400、自由の町デネブ 〜教会を訪れる人達
さらに数日が経過した。
僕は、今日も教会の片隅で、正方形のゼリー状ポーションを作っている。
今日は、子供連れの信者さんが多いようだ。僕は近寄ってくる子供には、お菓子代わりにゼリー状ポーションを配っている。
だから、倉庫へ運ぶ係をしてくれている教会の使用人の子は、ちょっとヒマそうに立っている。ヒマすぎるのも、しんどいかな。
「ちょっと、お願いしていいですか?」
「は、はい、旦那さま、何なりと」
僕が突然、声をかけたからか、使用人の子は驚いた顔をしている。
「このゼリー状ポーションを、小さな袋に詰めておきたいんです。適当な袋を、手の空いている人達で買ってきてもらえませんか」
「お使いですね! はいっ、わかりました。何個くらい入る袋でしょうか」
「うーん、教会に来た子供達に渡したいので、何個くらい入っていたら嬉しいかな?」
僕が考えるふりをすると、使用人の子も、手の空いている子を手招きしながら、うーむと考えてくれている。
「3個くらい?」
「体力が全回復するから、1日1個でいいよね」
「家族にあげたりするかも」
「信者さんって、だいたい3日おきくらいに来る人が多いですよ」
何人かが集まってきて、知恵を出してくれる。神官様が、僕が使用人の子を集めていることに気づき、片眉をあげた。
ヤバイ、怒ってる?
「じゃあ、適当な大きさの袋をお願いします」
僕は、銅貨が詰まった小さな布袋を2人に1つずつ渡した。子供達の買い物に銀貨は渡せない。襲われる危険があるためだ。
まぁ、神官見習いの服を着ているから、心配はいらないとは思うけど、念のためだ。
「はいっ! 行ってまいります」
使用人の子達は、神官様に、僕のお使いで商業ギルドに行くと伝え、バタバタと走って出て行った。急いでいるわけではない。外に出るのが楽しいんだろう。
先日教会に薬を取りに来た男性は、あの2日後に亡くなったと、男性の家族が知らせてくれたそうだ。5日分の薬をもらって嬉しかったという。
神官様が、男性の家族は穏やかな表情だったと教えてくれた。僕は、神官として人の死にどう向き合うべきなのか、どう言葉をかけるべきなのか、まだ全然わからない。
下級だけど神官のスキルを持つのだから、学んでいかなければならない重い課題だ。
「まぁっ! ここですのね」
うん? この声は……。
「教会で大声を出すのは、はしたないわよ〜」
「は、はい。すみません、つい」
神官様が、彼女達の方へと歩いていく。叫んでいた女性は、目を輝かせているようだ。
「こんにちは、メイサさん。ようこそ、ドゥ教会へ。お連れ様も、こんにちは。フラン・ドゥ・アウスレーゼです」
白魔導系のペパーミント家メイサさんと一緒にいる女性は、彼女の友達だろうか。僕よりも若く見える。
「へぇ、貴女がドゥ家の当主なのね〜。イメージしていたよりも、可愛らしいわね〜」
明らかに年上の神官様に、こんな言葉遣いって……。有力貴族のお嬢様だろうか。
「ふふっ、ありがとうございます。さぁ、どうぞ」
神官様は、顔色を変えずに笑顔だ。ポーカーフェイスの技能を持ってたっけ?
