40、ボックス山脈 〜竜を統べる資格
「その魔道具は、ヴァンには使わせませんよ」
マルクは、神官様らしきオジサンに、冷たい視線を向けた。何? なんだか、すごく怒ってる?
「どうしてだい? たいして魔力は必要ないよ。毒薬を作った人じゃないと反転させられない」
「それは、教会で使われる魔道具ですよね。罪人を悔い改めさせ、そして強制的に改宗させるトロッケン家の拷問道具でしょう? ヴァンが使うと、作った毒薬を取り込むことになってしまう。何かを誓わなければ、反転しませんよね? 教会以外での使用は禁じられているはずですが」
えっ? 拷問道具? 僕が毒薬を取り込むって……死ぬじゃん。
「大丈夫だよ。神官が許しを与えれば、その効果は発揮されない。ただの反転の魔道具だ」
「貴方は、トロッケン家の名を名乗れる神官なのですか」
マルクがそう言うと、オジサンは、見たことのない表情を見せた。余裕のない顔だ。家の名を名乗れない神官なのかな。
「生意気な子供には……」
「貴方は、状況が理解できていますか? ヴァンを騙して奴隷にしようとしたことを、ここにいるドラゴンが知ればどうなりますかね?」
「彼はそんな告げ口のようなことは、言わないよ。キミとは違って、田舎の純朴な子だからね」
なぜか、マルクはフッと笑った。
「人間の言葉を理解するトカゲがいることに、まさか、気付いていないのですか?」
するとオジサンは、キョロキョロと見回し、上を向いたまましばし固まり……ガクリとうな垂れた。
僕も上を見てみると、洞穴の天井壁には、手のひらに乗りそうな小さなトカゲがたくさんいる。淡く光る綺麗なトカゲだ。あっ、変異種かな? 不思議な透明感のある個体もいる。
なんだろう…………変な感覚だ。
『それでいいのか? 力を隠し、他者に頼り、偽りの世界に生きるのか? 竜を従えるなら、強さを示せ。弱き者に、竜を統べる資格はない』
えっ? 突然頭の中に低い声が響いてきた。僕は何かの術にかかったのか。だけど、身体に異変はない。天井を見上げると、透明感のある個体は消えていた。
何が起こった?
マルクには何も聞こえていないみたいだ。腕を組み、オジサンに冷ややかな視線を向けている。そのオジサンは、まだ、うな垂れている。
もしかして、今のは何かの主のような個体だったのかな? 僕は直感的に理解した。そうか、この洞穴の主は、ドラゴンじゃなくてトカゲの方か。
人の言葉を理解するトカゲだとマルクは言っていた。術を使わなくても理解できるほど、知能が高いんだ。
ドラゴンの家族以外の言葉は、僕にはわからない。他のトカゲは、天井にへばりついている小さなトカゲと関係があるのだろうか?
トカゲに通訳を使ってみようかとも思ったけど、なんだか、畏れ多い気がする。僕のスキル『魔獣使い』は上級だ。彼らと意思疎通ができるレベルとしては限りなく低い。
それに、今の言葉が僕の心に刺さった。
僕は、緑色のトカゲ……チビドラゴンに従属を使った。友達みたいに楽しく話せて嬉しいと思った。でも、従属は、本来なら魔獣を従わせる技能だ。不思議な声が言ったように、僕は……その資格がないのに使ったんだ。
「チビ、どうしたんだ? そいつに意地悪されているのか?」
緑色のトカゲは、僕の顔を覗き込んだ。心配してくれている。彼の母親が言ったように、優しい子なんだな。
やはり、オジサンとのやり取りは、わからない言葉に聞こえるみたいだ。通訳の影響の範囲が狭いのは、魔獣使いのレベルが低いからか。
彼が僕の顔を覗き込んだことで、オジサンが警戒した。僕が何かを命じれば、ドラゴンに襲われると思っているのだろう。
そうか、トロッケン家の神官でさえ、ドラゴンは怖いんだ。家の名を名乗れない人みたいだから、技能が低いのかもしれないけど。
それに、僕の『薬師』スキルが超級であることは、成人の儀をしてくれたアウスレーゼ家のあの女性は知っている。
マルクも、知り合った人達も、僕が薬師超級だということを隠そうとしてくれている。きっと、僕が利用されるから……僕が弱いからだ。
だけど、いつまでも、誰かに頼って守ってもらうなんて、やはり無理がある。さっきみたいな変な魔道具ひとつで、奴隷にされてしまうかもしれないんだ。
