405、ラフレアの森 〜囲まれた
「あれは、ラフレアの赤い花です」
僕がそう答えると、神官様だけでなく女性教師ララさんまで、驚いた顔をしている。
「空を飛んでいるの?」
「いえ、茎を伸ばして空を泳いでるんですよ。獲物を探しているのでしょうね」
「謎の少年、何を言っているの? ラフレアは地面に広がるように巨大な花を咲かせるのよ〜」
ララさんは、ラフレアの赤い花を狩ったことがあると言っていたけど、事実だろうか? もしかすると、空をウロウロするラフレアの方が珍しいのかもしれないけど。
学生のメイサさんは、その表情をひきつらせている。怖がらせるような言い方になってしまったのだろうか。
「あっ、わかった! 空を漂っている方が若いのね〜。そして、茎が折れて地面に広がるというわけね〜」
彼女……暗殺貴族アーネスト家の創始者は、やはりわかっていないようだ。興味のないことは、忘れてしまったのかもしれないな。
「ララさん、違います。地面に広がるように咲くラフレアの赤い花は、茎を伸ばして空を漂うことができるのです。茎を切ってしまうと、花は地面に落ちます。そして、茎から飛び散る液体を浴びると花は変色します」
茎から飛び散る液体が、猛毒だとは言えないな。
「ええ〜っ? それって毒花畑のこと? ラフレアの森に何十年かに一度、色とりどりの毒花が現れるらしいよ〜。ラフレアハンターじゃなきゃ狩れないし、毒花畑に近寄った男性はすべて死ぬわ〜」
まぁ、そうだろうな。デュラハンや一角獣そしてブラビィが来てくれなかったら、僕達もどうなっていたかわからない。
「それで、王宮の兵の部隊がひとつ全滅したんですよ」
「ふぅん、情けないわね〜。ラフレアぐらいで〜」
いや、それは、女性だから言えることじゃないかな。まぁ、反論はしないけど。
「ラフレアの赤い花が空を泳いでいるなら、ここで休憩しましょうか。さっきの案内板まで戻るのも、危険かもしれないわ」
神官様は、そう言って、メイサさんに何かを渡している。僕にも、そして女性教師にも配ってくれた。
デネブで売っているぶどうパンだ。すぐ近くのシャルドネ村から売りに来ているそうだ。
婆ちゃんが焼くリースリングのぶどうパンとは違って、細長い形をしている。外で食べやすいと、冒険者に人気だそうだ。
パンを食べると、僕も少し元気が出てきた。メイサさんも同じみたいだな。池の水をパシャパシャと飛ばしている。何をしているのだろう?
「この水をかけると、草が輝くみたいです」
無邪気な笑顔だ。まだ13歳だもんな、若い。
「メイサさん、子供みたいな遊びはやめなさい〜」
そう言いつつ、女性教師ララさんは、池に足を突っ込んでバタバタしているんだよな。
小さな池のほとりで休憩していると、ドーン、ドーンと、地面が揺れた。池に手を突っ込んでいたメイサさんは、慌て、僕達の方へと駆け寄ってきた。
「何かしら?」
「あっ、フラン様! 空を泳いでいた赤い花がいません」
メイサさんは、王宮のキャンプ場の方を指差している。
「まさかとは思うけど……地面の色がなんだかおかしいわね」
彼女達の視線の先は、うわぁ……赤紫色だ。この色は、ラフレアの発情期なんだよな。ここって推奨地じゃないのか?
「キャンプ場に転移してきた人達のせいね〜。草の生えていない地面が真っ赤に染まっている〜。ラフレアのテリトリーだわ〜。まともな魔法が使えなくなるわね〜」
ララさんがそう言ったことで、神官様は驚き、小さな氷を作っている。彼女は使えるみたいだな。
「本当ですねー。魔力は10分の1以下だわ」
女性には、影響はないかと思っていたけど、そうでもないらしい。
「じゃあ、離れる方がいいかな。今日は帰りましょうか」
「謎の少年さん、何を言ってるの? ラフレアのテリトリーが広がっているということは、赤い花を狩るチャンスじゃない。普段は見つけられないのよ〜」
ララさんは、やはり狩りたいんだ。
「メイサさんの先生ですよね?」
「あー、うーん……でも、空を泳いでいたラフレアが居なくなってるってことは、地面に戻ったんでしょ? まともな魔法が使えなくても、物理攻撃が効くわよ〜。ラフレアってバカよね〜。物理攻撃を封じる方がいいんじゃない?」
あれ? 知らないのか?
