398、自由の町デネブ 〜人体に花が咲く?
ゼクトさんが、丸一日でラフレアが騒ぎ出すと言っても、慌てているのは僕だけだった。
「あちこちに花が咲くんだろ?」
ギルマスが何でもないことのように、とんでもないことを言っている。人体に花が咲く?
「ククッ、間抜けなオールスなら、頭のてっぺんに咲くんじゃないか?」
「おい、狂人、頭には薬は入ってきてねぇぞ。足だ、足!」
神官様も笑っている。ということは、たいしたことはないんだな。僕は一瞬、あの人面花が咲くんじゃないかと焦った。
「ヴァン、苦い毒消しだぞ?」
ゼクトさんは、なぜか味を強調している。毒消し薬は、たいてい苦くなるけど……強力な毒消し薬ってことか。
「その花って、強い毒があるんですか?」
「あぁ、ラフレアを薬の素材にすると、必ず副作用が起こる。身体からマナを奪って、ラフレアの赤い花が咲き、気づかずに放置してると、青紫色に変化して猛毒を撒き散らす」
「げっ……まじですか」
「あぁ、今はオールスの身体が、ラフレアの苗床状態だ。ラフレアが諦めるまで、毒消し薬が必要だぜ。しかも、ただの毒消し薬じゃ無理だ。毒には毒で制する必要があるからな」
ちょ、ちょっと待った。まだまだ、大変じゃないか。なぜ、みんなお気楽な顔をして笑ってるんだよ。
「そんな、ラフレアの花を消す毒って……諸刃草か」
諸刃草はそのままなら傷薬になるが、熱を加えると毒に変わる超薬草だ。比較的、超薬草の中では手に入りやすいものだ。
ラフレアが花を咲かせようとするなら、確かに加熱した諸刃草を使えば、どんな花も枯れさせることができるだろう。だけど、それを口にするギルマスにとっても、諸刃草は毒薬になる。
しかし、ラフレアって……完全に断罪草と混ざり合って、スライムみたいになっていたのに、まだ、花を咲かせるのか。とんでもない生命力だな。
「ヴァン、何が必要かは、俺にはわからねぇ。間抜けなオールスが、ラフレアに毒殺されないようにしてやってくれ」
ゼクトさんは、お気楽な表情だ。完全にギルマスが治ったかのような顔をしている。
「はい、ただ、諸刃草をどう使えばいいか、わからないです。今はギルマスの足には、ラフレアの痕跡はないですが。その毒消し薬の製法か何か、情報はありませんか」
ゼクトさんは、首を横に振っている。ギルマスの方に視線を移すと、手でバツマークをつくった。
すがるような思いで神官様を見てみたけど、ペロッと舌を出した。かわいい仕草なんだけど、お手上げの合図だ。
「ラフレアは、開花の速度が遅いからな。つぼみを見つけたときに毒消し薬を使えば、開花せずにつぼみは枯れ落ちる。赤い花が完全に開くと、体内のマナをガツンと奪われる。そこからは速いぞ。一気に変色したときには、もう苗床は死んでるだろうな」
簡単にさらりと、死ぬって言わないでほしい。
だけどゼクトさんは、僕を信頼してくれているんだよな。僕に任せれば大丈夫だと思っているから、あんなお気楽な顔をしているんだ。
「ラフレアの森に行ったときに、何か探せばいいわ。私は、薬草ならわかるけど……」
神官様は、またペロッと舌を出した。超薬草は、わからないんだな。確かに、超薬草は探しにくい。
「お嬢様からの連絡があれば、すぐに知らせるぜ。一応、もうギルドにミッションは出してあるからな」
さすがギルマスだな。僕が、あちこちをさまよっていた間に、すべての手続きを終えたのだろう。
「わかりました。でも、他の誰かに受注されませんか? まぁ、たくさんあってもいいのかな」
「ヴァン、誰も受注しねぇと思うぜ。いま、冒険者ギルドでは、ラフレアの森に関する警戒令が出てるからな」
ゼクトさんは、少し嫌味を含んだような目つきをしている、僕達に向けられたものではない。きっと、冒険者へのものだ。
何かあったのだろうか。ゼクトさんを狂人扱いする冒険者はまだまだ多い。
「警戒令って何ですか?」
すると、ギルマスが口を開く。
「ヴァン、警戒令は、行くと死ぬぞというものだ。だが警戒令が出ると、その場所に行くミッションが増える。だが、受注者は少ない。そのため、報酬は跳ね上がる」
「危険な場所だから、報酬は高いんですね」
「あぁ、だが、俺の依頼は歩合制にしてある。通常の買取価格の3倍にしたんだぜ。その差額分がお使いの報酬だ」
