4、リースリング村 〜ソムリエの能力
「神官様、ヴァンは昨日、神矢を得たはずなのですが、どんなスキルをいただいたのでしょうか」
村長様が、可憐で美しいけど怖すぎる神官様に尋ねた。きっと、村の皆も知りたかったはずだ。村長様って勇気があるなぁ。
「スキルについては、私は、口外しません。何より彼の場合は、目立つ場所に目立つ印が現れました。村長さんなら、その意味はおわかりですね」
「えっと、いや……あはは。ウチの村の住人で、手の甲に印が現れた者はおりませんし、虫の印もサソリだなんて初めて聞きましたからな」
すると、神官様は、作り笑顔を浮かべたまま、小声で何かを呟いた。聞こえなかったけど、おそらく乱暴な言葉だろう。
「人目に触れる場所にある印は、増幅の印とも呼ばれます。洗脳系およびその部分を利用する術には、印に宿るマナが、術の威力を増大させるのですよ。私も、衣服で隠れない場所に印があります。見えないように魔力で隠していますけどね」
「あっ、そういえば、高名な魔導士には顔や手に印があると聞いたことがあります。そんな場所に印が現れるなんて、ただの噂話だと思っていましたけど」
村役場の人がそう言うと、彼女は作り笑顔のまま、軽く頷いた。
「これで理由はおわかりですね。彼は、今は自衛できる力がない子供です。持つスキルを知られることは、悪い大人に利用してくれと言っているようなものですからね」
「なるほど、自衛できるスキルがあると思わせておかないと、ヴァンの身が危険なのですな」
村長様は頷き、そして不安そうに僕の方を見た。
彼女は、目立つ場所の話はしたけど、目立つ印のことは……やっぱり虫の絵の話はしないんだな。
「彼には、常に手袋を着用することを勧めます。印を隠すスキルを得るまでは、とりあえず手袋ですね」
彼女は、僕の方を向いて、やわらかな笑顔を向けた。あれ? 作り笑いではないように見える。
「はい、わかりました、神官様」
素直に返事をしたことに気を良くしたのか、彼女は聖女のような微笑みを浮かべた。一瞬ドキッとしたけど、騙されちゃダメだ。
だが、僕の意に反して、顔がカーッと熱くなった。きっと、赤面しているんだ。
すると、彼女がニヤッと笑った気がした。
「村長さん、彼を、どこに行かせるか決めておられるのですか? 彼はこれから、ソムリエとしての役割を果たさねばなりません。印が現れてから一年以内の、なるべく早い時期に、仕事を始めねばなりませんよ」
「あ、はぁ、農家だと思っていたので、全く考えておりませんでした。これから、早急に……」
「そうですか。それなら、これもご縁です。私が彼をサポートして差し上げましょうか? 商業の街スピカで働くなら、という条件付きですが」
「おお、それはありがたい! ヴァンは、今はスピカの魔導学校に通っているので、馴染みもあるはずです。ヴァンの両親もスピカで暮らしているから、ちょうど良い」
「では、いつ頃から行けますか? 今すぐと言われても、私の方が都合が悪いので、秋頃からで、いかが? ソムリエなら、秋から仕事は急増しますわ」
「こちらも、それでお願いしたいです。昨日の神矢の富がワインだったので、今年のぶどうの収穫にはヴァンも居てもらわないと厳しいですからな」
「じゃあ、決まりね。具体的な日程が決まったら、村長さん、私に直接連絡いただけるかしら」
「あの、アウスレーゼ家に、直接連絡させていただいてもよろしいのでしょうか」
「あー、家はダメね。スピカの冒険者ギルドにお願いするわ」
「かしこまりました。神官様の冒険者登録名は……」
「本名のままよ。フラン・アウスレーゼ。Aランク、白魔導士だから」
「おお、Aランクとは素晴らしい。承知いたしました」
「じゃあ、失礼するわ。ヴァン、また秋にね」
僕にヒラヒラと手を振り、彼女は集会所から出て行った。そして、すぐにスキルを使ったらしく、姿が消えた。すごい! ワープだろうか。
「ヴァン、疲れただろう? 今夜は、ヴァンの成人の祝いをするから、それまで休んでおくかい?」
「村長様、ありがとうございます。僕なら大丈夫です。連日の神矢の件で、ぶどうの木の剪定作業が少し遅れているから、畑に行ってきます」
「そうかい。ヴァンは働き者じゃな。おお、そうだ、ソムリエの能力が備わったことで何か今までと違う発見があれば、教えておくれ」
「はい、村長様」
僕は、集まってくれた人達に軽く頭を下げ、そのまま、ぶどう畑へと向かった。
しかし、まさかのソムリエかぁ。
僕の村は、リースリングという品種の白ぶどうだけを育てている。マスカットのような黄緑色の皮なのに、白ぶどうっていうんだよね。果実が白っぽいからかなぁ?
