401、自由の町デネブ 〜メイサさんの学校の先生
「わっ! 先生、彼がヴァンさんです。Sランク冒険者ですよ」
白魔導系の貴族ペパーミント家のメイサさんは、慌てて駆け寄ってきた。
僕の背後で、腕を組んで立っていた女性は、僕を神官見習いだと思ったらしい。僕よりも若く見えるけど、先生なのか。
ということは、彼女は、貴族ではなく王族出身の女性教師なのかな。彼女の高飛車な言葉遣いは、王族だからだと言われると納得できる。
神官様が嫌な顔をせずに接していたのは、そのためか。ずっと接点を持とうとしていた女性だもんな。
「メイサさん、からかわないでよ〜。私、事前に調べてあるのよ? 貴女がラフレアの森に行くミッションを受けたいというから〜。貴女の同行者として相応しいと判断したから、ここに面接に来たのよ?」
はい? 面接!?
神官様が、その女性の後ろに立っている。少し距離を取るのは、近づきすぎると失礼にあたるからか。神官様と目が合ったけど、何の合図もないんだよな。
「先生、私は嘘はついていません」
「じゃあ、騙されているわ〜。メイサさん、貴女は狙われやすいのよ? 伝統あるペパーミント家の当主になる人ですからね〜」
僕には全くわからない話だ。
「メイサさんの学校の先生、彼は、ヴァン・ドゥ、私の伴侶ですわよ」
神官様がそう言うと、女性は彼女をキッと睨んでいる。はぁ、やだなぁ、こういう人。
名前を名乗ることもしないんだ。いや、まぁ、こんな場所だからか。不特定多数の人が出入りする小さな教会だもんな。
「どこで間違えたのかしら〜。こんな子供だと知っていたら、来なかったわ〜。メイサさん、ミッションの同行者は、他を当たりなさいね〜」
「先生! 私、フラン様と一緒にミッションをしてみたいんですっ」
「じゃあ、腕の立つ黒魔導士でも捜してみなさいよ〜。ラフレアの森なら、女性ね〜。だけど、黒魔導士でマシな女性は知らないわね〜」
語尾の脱力具合が、微妙にイラつく話し方だ。僕より若く見えるけど、先生なら、もっとキチンと話す方がいいと思う。
すると、その女性が僕の方をパッと見た。
「何よ〜。何の術?」
「えっと、はい?」
僕には、何を言われているかわからない。
「今、あたしのこと、おまえの方がガキだとか、話し方がヘンテコだとか言ったでしょ! あたしは、エルフの血が入ってるから、若く見えるだけよ! 優しく話してあげてるのに、どこがヘンテコなのよ!」
「いえ、僕は、念話系は使えません」
「嘘っ! だって、父さんが困ってるって……うん? 父さんって誰?」
頭を抱える女性教師……大丈夫だろうか。変な幻聴が聞こえる? いや、でも、父さんがって……まさか。
キョロキョロと周りを見回したけど、いない。
「父さんには聞こえないから言っちゃダメとか、何なの? 怨霊でも居るのかしら〜」
神官様の方を見ても、彼女も首を傾げている。彼女も、キョロキョロして、白い奴らを探しているみたいだけど。
「メイサさん、帰りましょう〜。なんだか、不気味だわ〜」
「ええっ! 先生、そんな」
ここで帰らせては、ひと月以上待っていたのが台無しだ。でも、神官様は動かない。見守っているというより、イラついている?
だけど、神官様の立場では、王族出身の女性に下手なことは言えないか。ということは、半人前の僕の出番だろうか。
「あの、あまりの展開に理解が追いつかないのですが、メイサさんの学校の先生は、ここに何をしに来られたのですか? 先程、面接がどうとかおっしゃっていましたね」
僕の言い方がまずかったのか、女性教師は、キッと僕を睨んだ。そして、僕の背後に視線を移し、ため息をついている。薬草が嫌いなのだろうか。
「あたしは、メイサさんのミッションの同行者の面接に来たのよ〜。だけど、残念ね〜、アナタは不合格だわ〜。ラフレアの森に、男性が入ること自体、今は危険だもの〜」
シッシと追い払うような仕草をする。やはり感じ悪い。嫌なタイプだな。
「そうですか。じゃあ、メイサさん、フラン様とのミッションは、学校を卒業してからにされたらどうですか? 確かに、ラフレアの森は危険です。学生を守れなかったら、同行した先生の責任問題になりますからね」
僕は、メイサさんにそう声をかけた。
「えっ……でも、まだ卒業までに3年以上かかります」
「大丈夫ですよ。フラン様は、3年後もここで神官をやってます。そのときには、僕もSSランクになってるかもしれません」
チラッと神官様の方を見ると、感情の読めない表情だな。彼女との縁が大切なことは、わかってる。だけど、ノレア神父を動かす方法は、他にないわけじゃないはずだ。
「ちょっと、アナタ! あたしが生徒を守れないみたいな言い方ね!」
語尾が伸びていないから、怒ったのか。
「そう聞こえてしまったのなら、申し訳ありません。僕自身も、スピカの魔導学校で非常勤講師をしているので、学生を引率することの大変さは、理解しているつもりですから」
すると女性教師は、何に気を惹かれたのか、こちらを向いた。帰るんじゃないのか?
