」
キャッキャと手を叩いて笑う女性教師。
僕達が入っている透明なゴム玉を覗き込んでいた、ラフレアの緑色のつぼみ達に、ララさんの感情が伝わっていくようだ。
『ララ〜ラララン〜キャッキャ』
ラフレアのつぼみの歌声に、変な笑いが加わっている。
「でも、師匠〜。お金儲けをしないなら、なぜ、地下水脈を浄化しないのぉ? そんなとんでもないレア技能を持つ仲間がいるなら、できそうじゃない」
きたー!
「ララさん、僕も、竜神様から半年くらい前に、なんとかしろと言われていたんですが……」
僕は、彼女の興味を失わないように、気をつけて話を進める。
「何? 難しいの? 私が手伝ってあげよっか?」
「わっ、心強いです。ありがとうございます。だけど、できないのです……」
「どうして? 地下水脈って……あれ? 深い地下水脈が汚れてるんだよね? 王都は浅い地下水脈しか使わないよ?」
ララさんは、一瞬首を傾げたけど、すぐにその理由がわかったらしい。
だけど、メイサさんが、口を開く。
「先生、誰かが深い地下水脈を汲み上げて、井戸にいれたのが始まりみたいです。王都では、一部の貴族が、深い地下水脈の水を飲むと魔力量が増えると言ってます」
「ふぅん、でもそれだけなら、こんなに流行病は広がらないわよ〜。メイサさん、あちこちで流行ってるんでしょ」
「あっ、そうですね。おかしいです……あっ、蟲が運んでいるのかな」
その蟲は、ただの蟲じゃない。異界の蟲なんだけど、そこは知られてないか。
二人の視線が、同時に僕に向いた。僕は軽く頷き、口を開く。
「北の海に、異界の悪霊が出入りできる氷の裂け目があります。そこから、悪霊は、海底の下を流れる地下水脈に入れます。デネブでは、その深い地下水脈から浅い地下水脈へと誘導されていたようです」
「へ? 誘導って……二つの地下水脈は交わらないわよ〜。誰かがそんな仕掛けを作ったの?」
さすが、ララさんはすぐに気づく。
「とある貴族の別邸に、深い地下水脈と浅い地下水脈を繋ぐ太い管が埋め込まれていたようです。それは、もう、冒険者ギルドが動いて撤去されましたが、他の街にも、そんな場所があるんだと思います」
僕がそう説明すると、彼女は少し考えている。
「なぜ、そんなことをするのかしら? 悪意しか感じないわね〜。井戸水に、深い地下水脈の水を誘導したいのかな」
「デネブの場合は、復讐だったようです。あの病が流行り始めた頃に、家族を失った人達が、逆恨みしたんです」
「ふぅん、ファスト家かしら?」
あっ、マズイ。ララさんは興味を失ったような顔をしている。チラッと神官様の方を見ると、片眉があがった。さっさと話せと言われているようだ。
どうしよう……彼女の興味をひくには……。
「はい。ファスト家の次男坊が犠牲になりました。その彼は悪霊になり、ファスト家に操られて、北の海からデネブにやってきました」
「ふぅん、その悪霊がしゃべったのね〜」
「はい、彼は今は雷獣ですから、普通に人の言葉を喋ってくれます」
すると、ララさんの目がキラッと輝いた。
「何? 雷獣って、あの雷獣?」
「一角獣みたいな雷獣です。この世界と影の世界を行き来しま……」
「見たいわ! どこにいるの? 雷神の下僕よね? 半透明で美しいのよね? 見たいわ、見たい見たい見たい!」
駄々っ子か……。
「デネブの精霊の森にいます」
失敗した……彼女の興味をひくことはできたけど、本題から逸れてしまった。
「じゃあ、すぐに……行けないわね。異常な量のラフレアのつぼみに完全に囲まれているもの」
ララさんは、辺りを見回して、ガクリとうなだれている。メイサさんが、一気に不安そうな顔になった。
「なぜ、こんなことに……」
メイサさんが、ポツリと呟いた。
「それは、地下水脈が汚れているから、ラフレアの養分が多すぎるのよ。師匠、なぜ放置してるのよ〜。私が手伝ってあげようか?」
さっきの話に戻った!
「それが……僕が動くことを禁じられているんです。他の冒険者もすべてです」
「なぜ? これこそ、冒険者ギルドの出番じゃない。あっ、報酬が高くなりそうだから、依頼できる人がいないのかしら。それなら、王宮が払うわよ〜」
今度こそ、ちゃんと話そう。彼女が興味を失わないように、慎重に言葉を選ぶ。
「それが……王宮が動くなって……」
「そんなわけないじゃない! 私が、今の王に言ってあげようか? ケチケチしてんじゃないわよって」
いや、報酬じゃないんだ。
「王様ではなく、ノレア神父が動くなと、わざわざデネブの冒険者ギルドに人を集めて命令したんです」
やった! やっと言えた!
「なぜ、ノレアの坊やが冒険者を止めるの?」
「王宮がやるから、でしゃばるなって」
すると、ララさんは少し考えているようだ。そして、ニヤリと笑った。
「ノレアの坊やが、何か失敗したのね。それを隠そうとしているんだわ〜」




