402、自由の町デネブ 〜女性教師の素性
「夢中になってしまって、忘れていたわ〜」
メイサさんが連れてきた王都の王立総合学校の女性教師は、コホンと澄ました顔をつくった。今更な気もするけど。
神官様が、メイサさんを促すようにコクリと頷いている。メイサさんも、頷き返し、口を開く。
「先生、ラフレアの森のミッションですけど、フラン様とヴァンさんで受注したいと……」
「メイサさん、私も、同行者ではなく冒険者として、ラフレアの森に行くわよ〜。あまり冒険者はしていなかったからランクは言えないけど、ラフレアの花なら狩ったことあるから〜」
彼女の言葉に、僕はホッとした。
メイサさんは同行する先生がいないと、このミッションを受注できないという学校の規則がある。
「先生、じゃあ、いつ行きますか? 王都に戻ってすぐにギルドに行くのは、さすがに大変かしら」
キラキラした笑顔のメイサさんがそう言うと、女性教師は首を横に振っている。
「メイサさん、この町にもギルドはあるわ〜。ここに、所長を呼びましょう〜」
えっ……所長は、ボレロさんだけど……。さすが王族出身だな。うん? 王族出身? 王族を離れたということだろうか。
「先生、そんなことをしてもいいのですか? 冒険者ギルドって、身分ではなく、冒険者ランクで上下関係が決まると聞いたことがあります」
「あら、そんなことは気にしたら負けよ〜」
めちゃくちゃだ。教育者としてマズイよな。だけど、王族出身者には言えないか。
「メイサさんの先生、彼女の言う通りです。冒険者ギルドは、貴族も神官家も関係ありません。冒険者ランクで、決まります」
神官様は、ピシャリと女性教師に言った。凛としたよく通る声で、こんな風に言われると背筋が伸びる。
でも、王族とは言わないんだな。あっ、女性教師が王族出身だということは、知らないふりをするのか。もしかすると、隠している可能性もある。
「あら、もう遅いわよ〜。呼んじゃったもの〜」
念話を使ったのか。
彼女は、神官様を見下すような視線を送っている。神官様は、彼女の態度を気にしていないような、柔らかな笑みを浮かべていた。
きっと、心の中では怒っているよな。
「あの、メイサさんの先生、この町の冒険者ギルドの所長を呼び出したんですか」
僕がそう言うと、彼女の表情が少し変わった。神官様に見せる顔とは、明らかに違う。媚びる感じでもないけど、何かをごまかすような笑顔だな。
「そ、そうよ〜。所長なら、気軽に声をかけても大丈夫でしょ〜。ギルマスじゃなくて、ただの所長よ〜」
やはり媚びる感じではないけど、言い訳っぽい。
見た目は、僕より若く見えるけど、教師をしているから、それなりの年齢だろう。エルフの血が入っていると言っていたけど、王族を離れたのなら、普通の常識を知らないと恥をかくのは、彼女自身だ。
「所長さんは、僕の担当者なんですよ。僕が、青ノレアに加入したときから、ずっとお世話になっています。冒険者は、身分とは関係ない実力の世界です。貴女の身分が高いのかもしれませんが、冒険者の常識を知らないというのは、冒険者と関わる機会のある教師として、どうかと思います」
あっ、言い過ぎた……。
女性教師の顔が赤くなった。やばい、激昂したか。
神官様の方を見ると、片眉があがった。何? やはり、僕は、やらかしてしまった?
「こんにちは〜、お呼びですか」
ドゥ教会に、ボレロさんが転移魔法を使ってやって来た。忙しそうな、目元にクマのある職員さんも、二人連れて来ている。
ボレロさん達は、教会の奥へと入ってきた。そして、真っ赤な顔をした女性教師の様子に驚いている。
「えっと、タイミングが悪かったですか?」
ボレロさんは、神官様に尋ねたけど、どう答えるべきか、彼女は迷っているようだ。
「いえ、大丈夫だと思うわ。ヴァンが、ちょっとね……。たまに最近、ガツンと言うのよ」
神官様は笑顔だけど、僕がやらかしたと暴露している。
すると、ボレロさんはすべてを納得したような表情を浮かべた。この女性教師のことを知っているかのようだ。
「アーネスト先生、ヴァンさんに叱られたんですね。そもそも、低ランク冒険者が、所長を呼びつけること自体、おかしいんですよ? 先日、納得いただけましたよね?」
女性教師は、アーネストという名前なのか。珍しい名前だな。いや、家名だろうか。うん? アーネスト家?