通常の3倍? ギルマスが欲しいのは、ラフレアの森に生えている珍しい薬草だ。もともとの買取価格も高いのに、3倍って、すごいな。
「じゃあ、人気が出てしまいますよ」
僕は、思ったことを口にしただけなんだけど、ギルマスもゼクトさんも、笑っている。神官様まで……。
「あはは、ヴァンは、やっぱり面白いな。はぁ〜、楽しい」
ギルマスは、笑いが止まらないみたいだ。
「ククッ、まだ、かわいらしい部分も残ってたか」
ゼクトさんは、意味不明だ。僕は、変なことを言ったのだろうか。
「ヴァン、あなたねー、報酬に無頓着すぎるわよ。子供にも笑われるわ」
「ちょ、フラン様、ひどくないですか」
「普通なら、警戒令が出ている場所へのミッションは、歩合制にはならないわ。その場所に行っただけでも報酬が出るもの。警戒令が出ている場所へのミッションは、肝試しね」
「へ? 肝試し?」
「ええ、死と隣り合わせになっているような場所よ? 貴族の遊び半分のミッションが増えるわ。だけど、それはその依頼主にとっては、使用人探しでもあるの」
神官様は、淡々と説明してくれている。だけど、その遊びを嫌っているように見える。
根性のある人を募集しているということなのか。有力な貴族は、ギルドを通じて人を臨時に雇うけど、下級貴族には、人は集まらない。
だから、使用人の多くは専属だ。肝試しを利用して、使用人候補を探すということは、理にかなう部分もあるかもしれない。
「なるほど。それで、ギルマスのミッションは……」
「あぁ、間抜けなオールスが、警戒令が出ていることに気づかず、ミッションを依頼したと思われているだろうな」
ゼクトさんはニヤッと笑った。
「狂人、おまえはバカか。警戒令が出ているのは男だけだ。俺が、女性に依頼しているんだと、普通は気づくぜ」
「特定の女性、だろ? やらしーな」
「は? 俺のどこがヤラシイんだよ。ラフレアの森で、薬草を探してきてほしいっていうオジサンのかわいいお願いじゃねぇか」
「おまえのどこが、かわいいんだ?」
「俺、まつげが長いだろ? かわいいらしいぜ」
「間抜けどころじゃねーな。頭、空っぽだろ」
また、いつものケンカが始まった。僕は、楽しく見ているんだけど、神官様は、少しハラハラしているんだよな。
だけど、ここで僕が何かを言うと、ヴァンに叱られたって言い出すだろうな。でも、それを言いたいのかも。
「そろそろ、ギルマスは休んでください。つぼみを見つけたら、すぐ、泥ネズミに言ってください。僕に伝わるはずです」
「うん? あぁ、わかった。俺達は、お邪魔なんだな」
そんなことは一言も言ってない。ギルマスは、悲しそうなふりをしている。はぁ、もう、楽しそうだね。
「俺達をさっさと追い払って、いちゃこらする気だろ」
ゼクトさんは、ニヤニヤしながら、そんなことを言う。だけど、ここで負けていられない。
「はい、いちゃこらしますから、帰ってくださいよ」
僕がそう反論すると、二人ともキョトンとしている。ふふっ、勝ったな。
「もう、ヴァン! 何を言ってるの? 神聖な神の像の前よ!」
神官様に、パチンとデコピンされた。今夜は、ゆるいデコピンだ。あまり痛くない。
「すみません」
「ククッ、ヴァンが叱られやがった。じゃ、フラン、俺達は帰るぜ。さっさと子づくりでもしろよ」
「なっ!?」
彼女の反論を待たずに、ゼクトさんとギルマスは、スッと消えた。もうギルマスは、転移魔法を使っても大丈夫なんだな。
「フラン様、僕達も屋敷に戻りましょうか」
「ちょっと、ヴァン!」
「うん? 何ですか? なぜ、そんなに真っ赤になってるのかな〜」
僕がそう言うと、彼女は、プイッとそっぽを向いた。ふふっ、かわいい。思わず、吹き出してしまいそうになる。
教会の神の像も、ぷぷっと吹き出したかのように、その光が揺れた。まぁ、気のせいだとは思うけど。
「フラン様、でも、僕、子供が欲しいです」
「ちょっと、ヴァン! そんなことは、ここで言わないの!」
「いいじゃないですか。告白教会なんですから」
「ダメなものはダメっ!」
そう言いつつ、彼女は僕の腕にくっついているんだよな。
僕達は、屋敷へと戻って行った。




