404、ラフレアの森 〜小さな池
僕だけが門前払いだ。
まぁ、ラフレアの森で泊まるわけではないから、いいか。ここは、王宮で働く人達のためのキャンプ場だ。
この簡易宿の近くに小さな池があると、ギルマスが言っていたな。とりあえず僕は、枯れたラフレアを探しに行こうか。王宮の兵がいる場所なら、僕が離れても安心だろう。
「じゃあ、僕は、ぐるっと森の中をまわってきますね。皆さんは、キャンプ場で休憩していてください」
僕がそう言うと、神官様は軽く頷いてくれた。だが、メイサさんは戸惑っているような表情だ。神官様も同行の先生も一緒なのに、不安なのだろうか。
一方で女性教師は、キャンプ場内をジッと見ている。
暗殺貴族アーネスト家の創始者である彼女は、ほんと、自分の興味のある話しか聞いていない。
エルフの血が入っているから見た目は若いけど、かなりの年齢だ。マイペースすぎるけど、仕方ないか。彼女に協調性を求めることは諦めた。
「じゃあ……」
僕が、キャンプ場の入り口から離れようとしたとき、なんだか違和感を感じた。空気が揺れたような変な感じだ。何だろう?
「ヴァン、ちょっと待って」
神官様が慌てたように、僕を呼び止めた。
振り返ると、キャンプ場の中には、さっきは居なかった王宮兵の集団がいた。プンと血の臭いもする。
「あれ? あの人達は転移してきたのかな」
「ヴァン、今は、ラフレアの森の中では転移魔法は禁じられているわ。転移した先にラフレアの花があると大変だもの」
なるほど、確かに……。
もし、地面が赤紫色に変色していたら、耐性がないと魔法が使えなくなる。しかも、ラフレアの声を聞くと、身体のチカラが抜けて動けなくなるんだよな。
「すると、あの人達は……」
「おそらく魔道具ね。キャンプへの帰還石を持っていたのでしょう。逃げ帰ってきたということは……何があったのかしら」
転移してきた王宮兵の集団には、かなりの数の怪我人がいるようだ。ラフレアの森には魔物もいるから、厄介な魔物と遭遇したのだろうか。
一瞬、僕も治療を手伝うべきかと思ったけど、王宮のキャンプ場だもんな。優秀な薬師や白魔導士がいるだろう。
それに、立ち入りを許されない僕が、余計なことに首を突っ込まない方がいい。
「地面が赤くなってきたよ〜。アイツら、バカだね。連れてきたんじゃない?」
女性教師は、好戦的な笑みを浮かべている。この人の性格って、ほんと手に負えない。
僕の目には、地面の変色は見えない。キャンプ場内には、ラフレアの花を入れない仕掛けもあるだろう。
「怪我人がいるから、私達は迷惑になるわ。ここに立ち寄るのはやめましょう」
神官様がそう言うと、女性教師はキッと睨んだ。血の臭いに刺激されたのだろうか。なんだか目つきが違う。
「どうして? そのうちラフレアの赤い花が来るわよ。あの兵達が連れてきたのよ〜」
そうか、彼女はラフレアの赤い花を狩りたいんだ。
「メイサさんが怖れるわ。私もラフレアの花は、見た目が苦手ですし」
神官様も怖いんだ。ラフレアの花は、めちゃくちゃ気持ち悪いもんな。巨大すぎる肉厚な花の中心の白い部分には、大きな人面がついている。
女性教師は、メイサさんの方をチラッと見て、頷いた。
「そうね〜。生徒に見せるものじゃないわね〜」
へぇ、一応、ちゃんと教師なんだな。
彼女達は、僕の方へと戻ってきた。
「ここから少し離れた場所で採取しましょう。推奨地は、キャンプ場を取り囲むエリアです。推奨地には、ラフレアが嫌うバリアを張ってあるそうよ」
神官様はそう言うと、来た道を戻り始めた。でも、休憩したかったんだろうな。そういえば、少しお腹も空いた。
僕は、スキル『迷い人』のマッピングを使った。ラフレアの森は、うまく表示されないな。あー、そうか、動くからだ。
人間が作った道は表示される。だが全体像はわからない。あっ、小さな池が分岐路の近くにある。さっきの推奨地の看板があった分岐路だ。
「じゃあ、推奨地の看板の近くまで戻りませんか? 地図があったので、安全な休憩場所が記されていたと思います」
「そうね。案内看板の横に、地図看板があったわね」
僕と神官様が話していると、メイサさんは頷いてくれるけど、女性教師は、まだキャンプ場の方を見ていて、何も聞いていない。
「アーネスト先生、戻りますよ?」
僕がそう言うと、彼女はすぐに僕の方を振り返った。
「謎の少年さん! 私の家の名前を呼ばないで。ララでいいから」
「わかりました、ララ先生、戻りますよ」
「え〜? 違うわよ〜。謎の少年が師匠なんだから、師匠が私を先生と呼ぶのは、おかしいわ〜」
勝手に師匠にされている。弟子は取らないと言うと、また、面倒なことになりそうだな。
「じゃあ、ララさん、戻りますよ」
「はいはーい。ふふっ」
神官様からの冷たい視線に耐えながら、来た道を戻っていく。この辺りにも超薬草が生えているけど、とりあえずは、彼女達の休憩だな。
メイサさんは、疲れた顔をしている。ずっと緊張しているのだろう。テンションも高いし、張り切りすぎかな。
僕は歩きながら、手に触れた薬草を摘み、正方形のゼリー状ポーションを作った。
「メイサさん、よかったらどうぞ。少し体力が落ちてきているようですよ」
ゼリー状ポーションを差し出すと、メイサさんではなく、ララさんがつかんだ。仕方ないから、もう一度作る。
「やっぱり、グミポーションってお菓子みたいよね〜。うむむ? もう一度やってよ、師匠〜」
謎の少年さん呼びは、やめたのか?
