396、自由の町デネブ 〜まさかの真相
僕は何がなんだかわからない状態で、神官様に腕を引っ張られ、すぐ隣のカベルネ村から、ドゥ教会へ戻ってきた。
幸いなことに、彼女は無言だったが、怒っているわけではなさそうだ。笑いをこらえているように見える。
ブラビィが何を伝えたのかは、だいたい想像できた。
僕が、カベルネのぶどう畑で、言い訳を思いつかなかったから、変なストーリーを作り上げられてしまったみたいだ。
ブラビィは念話を使って、カベルネの妖精達に、僕がぶどう畑に隠れていると言ったのだろう。その理由は、神官様を怒らせたとか、夫婦喧嘩だとか、まぁそんなところか。
おまけに神官様まで、このおかしなストーリーに巻き込んでいる。
はぁ、ぶどうの妖精達は、めちゃくちゃ噂好きなんだよな。カベルネの妖精は、紳士っぽい大人な感じだから、言いふらすことはないと信じたい。
僕が奥さんから逃げて、隣の村のぶどう畑に隠れていたなんて……はぁ、ありそうな話だから余計に困るんだ。
「やっと戻ってきたか」
教会奥には、ゼクトさんとギルマスがいた。もう夜だからか、教会には他には人は居ないようだ。二人が、他の人達を遠ざけたのかもしれないけど。
「ゼクトさん、ギルマスも大丈夫だったんですね。あちこちを凍らせていないか、ちょっと不安だったんです」
僕は、怪鳥ジーンに化けていたとき、とんでもない冷気を放っていたと思う。
「あー、おまえが道に置き去りにしたときは、確かに周りの草木は凍てついてたみてーだな。あのまま変化を解除してもよかったんだぜ」
ゼクトさんは、なんだか、めちゃくちゃニヤニヤしているんだよな。ブラビィの意味不明な作戦を面白がっているのだろうか。
「だけど、あの場所で怪鳥が消えたら、人間が化けていたことがバレるかと思いました」
「まぁ、確かに、追跡魔法はかけられていたみたいだな。適当にダミーを飛ばせば、ごまかせるぜ」
やはり監視されていたんだ。王兵の中に、魔導士風の人もいたからだよな。
「しかし、ククッ、おまえ、何をやってたんだ? 優柔不断すぎるだろ」
ゼクトさんは、僕の行動をすべて知っていたみたいだ。
「お気楽うさぎが、呆れていたぜ。アイツ、道化師か? おまえの話をするときは、面白おかしくイキイキとしていたが」
ギルマスも、笑ってる。神官様を巻き込んだ嘘話のことかな。いや、この一連の件か。はぁ、全く……。
でもギルマスは、いつも通り元気に見える。顔色も悪くない。長距離の飛行の負担は少なかったみたいだな。僕はホッとした。
「ブラビィは、一応、助けてくれたみたいです」
「だが、ヴァン。北の大陸に近寄りすぎるのはマズイぞ。氷の神獣テンウッドにロックオンされたらしいじゃねぇか。普通、死ぬぞ?」
ゼクトさんが、少し強い口調で言った。
確かに、急に心臓がバクバクしたけど、神獣に遭遇したわけじゃない。
「僕は、テンウッドの姿を見てませんよ。氷の神獣なら、怪鳥ジーンに察知できないことはないと思うんですけど」
「ヴァン、怪鳥ジーンだから察知できねーんだ。何もかも凍てつかせるからな。だが、それで助かったとも言える。お気楽うさぎが悪霊を操っていたらしいが」
うん? ゼクトさんの話は、半分は理解できない。
「ブラビィが昔の姿で、怪鳥ジーンを追い返したんですよ」
「は? 天兎が悪霊に戻れるわけねぇだろ。ブラビィが、闇の偽神獣として討たれた後、悪霊になってただろ? そのときに、アイツに仕えていた手下を使ったんだ」
「えっ? ブラビィの手下?」
「あぁ、まだ影響力を残していることに驚いたがな。北の大陸は、かなり裂け目が広がっていたらしいな」
裂け目? 影の世界から悪霊は出入りしていた。裂け目があったのかな。
「それは、僕には見えてなかったんですけど、黒い氷は広がっていました。予想よりはるかに……」
「その黒い氷の付近に、裂け目があるはずだ。異界を照らす照明弾を打ち込めば、はっきりするがな」
そうなんだ。かなりの広範囲だ。あっ、北の海の海底を通る深い地下水脈も、あの黒い氷の下か。
「テンウッドが、分離できるようになっていたことがわかったのは、ヴァンの功績だろ」
ギルマスが、明るい声でそう言ったが、ゼクトさんの表情は暗い。分離って、何なんだ?
