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394、王都シリウス 〜空を駆ける

「じゃあ、そろそろ帰るか。貧乏なオールスにおごらせるわけにはいかねぇから、貸しにしておく」


 ゼクトさんは、そう言うと、隣の学生さん達のテーブルの支払いもしている。彼は最近、カラサギ亭以外では、関わった人の分も、いつもおごってくれるんだよな。


 学生さん達は、慌てているみたいだ。


「狂人は金には苦労してねぇから、気にしなくていいぜ」


 ギルマスがそう言うと、学生さん達はゼクトさんに、ご馳走様ですと言っている。ゼクトさんは、そっけなく片手をあげただけだ。


 でも以前に比べると、すごく変わったな。その変化は、僕としては、素直に嬉しい。だけど、まだまだだ。


 やはり、狂人とは、呼ばれなくなってほしい。ゼクトさんが、普通に感情のある人だと、彼を知る人全員にわかってもらいたい。


 だけど、少しずつ、みんなの認識が変わってきているような気もする。人前で笑うようになったもんな。



「メイサお嬢様、同行の教師が決まったら、近くのギルドに連絡しておいてくれ。俺に繋がる」


 ギルマスがそう言うと、メイサさんは素直に頷いている。やはり、悪い大人に騙されそうなお嬢さんだ。


「じゃ、俺達は、帰るか」




 店を出ると、ギルマスは、なぜか王都の門へ向かって、ふわふわと移動していく。ラフレアの森がある方だ。


 あの事故で両足が腐食してしまっているから、ギルマスは歩けない。だが、長いロープを着ているためか、普通に歩いているように見える。


「ギルマス、方向が逆だと思うんですけど」


「ヴァン、噂を聞いたぜ」


 なんだかニヤッと笑うその表情は、悪戯っ子のようだな。僕より年上の息子さんがいるのに。


「誰から聞いた噂ですか」


「泥ネズミだ」


 へ? 泥ネズミ? ギルマスからの予想外の答えに、僕は思考が停止した。


「ヴァン、オールスにも従属の泥ネズミがいるんだぜ。王都だけじゃなく、もうほとんどの泥ネズミには、ヴァンの覇王効果が及んでいるけどな」


 あー、そっか。ゼクトさんの説明に、僕は納得した。確かに、ギルマスに従属の泥ネズミがいない方が不思議だ。



「ギルマスも、泥ネズミを従属化しているんですね。だけど、噂ですか?」


 泥ネズミ達から何を聞いたかは、予想できない。泥ネズミ達は、機密情報は絶対に漏らさない。諜報活動に利用されているから、調べた情報も漏らさないはずだ。


「あぁ、楽しそうに、いや羨ましそうに話していたぜ」


「うん? 羨ましい?」


 ギルマスの従属の泥ネズミも、僕は会っているかもしれない。だけど、何が羨ましいんだ? ギルマスがニヤニヤするような話なんて、全く思い浮かばない。


 あっ、デネブのおもちゃか。


「ギルマス、それって、デネブの僕の小屋の裏庭ですか?」


「はぁ? なんだそれ」


「オールス、コイツの畑の小屋の裏庭には、泥ネズミが実る木があるんだぜ」


 ゼクトさんは、あの遊び場を見たことがあるんだな。確かに、たくさんのハンモックや布袋を木にぶら下げている。泥ネズミ達の寝床になってるんだよな。


「そんなことを知っていても、俺が羨ましがるわけないだろ」


 はい? ギルマスが羨ましい?


「ククッ、おまえ、ガキか」


 ゼクトさんは、それが何かわかったらしい。


「俺は、ずっと留守番してたんだぜ? あの玉を持って帰ってくれたら、絶対に気持ちいいだろ」


 何の話をしているんだろう? 留守番って、デネブのレモネ家の倉庫の横の、ギルマスの住まいのこと?




 王都の門を出て、さらにラフレアの森に近寄っていく。さっきとは違って、かなり薄暗くなってきたな。


『我が王! わ、わわわわわぁぁ〜』


 足元で、何かが飛び跳ねている。リーダーくん?