僕は、リースリング種から作られた、甘くて酸味のあるフルーティな白ワインしか飲んだことがない。父さんと母さんが帰ってくるときは、いつもリースリング種の白ワインがお土産だからなんだ。
父さんと母さんは、スピカの街で酒屋を手伝っている。酒屋と言っても、リースリング村で栽培したぶどうをワインに醸造してくれる小さな造り酒屋だ。そのため、リースリング種の白ワインしか扱っていない。
だから僕は、他のワインは知らないんだよなぁ。
でも、リースリング種から作られるワインには、いろいろな甘さの物があって……あれ? 僕のワイン知識が増えている。
あっ、そっか。これがソムリエの能力なんだ。
甘いワインは高いから飲んだことないのに、なんだか味がわかるみたいだ。
特に貴腐ワインなんて、貴族が飲むような高級すぎるワインなのに、フルーツ缶詰のシロップのような甘〜くて、少しクセのある味の記憶がある。缶詰のシロップだなんて表現をすると、叱られそうだけど。
畑に到着。
いつものように、あぜ道の小屋で作業の用意をしていると、なんだか外が騒がしくなってきた。何だろう?
作業着を着て、靴を履き替え、剪定バサミを持って小屋から出て驚いた。大きめな蝶? いやトンボに近い? でも、よく見ると……女の子? こびとかもしれない。小さな生き物が、たくさん集まっている。
「ねぇ、ヴァンでしょ? 泣き虫な男の子〜」
「しゃべれるの? あの、皆さんは、えっと」
「私達は、リースリングだよー」
「えっ? リースリング……あっ、ぶどうの妖精さん? なんだか、すごくかわいいけど」
「うん、そうなの、かわいいの」
「よかった、やっと私達が見える人ができたね」
「この畑に来る老人は耳が遠いしさ〜、泣き虫ヴァンは私達の声も聞こえないしさ〜」
「ちょ、ちょっと待った。みんなが一斉に喋るとわからないよ。妖精さんって何人いるの?」
「うーん? わかんない。いーっぱいいるよぉ」
「そうそう、いーっぱいいるの」
「みんなリースリングの妖精さん?」
「うん、私はあっちの畑のリースリング。この子は水路の向こう側の子。で、コイツは、ここの畑のあっち側の子で……」
そんな説明をされても、覚えられないよ。だいたい、見た目の見分けもつかないんだけど。
「そっか、みんなかわいいから、見分けがつかないよ。僕、今からぶどうの枝葉の剪定作業をしたいんだけど、畑に出ていいかな?」
「いいよ〜」
妖精さん達は、パッと道を開けてくれた。素直な良い子達みたい。でも、僕の後ろからついてくる。いや、上にもいるし、横にもいる。ちょっと邪魔かもしれない。
いつも、こんな感じだったのかな。見えないし声も聞こえなかったけど……。
僕に関わることに飽きたのか、彼女達は別の話をしているみたいだ。だけど、なぜか周りにいる。これが、彼女達の日常なのかな。僕が慣れなきゃだね。
僕は気にせず、剪定作業を始めた。
「あーっ! ヴァン、それは切っちゃダメ。その左の方にしなさーい」
「うん? これは無駄な葉でしょ」
「違うよ。その葉じゃなくて、左のがいらないの」
そう言われてみれば、そうかもしれない。妖精さんが指摘した葉を切る方がバランスがいいか。
僕は、彼女達に従って、左の葉を切った。
「じゃあ、次は、これねー」
「えっ、教えてくれるの?」
「うん、私達が教えてあげるの」
妖精さん達は、空中でクルクルと機嫌良さそうに回っている。たまに剪定を迷うから、教えてくれると助かる。でも、完全に任せるのは不安だけど。
「ありがとう、お願いするね」
「任せてっ」
だが、それからが大変だった。次々と指令がくるんだ。こっちは一人なんだからね。何人も一斉に喋らないでくれ〜。
「ヴァン、大変! 水路が……すぐに来て!」
隣の畑からも指令だ。緊急かな?