「ラフレアの声を聞くと、身体のチカラが抜けて動けなくなるそうですよ」
「ちょっと、何を言ってるの? ラフレアがしゃべるわけないじゃない」
しゃべるし、歌うんだけどな。ほら、こんな風に……げっ!?
『ラララン、ラン、ララ』
すると、女性教師はキョロキョロし始めた。
「誰? 私の名前を連呼するのは……中性的な声ね〜。聞き覚えがないわ〜」
『ララン、ララララ〜』
『ラン、ラララン〜』
『ララララ〜……アヒャッ』
「きゃー! な、な、な、何……」
メイサさんが、僕の後方、かなり上の方を向いて、ひきつっている。僕は、振り向かなくても、彼女が何を見ているのかは、わかる。
女性教師が剣を抜いた。
だけど、つぼみだよな。ゼクトさんは、つぼみはスルーしていた。理由はわからないけど……。
「ララさん、緑色の花に見えるものは、つぼみです。切っちゃダメですよ。ラフレアハンターもスルーしていました」
キン!
はぁ、人の話を全く聞かないんだよな。
「ちょっと、どういうこと?」
彼女の剣は、ポキリと折れている。別の剣を出して、斬りかかっていくけど、同じく折れたようだ。
振り返ってみると、緑色のつぼみがいた。人面花の形相が怖い。彼女に斬りかかられて怒っているのか。
「どういうこと? 全然、切れないわ〜。暗殺用のタガーまで弾くなんて……」
「ララさん、やめてください。ラフレアが怒っていますよ」
「なぜ、キャンプ場の方に赤い花があったのに、ここにつぼみがいるのよ? ラフレアって、一度にいくつも咲かないわ〜」
彼女が疑問を持った。地下水脈の話をするチャンスだ。
「きゃー!」
神官様と一緒に少し離れていたメイサさんが、悲鳴をあげた。神官様も、顔面蒼白だ。
ララさんは、すぐに彼女達の方へと駆け寄り、動きを止めた。手に持っていたタガーが、地面に落ちた。
僕も池を離れて、彼女達の方へと向かうと……。
『ララ〜、ランララ〜』
『ララン、ララ〜』
緑色の人面つぼみの大群だ。僕を見ると……笑顔になる。うー、気持ち悪いけど、ビビってはいけない。
だが、さらに数が増えている。以前は、40個もなかったはずだけど……見渡す限り、緑色の巨大な人面花だ。
ララさんが、攻撃魔法を使おうとしても、小さな火にしかならない。そして、つぼみに届く前にかき消される。
「ど、どうなっているのよ、こんな……ありえない」
ラフレアは、ララさんを敵認定したのか、彼女に向ける顔は、怒りに満ちている。
マズイな……。でも、緑色のつぼみは、何もできないとゼクトさんが言っていたっけ。しかし、これ以上、ララさんが攻撃を続けると赤い花が来るかもしれないな。
僕は、スキル『道化師』の玉乗りを使う。そして、透明な割れないゴム玉の中に、彼女達を入れた。
「な、なんですか?」
「割れないゴム玉です。皆さん、この中に避難してもらいますよ。ちょっと、つぼみが怒っていますからね」
僕も一緒に、その中に入ることで、緑色の人面花から、怒りの表情は消えた。でも、僕達の周りからは離れないな。ゴム玉の中を覗き込んでいる。だけど、それだけだ。
歌声は次第に揃い、どんどん大きくなってきた。
『ララン、ランラン、ララ〜』
「さっきのは、偵察の個体だったのね。まさか、こんなにたくさんのつぼみを呼び集めるなんて……身体が重くて仕方ないわ。この声のせいね」
ララさんの話し方と表情が変わった。
「嫌な声ね。動けないほどではないけど、動きたくない重だるさを感じるわ」
女性3人は、身体が重いと言うけど、普通に動けるようだな。
「この声は、男性なら動けなくなるようです」
「なぜ、謎の少年は何も変わらないの?」
「たぶん、精霊師には効かないんです。ラフレアは精霊系の植物みたいですから」
するとララさんは、僕を殺意を含んだような目で、キッと睨んだ。
「アナタ、まさか、ノレアの坊やの手先?」
「はい? 僕は、ノレア神父に嫌われています。だから、何度も暗殺しようと……」
「あー、そうだったわね。忘れていたわ。しかし、なぜこんな量のつぼみ? 地下水脈がラフレアの養分であふれているのかしら」
チラッと神官様の方を見ると、彼女は微かに頷いた。話すタイミングだな。
「これは、地下水脈の汚染が原因だと思います」
日曜日はお休み。
次回は、1月24日(月)に更新予定です。
よろしくお願いします。