「ギルマス、その分離って何なんですか? 神獣テンウッドは、神が作った氷の檻の中にいるはずですよね? 2体に分裂したんですか」
「いや、いわゆる幽体離脱的なことだよな? ゼクト」
珍しくギルマスが、ゼクトさんのことを名前で呼んだ。
「あぁ、そうだな。お気楽うさぎの話では、ヴァンの視点から見ただけらしいが、神獣は分離できるようになったようだ。人間のせいだ」
その分離がわからないんだけど。
「神の作られた氷の檻は、人間によって、そのチカラが弱まってしまったのですね」
神官様は、わかっているかのように頷いている。僕だけがわからないのか。
「ブラビィが、王都よりも北の大陸は大きいと言っていた。それほど何百回と、神獣を覆う溶けない氷を砕いたのだろう。すぐに再生するとはいえ、当然、檻の強度は下がっていく」
ゼクトさんの説明で、神の檻の拘束力が下がり、氷の神獣テンウッドの環境が変わったことがわかった。
だけど、それなら神は再び檻を……いや、人間が砕いた尻拭いを神がするとは思えない。
だから、ゼクトさんの表情は暗いんだ。天の使いのジョブを持つ彼は、人間が招いたことに対して、神は救済しないとわかっているんだ。
竜神様は、早くなんとかしろと言っていた。もしかして、もう遅いのだろうか。
「ゼクトさん、あの、分離って……」
「あぁ? あの氷の神獣は、生きたまま、思念の一部を悪霊化させたんだ。だから、檻が真っ黒になっていたと、お気楽うさぎは言っていたぜ」
「えっ? 黒い氷!」
「あぁ、黒い氷が広がり、氷の檻までも黒く染めていたってことだ。分離しても、あの場所からは動けねぇだろうけどな。だが、深い地下水脈の汚染は急速に悪化するぞ。いや、もう悪化しているか」
氷の神獣テンウッドは、思念の一部が闇堕ちしたということか。話が難しい。そもそも、神獣になぜ氷属性がいるのかさえ、僕にはわからない。
神獣は、火、水、風、土の4属性しか存在しないというのが、この世界での常識だ。あっ、闇堕ちすると、闇属性になるから5属性か。
氷の神獣だなんて……突然変異だろうか。
神が、北の海の小島に、氷の檻を作って閉じ込めたということは、神獣テンウッドには消滅しない特別なチカラがあると考えられる。うっかり殺すと、影の世界で何をするかわからないんだ。
「ゼクトさん、どうすればいいんですか。僕は竜神様から、黒い氷をなんとかしろと命じられています」
すると、ギルマスが、ニヤッと笑った。
「ヴァン、それは、ノレアの坊やが手出しさせないんだろ? おまえには、もう責任はないぜ」
「でも、このままでは……」
「だから、ラフレアの森の件を設定したじゃねぇか」
ギルマスの話がいきなり飛んだ。
「ギルマス、ラフレアの森の件って……つぼみが大発生している件ですか」
すると、ギルマスは一緒、変な顔をした。違うのか。
「ヴァン、オールスはな、もともと、王立学校のある教師との接触のために、ラフレアの森の採取権を狙ってたんだ。随分と時間がかかったがな」
ゼクトさんは、眉間にシワを寄せている。いろいろと失敗したのだろうか。
「珍しい薬草の採取のためじゃなくて、誰かとの接触ですか」
「あぁ、自然な流れじゃなきゃ怪しまれる。抜け目のない女だからな」
「その女性って……」
ペパーミント家のメイサさんではないよな。彼女のお兄さんが王族と結婚したらしいけど、彼女は成人の儀を終えたばかりの学生だ。
「あぁ、王立学校で、唯一、危険な場所へ行く学生の同行ができる女教師だ。いろいろと失敗したが、これならいける」
だから、メイサさんに接触して、冒険者ギルドに登録するように仕向けた? でも、彼女が神官様に憧れたからだよね?
「もしかして、フラン様も、協力しているのですか」
神官様は、微妙な表情で頷いた。
「フランちゃんが首謀者だぜ。ノレアの坊やを動かすことができるとすれば、その女教師を使うしかないってな」
ギルマスの言葉に、僕は驚いた。まさか、わざと憧れさせた? そんなこと……。
「まぁ、フランに憧れてるというお嬢様には、驚いたぜ。あの子は、当主になる器だな。貴族のお嬢様が、小さすぎる神官家に興味があると人前で話すのは、危険なことだ」