 手を出すと、ぴょんと飛び乗ってきた。やはり、リーダーくんだ。


「リーダーくん、どうしたの?」


『我が王に、おねだりタイムだというので、通りかかってしまったので、そのあのへの……はにゃにゃ』


 なんか、ごまかした。


 賢そうな個体はいない。その代わりに、あまり見たことのない子達がいるようだ。リーダーくんの補佐をする子達とは、少しサイズが違うんだよな。



「狂人、さっきの玉を出せよ。ヴァンが、それを掴んで、デネブに連れ帰ってくれるだろ?」


 はい? ギルマスが何を言って……あー、空を飛びたいのか。リーダーくんのこの顔は、それしか考えられない。


 ゼクトさんは、スキル『道化師』の玉を出した。透明なゴム玉だ。重力魔法には弱いけど、それ以外の衝撃では絶対に割れない。


「ヴァン、俺も、何もしないで空を飛んでみたいぜ」



 ギルマスが、ピィッと口笛を吹くと、ワラワラと泥ネズミ達が現れた。


「コイツらも飛びたいらしいぜ。俺の従属の泥ネズミの子分達だ。ちと、王都から出られない事情があってな」


 うん? もしかして、この泥ネズミ達を王都から運び出したいということか。後半部分が、ギリギリ聞き取れる囁き声だ。


 おそらく、それを確認しようと尋ねても、二人は返事に困るだろう。ラフレアの森の近くには、多くの王宮の見回り兵がいる。


 だから、ギルマスの遊びに乗じて、泥ネズミ達を王都から外へ出したいのか。


 しかし、そんな大量の輸送は……。



「玉を手で持つのは、不安ですね。首にかけてもらえたら……」


 するとゼクトさんは、小さく首を横に振った。そして、ニヤニヤしながら、口を開く。



「なぁ、ラフレアの森の近くには、巨大な鳥がいるらしいな。襲われたら、やべぇぞ」


 何か、芝居が始まった。すぐ近くを通った王宮の兵が、ギョッとしている。


「ラフレアのつぼみが、また開花したんじゃねぇか? どこからか誘われて来るんだろ」


 ギルマスが、ゼクトさんに合わせている。


 すると、辺りにいた王宮の兵達が、ラフレアの森へと駆け出した。また、あんな惨劇が起こると大変だもんな。



「ククッ、今だぜ、ヴァン」


 断るという選択肢はなさそうだな。ゼクトさんもギルマスも、透明なゴム玉に入っている。大量の泥ネズミ達も。そして、ちゃっかりと、リーダーくんも入ってるんだよな。


 ワクワク、キラキラした顔で、こっちを見ている。期待に応えてあげないといけないか。



 僕は念のため、木いちごのエリクサーを口に放り込んだ。


 そして、スキル『道化師』の変化へんげを使う。この大きなゴム玉を運ぶ鳥か。


 僕が考えていると、ゼクトさんは外からの見た目を変えた。なるほど、それがリクエストなのか。


 ボンッという音と共に、僕の視点は高くなった。自然に、さらってくれということだな。



 僕は、空へ飛び上がる。


 そして、ラフレアの森の近くをかすめて飛んだ。僕が姿を変えていても、ラフレアの人面花は、僕のことがわかるらしい。


 咲きかけの巨大なつぼみが、顔を出した。開花には時間がかかるんだな。


「う、うわぁ〜! 出たー」


「ボックス山脈にいるはずじゃないのか?」


「ラフレアが呼んだんだ」


「怪鳥ジーンだ。光る丸い物は見せるなよ!」


 王宮の兵達は、僕に慌てているのか、つぼみに慌てているのかはわからないけど、ラフレアの森の入り口の小屋に避難し始めた。


 ラフレアの森をぐるっと回ると、緑色のつぼみもなぜかついてくるんだよな。


「ぎゃぁあ、王都へ向いたぞ」


「ど、どうする?」


 ヒュンと、何かが飛んできた。だけど、僕に当たらずに、凍って落ちていく。


「バカか! 攻撃するな。辺りが氷漬けになる」



 僕は高度を一気に下げた。


 そして、ピカピカと光る玉を両手で掴んだ。鳥だから、両足かな。


 そのままの勢いで、一気に高度を上げる。王都には、結界があるから、当たらないように気を遣うよな。



『うひょひょひょひょ〜、高いでございますです〜』


 リーダーくんの奇妙な叫び声が響く。泥ネズミ達は、みんな大騒ぎだ。玉の中から外を見ると、完全に透明だろうからな。



『ヴァン、おまえ、やることが派手すぎねぇか? ククッ、王宮は、騒ぎになってるぜ』


 ゼクトさんは、楽しそうにそう言うけど、これをリクエストしたんじゃないのかな。念話をしてくるってことは、声は聞こえないか。


 僕は、念話を使えないから返事ができない。でも、リーダーくんが通訳というか、僕の考えを伝えてくれている。



『ヴァン、最高だぜ! めちゃくちゃ楽しいな』


 ギルマスも、テンションが上がってるみたいだ。透明な玉に入って空を飛ぶのは、空を駆けるような感覚なのだろうか。



『ヴァン、漁師町の方まで飛んでから、高度を下げろ。デネブを通り越さないと、追っ手が来るかもしれねぇ』


 確かに、そうだな。人間だとバレると、いろいろと面倒なことになる。


 僕は、北の大陸近くまで飛び、そして、海上でくるりと向きを変えた。



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