「アナタ、そんなに弱いくせに、魔導学校で非常勤講師をしているですって? あー、薬草の山を見ればわかるわ〜。薬草ハンターが何かね〜」
この人には、僕の戦闘力が見えているんだ。だけど、スキルは見えていない。なるほど、不安になったのか。
面接と言っていたけど、同行者の戦闘力を見に来たんだ。自分に過度な負担がかかるのは避けたいのだろう。
「確かに、僕は薬草ハンターのスキルを持っていますが、上級です。魔導学校の講師は、魔物学の実習を担当しています」
「魔物学? 魔獣使いなの? あれ?」
「そうですよ。僕は、魔獣使いは極級ですから。薬師のスキルもあるので、実習向きなんです。薬師は超級ですけどね」
すると、女性教師は、僕を指差してワナワナしている。失礼な言い方をしてしまったのだろうか。
「アナタ、もしかしてヴァンなの!?」
はい?
「さっきから、そう……」
「もしかして、ノレアの坊やが何十回も暗殺しようとして失敗したヴァンなの!?」
「はぁ、ノレア神父は、僕を嫌っているようですが」
「それに、その並べてるお菓子って……」
そう言いつつ、女性教師は、正方形のゼリー状ポーションをパクリと食べた。すると、突然のニタァ〜っとした笑顔だ。
何? こ、怖い。
「アナタ、謎の少年なのね?」
「昔、何か言われてたこともありますけど……」
「これは、今、作りたてなの? だから、たくさんの臭い薬草があるの?」
薬草の臭いが苦手なのか? エルフの血が入っているって言ってたのに?
「ここで、作っています。教会に来る信者さん達に配っていますから」
すると、突然、ガチッと手を握られた。
神官様の目の前で、若い女性……若く見える女性が、僕の手をガチッと握っているんだ。そして、ワナワナと震えている。なんだよ、ちょ、コワイんだけど。
「あたし、謎の少年をずっと捜してたの! みんなは、王都の薬師の爺さんが謎の少年の正体だって言ってたけど、どの爺さんに作らせても、この味にはならなかったの!」
な、なんだか、すごい勢いだ。
「は、はぁ。上級以上の薬師さんなら、すぐに再現できる簡単なポーションですけど」
「違うの! あたしが作っても、王都の爺さんが作っても、苦味が残るの! 謎の少年のグミポーションは、お菓子みたいに美味しいの!」
「そ、そうですか? はぁ」
女性教師は、僕の手をガチッと握っていて離さない。また、ワナワナと震えているよ。どうしよう。
神官様に視線を移しても、片眉をあげられただけだ。不快だということだろう。メイサさんは、両手を口に当てて、目を見開いている。
「あ、あのっ!」
「は、はい?」
「謎の少年さん! あたしを弟子にしてくださいっ!」
「へ? はい?」
「あっ、間違えた。えっと、誰だっけ? あー、ヴァンさん! あたしを弟子にしてくださいっ!」
ガッツリと握られた手が痛い。女性教師は、めちゃくちゃ力が強いんだ。
「あの、手が痛いんですけど……」
すると、慌てて女性教師は手を離した。手が変な色に変色している。
「ご、ごめんなさいっ! あたし、めちゃくちゃ強いから……。何でもします! 臭い薬草も摘んできます! あたし、嗅覚が鋭いから探せます!」
「えーっと……弟子にするほどのことじゃないですよ? それに、僕は、薬師は超級ですし……」
「あたしじゃダメですかっ! 護衛もできます!」
「メイサさんの先生、それなら、ラフレアの森は行けますか?」
そう尋ねると、彼女は、やっと我に返ったようだ。