「神官さま、また腰痛がひどくなったんじゃが」
「あたしゃ、腕をひねっちまってねぇ」
「手がほら、赤くなってるの。腐ってるんじゃないかと心配でさ」
僕がメイサさん達の方を見ていると、目の前に農家のご婦人達が立っていた。全然気づかなかったよ。
「はい、順番に診ますね。そちらにお掛けください」
ご婦人達の不調は、腰痛以外はポーションで治るものだ。たまに、浅い地下水脈の汚れによる毒を溜めている人もいるけど、このご婦人達は、調薬をしてもらうために来るんだよね。
僕は、順に、薬師の目を使って診ていく。うん、みんな問題はなさそうだ。薬草から、それぞれに合う薬を作っていく。
その間に、ご婦人達は、ずっといろいろな愚痴を言ってるんだよな。愚痴りたくて来ているのかとも思える。
薬を渡すと、みんなすぐに飲む。そして、治ったと派手に騒いでくれるんだけど、ご婦人達のパワーに僕はタジタジになるんだよな。
だけど……。
「あれ? 奥さん、ちょっと待って」
腕をひねったというご婦人の、別の場所が気になった。
「うん? 神官さま、腕は完璧に治ってるよ? さすがだねぇ」
「いえいえ、腕じゃなくて足なんですよ。ちょっと診てみますよ?」
「足? 相変わらず太いから、人に見せるようなもんじゃないよ。あははは」
自覚症状はない。だが……。
「ちょっと触れます。ここは痛いですか?」
「うん? 触ってるのかい? えっ……何も……ええっ!」
ご婦人は、スカートをめくりあげ、自分で、僕が触れたふくらはぎを触り、顔面蒼白になっていく。
「な、な、なぜ、感覚がないんだい? あたしゃ、死ぬのかい」
腕をひねって痛いと言って騒いでいたときとは違い、声も小さい。他のご婦人達も、両手を口に当て、引きつった表情だ。
「身体全体に、薬師の技能を使います。真っ直ぐに立てますか?」
「は、はい」
消え入りそうな小さな声だ。
僕は、ご婦人の身体全体を薬師の目を使って診ていく。すると、彼女の身体をマナの流れに乗って何かが流れていくのが見えた。
浅い地下水脈の汚れの元凶がいる。
右足のふくらはぎに、棲みついているようだ。小さな弱い蟲の悪霊だな。人間の悪霊に取り憑かれると、見た目が変わるほどの変化が現れる。だけど、蟲だとこうなるのか。
だが、このまま放置すると、右足のふくらはぎには呪詛が溜まっていき、いずれ腐ることになる。
「ちょっと、毒が溜まっています。身体の中をマナの流れに乗って泳いでいるモノが、右足のふくらはぎに巣を作っているようです」
「えっ!? 昨日、王都で胸が苦しくなって薬師に診てもらったけど、疲れが溜まっているだけだと言われたよ?」
あー、精霊や妖精を見る技能のない薬師には、これは見えないか。だけど、変な言い方はできないな。
この程度の悪霊なら、巨大な桃のエリクサーひとかけらで、簡単に消せるけど、仕方ないか。
「薬師の能力だけでは、これは見えないんです。ちょっと、別のスキルを使いますね」
僕は、精霊ブリリアント様に依頼し、加護を強めてもらう。すると、僕の見た目も、精霊ブリリアント様の姿に変わるんだ。めちゃくちゃ甘いマスクのイケメンなんだよな。
ご婦人達は、ふぁあ〜っと変な声をあげた。
「大丈夫ですよ。悪さをしているモノは、すぐに消し去りますね。逃げるモノを追いかけるので、変な場所に触れてしまったらごめんなさい」
室内で、精霊ブリリアント様の加護を使うと、めちゃくちゃ目立つ。輝きの精霊が放つ淡い光は、室内では近くで見るて目が痛くなるだろう。
マナの流れに乗って進む蟲の悪霊を、ご婦人の太ももで捕まえた。身体の上から触れるだけで、蟲の悪霊は簡単に消える。
そして、そのままの手で、ふくらはぎに溜まっていたすみかも浄化した。ふくらはぎ全体をスーッと撫でていく感じになり、ご婦人がちょっと……動揺されたようだ。
さらに、ご婦人の身体に、淡い光を放つ。その光が吸収されていくと、蟲が通ったマナの通り道のわずかな汚れも、綺麗に消えていった。
「奥さん、足の感覚は戻りましたか?」
そう尋ねても、ポーッとした表情で僕の顔を見つめるご婦人。ダメだな、聞こえてない。
精霊ブリリアント様は、加護を弱めてくれた。僕の姿が元に戻る。すると、ご婦人は、やっと我に返ったらしい。
「奥さん、足はどうですか?」
「あ、あー、は、はいはいはい。うん? つねると痛いよ。治ったみたいだね。神官さま、さっきの姿はなんだい? とんでもなく美しい顔だったじゃないかい」
「輝きの精霊ブリリアント様の加護を使ったので、ブリリアント様の姿を借りました。本物の精霊ブリリアント様は、僕の二倍以上の大きさがあります」
「へ、へぇ、輝きの精霊様なんだね。はぁぁ、美しいねぇ」
なんだか、もう一度、加護を使えと言われているような気がしたが、気づかないふりをしておこう。
「精霊様は、美しい方が多いですよ。僕は精霊師ですが、精霊使いのスキルを得ると、精霊や妖精の姿がわかるようになりますよ」
「お金を貯めて、精霊使いの神矢を買ってみようかねぇ」
「精霊使いなら、高くないらしいよ」
スキルは、農家のご婦人達にとっては、買うものなのか。
ご婦人達は、また賑やかに喋りながら、去っていった。
「アナタ、派手な子ね〜、神官見習い?」
僕の背後に、メイサさんと一緒に来た女性が、腕を組んで立っていた。