だったら、僕は……。
「チビドラゴンさん、大丈夫だよ。キミのおかげで決意ができた。ありがとう」
「ほへ? どうしたんだ? チビ」
「キミに隠し事をしていたよ。僕はキミのお父さん、お母さん、そしてお兄さんや妹さんの言葉がわからないように振る舞っていたけど、近寄ればわかるみたいなんだ」
「そうなのか? でも、父さんも母さんも兄貴も妹も、チビの言葉がわからないみたいだぞ」
彼らには従属は使っていないからね。たぶん、使っても、妹さんにしか効かないと思うけど。
「うん、僕が未熟だからだよ。わかる言葉を話せないんだ」
「そうなのか。ぼくがチビの言葉を理解できるのは、ぼくが賢いからなんだな!」
緑色のトカゲは、ふんぞりかえっているように見える。
「うん、波長が合うのかもね。チビドラゴンさんと話していると、すごく楽しいし」
「そうか、ぼくは、賢いからなっ」
そう言うと、彼は両親に報告に行った。あははっ、イキイキとしてるよ。僕と同じくらいの体長だけど、まだ生まれて数年なのかもしれないな。
僕は、マルクの方を見た。
「マルク、僕、隠すのはやめる」
「えっ!?」
マルクは一瞬ポカンとした顔をしたけど、僕が何を言いたいのかわかったみたいだ。驚かせたみたいだな。
「何者かわからない声に叱られたんだ。偽りの世界に生きるのか? ってね。こんな僕には、竜を統べる資格はないって」
マルクは、盛大にポカン顔をしている。
僕は、オジサンの方を向いた。
「用意された超薬草をすべて出してください」
「えっと、あ、あぁ、だけど、諸刃草しか手に入れられなかったのだ。毒消し薬を作るには、掛け合わせる薬草が数種類必要だろう? この魔道具を使う気になったのかい?」
オジサンは、どこからか大量の超薬草を出した。あー、リーフさんの魔法袋かな。盗聴機能付きかもしれない。
「魔道具は、トロッケン家の拷問道具なんですよね? 教会以外で使えないものを持ち歩いていること自体が、罪にはならないのですか?」
僕がそう言うと、オジサンは驚いた顔をしている。僕は、完全に臆病者だと思われていたんだ。何も言えない田舎の子供だって。
でも、僕の呼びかけに反応して、僕の言葉を理解してくれた子竜に、情けない人間だと思われたくない。この従属の効果が一生続くなら、僕がしっかりしないと彼に、悪影響を与える。さっきの声は、その警告のように感じた。
「でも、坊やは、この超薬草をどうする気なんだ? 上級薬師には……」
「僕のスキル『薬師』は、超級です。舐めないでもらえますか」
「へっ!?」
僕は、超薬草を手に取り、スキル『薬師』の調合を使って毒薬を作り、そしてこの付近に漂う毒を消すための改良の技能を使って、効果を反転させた。よし、うまくいった。
そして、一部の毒消し薬にさらに、魔力を投入し、気体化させ、一気に洞穴内に放った。
「あれ? ツンとしなくなったぞ? チビがやったのか?」
緑色のトカゲが、僕の方へ戻ってきた。
「うん、空気中の毒消しをしたんだ。あとは、あの水たまりだね。ぶくぶくしていて、近寄れないな」
「じゃあ、背中に乗せてやるよ。ゴミ捨て場は、地面がピリピリするんだ」
そう言うと、彼は、僕をひょいと背に放り投げた。わわっ、危うく持っている毒消しを落としそうになったじゃないか。
そして、ひょいひょいと水たまりに駆け寄った。確かに地面は猛毒で変色している。
僕は、彼の背から、水たまりに毒消し薬を放り投げた。すると、シューッとすごい蒸気が出てきた。僕は思わず、子竜にしがみついた。のどが焼けるように痛い。
「ゲホゲホ、離れて」
「ほへ?」
彼は跳躍し、一瞬で、さっきの場所に戻った。
「ヴァン、バリアが消えているじゃないか」
マルクは、慌てている。さっきの蒸気で砕かれたのか。
僕は、正方形のゼリー状ポーションを食べた。のどの痛みは消えたが、全身の痺れがどんどん悪化している。この毒はポーションでは消えないのか。
ぶどうのエリクサーを取り出し、震える手で口に放り込んだ。ふぅ、少し改善。だが、まだ痺れが残っている。
魔法袋に残っていた超薬草、虹花草から、解毒薬を作って飲んだ。やっと完治だ。焦った……。毒消し薬も作って持っておくべきだな。いや、でも、毒の種類は多種多様か。