「ちょっと! 家の名前を言わないでよ〜。私、名乗らない主義なのよ」
アーネスト家って聞いたことはあるけど、何だっけ?
「ララ先生って、アーネスト家の……」
メイサさんが、目を見開いている。学生さんも知らなかったんだな。ララ・アーネストという名前なのか。
神官様まで、目を見開いている。あれ? 接触しようとしていたなら、知ってたんじゃないのかな。
「ヴァンさんは、ご存知なさそうですね。アーネスト先生は、アーネスト家の創始者です。エルフの血族だそうで、こんな顔ですけど、人間じゃないですからね。確か、ヴァンさんの従属のセクシーな女性と同じくらいの年齢ですよ」
えっ? セクシーな従属って、海竜のマリンさん? ちょ、確か、千年以上生きているんだよね?
「ボレロさん、まじですか」
「まじです」
すると女性教師が、パッと顔をあげた。その表情は驚き、目を見開いている。
「謎の少年さん……じゃなくてヴァンさん、まさか、ミラを従属にしているの!?」
「えっ? ミラさん? いえ、違います。ミラさんの母親のマリンさんです」
「ちょっと、ボレロ! 私は、ミラとは従姉妹だし、歳も近いけど、白き海竜ほどオバサンじゃないわ!」
あっ、そうか。ミラさんは、亡き先代の王の娘、王女様だっけ。なんだ、王族と繋がりを持ちたければ、ミラさんがいるじゃないか。
でも、ノレア神父に強く言える人じゃないと意味がないか。地下水脈への他の冒険者の介入を許可してもらわないと、ますます事態は悪化する。
「アーネスト先生、そんなことより、何の用ですか」
「家の名前を大きな声で言わないで〜」
そういえば、教会にいる人達の何人かが、アーネストと聞いて離れていく。
「ご用は?」
「生徒の付き添いで、ミッションを受注するから〜。ギルマスのオールスさんのラフレアの森のやつ〜」
するとボレロさんは、ため息をついた。
「アーネスト先生、何百回も言ってますけど、冒険者ギルドでは、冒険者ランクで地位が決まります。暗殺貴族の仕組みを構築したアーネスト家の創始者でも、何ら優遇はできません。Eランクは、いいランクじゃなくて、低ランクなんですよ! 受注のために、低ランク冒険者がギルド職員を呼び出すなんて、ありえませんよ」
何百回も言われてるんだ。って、暗殺貴族!?
そういえば、暗殺貴族のクリスティさんは、レーモンド家だ。なんとなく似た感じだな。
貴族の家名は、何か法則というか統一感がある。名前を聞いただけで、どういう家かがわかるからだそうだ。
ボレロさんに叱られても、女性教師は、まるで聞こえていないかのようだ。なんというか……言っても無駄だろうな。
ため息をつきつつ、ボレロさんは、職員さんに手続きを指示している。
「パーティは、4人ですか? ヴァンさん」
「なぜ私をスルーして、謎の少年に言うのよ」
ボレロさんと僕の間に割り込んでくる女性教師。もう、先生には見えなくなってきたな。
暗殺貴族のアーネスト家だと言われても、これもピンとこない。あー、だから、ノレア神父が僕の暗殺を失敗したと笑っていたのか。突然、何の話かと思った。そして、謎の少年だ。
この女性は、自分に素直なんだろうな。関心のあることしか聞こえないんだ。年齢的なものかはわからない。でも、あまりにも、感じ悪いんだよな。
「アーネスト先生、いま、冒険者として話しています。先生は、学生さんと同じEランクです。フランさんはAランク、そしてヴァンさんはSランクですからね!」
ボレロさんは、結構キツイことを言う。それだけ、信頼関係があるのか。
そういえば、ずっと先生と呼んでいる。もしかしたら、ボレロさんは、王立総合学校の卒業生なのかもしれないな。
「ヴァンさん、ラフレアの森の近況は、ご存知ですか」
「このひと月くらいは知らないです」
「王宮の部隊が全滅した後、肝試しミッションが増えています。だから、かなりの目撃情報があるのですが、また、ラフレアが開花しているようです」
まぁ、そうだろうな。
「つぼみは、結構ありましたからね」
「気をつけてください。また土に変化が出ているようです」