「あとで教えますよ。メイサさんの体力が心配です。ずっと緊張しているから、疲れてしまいますよ」
「そうね〜。生徒の付き添いだもの〜」
メイサさんにゼリー状ポーションを渡すと、神官様も手をひらひらさせている。ふふっ、なんだか可愛い。
神官様にも、ゼリー状ポーションを作って渡した。彼女も疲れていたみたいだな。たぶん、怒り疲れたのだと思うけど。
「あっ、ちょっと待ってください。左側に一瞬、立ち寄りたいんですけど」
キラリと光る水面が見えた。道を外れて左へと進むと、突然、空気の匂いが変わった。澄んだ空気だ。精霊がいる場所の匂いに似ている。
少し歩くと、小さな池が現れた。背の高い草が生えているから、注意して探さないと気づかない。まるで池を隠しているかのようだ。
「へぇ、ラフレアの森にあると言われている隠れ池ね〜。本当にあったんだ。池の場所は変わるから、なかなか見つけられないらしいわよ〜」
池の場所が変わる? まぁ、そう言われても不思議じゃないな。ラフレアが吐き出した不要な水分だ。どこに吐き出すかは、ラフレア次第なのかもしれない。
女性教師ララさんは、ふらふらと池に近寄っていく。そして池の水を手ですくって、ゴクゴクと飲んでいる。
「ふわぁ〜っ、美味しいわ〜。こんな水は飲んだことないかも〜」
僕は一応、薬師の目を使って、池の水を調べた。
これって……すごいな。超薬草のひとつ、虹花草の中に含まれる成分に近いものが入っている。これは、いわば超水だ。
僕は、魔法袋に入れていた食器を探した。適当な瓶はない。カップで水をすくい、氷魔法を使って凍らせた。カップから取り出した氷は、尋常じゃない透明感だ。
いくつか氷を使って麻袋に入れ、そして魔法袋に収納した。魔法袋の中では時が止まるから、溶けないはずだ。
「ヴァン、何してるの?」
「あー、はい。この水、すごいんですよ。超薬草の虹花草と同じ成分が溶け込んでいるから、ちょっと持って帰ります」
「聖水の元になる水よ? 王宮の神殿教会が管理しているわ」
「あっ……勝手に取っちゃダメでしたか? もう汲んでしまいましたが」
「ノレア神父に知られたら、また……。あら、美味しい!」
神官様は、そう言いつつ飲んでるよ。
メイサさんも、彼女を真似るようにして飲んでいる。ゼリー状ポーションを食べて、美味しい水を飲んだから、すっかり疲れも吹き飛んだみたいだな。
僕も飲もうかと思ったけど……ギルマスが、ラフレアのしょんべんと言っていたことを思い出してしまった。
緑色の人面つぼみや、赤い花、そして色とりどりの肉厚な花のじゅうたんを思い出すと……飲めないな。
僕は、池の周りを少し歩いてみた。たくさんの珍しい薬草は生えているけど、枯れたラフレアはなさそうだ。
ここは、キャンプ場から少し離れているから、ギルマスが言っていた場所ではないのかもしれないな。
「あっ! ヴァン、何あれ」
神官様が指差した方向には、空を泳ぐ赤い花が見えた。




