392、王都シリウス 〜久しぶりにソムリエっぽいことをする
僕が隣のテーブルに並べられたワインの説明をしてから、店内のお客さんの関心は、僕達の方へ移ったようだ。
ペパーミント家のお嬢様の話題は、もう、話し尽くしたのだろうか。
僕が席に戻ったことで、同席しているギルマスとゼクトさんについて、囁く声が聞こえてくる。そして、なぜジョブ『ソムリエ』が一緒にいるんだという声も……。
ギルマスは、さっき、なんだかニヤッと笑ったんだよね。今は、シチューを食べているけど。
隣のテーブルでは、中甘口の白ワインを選んだようだ。いろいろな品種をブレンドしてある飲みやすいワインだ。
店員さんが、常温のワインを持ってきた。そして、そのまま蓋のフィルムをはがし、コルクを抜こうとコルクスクリューをあてた。
「あーっ! あの、それは冷やさないと酸味と甘味のバランスが悪くなります〜」
僕は、また、立ち上がってしまった。
「えっ? 冷やしたワインは置いてなくて……」
背中に、ゼクトさんとギルマスがニヤニヤしている気配を感じながら、僕は、店員さんからワインを奪う。
そして氷魔法を使い、白ワインをゆっくり冷やしていく。ソムリエナイフはないらしい。コルクスクリューを使って、僕は、コルク栓を抜く。
僕の手元を、店員さんと学生さん達がジッと見ている。はぁ、もう、ついでだから、いっか。
「テイスティングをお願いできますか?」
僕は、あえて、身なりのいい男性に声をかけた。一番、グダグダと文句を言っていた人だ。
「あ、あぁ」
僕は、彼のグラスに少しだけ、注ぐ。すると、彼は有力貴族だと言っていたくせに、固まってるんだよな。
「ワインに劣化がないか、確認をお願いします。まずは色に問題がないか、そして香りに問題がないか、最後に一口飲んで味に問題がないかを確認してみてください」
「あ、あぁ、わかった」
彼に、みんなの視線が集まる。ガチガチに緊張しているようだ。だけど、僕の手順に従って、テイスティングをしている。
「いかがでしょう?」
「あぁ、問題はない」
「では、ついでなので、サーブしていきますね。レディファーストで、テイスティングをしてくださった方は、最後に注ぎます」
僕は、学生さん達の背後から、それぞれのグラスに注いで回った。なんだか久しぶりに、ソムリエらしいことをしている。
「うわぁ〜、なんか、高級レストランみたい」
勝気な女性が、なぜか頬を染めている。
「高級レストランって、こんな風にグラスに入れてくれるのか」
ふふっ、雰囲気に飲まれたのかな。グラスにワインが注がれる音と、フレッシュでフルーティな香りの幻惑だろうか。
「このワイン、別の店だとすっぱかったぜ。ジョブ『ソムリエ』って、なんだか凄いな。ワインの味まで変えるのか」
なんだか、かわいらしい学生に見えてくる。
「白ワインは、温度も重要なんですよ。この白ワインは、ガンガンに冷やす方が美味しいんです。気取らない店なら、グラスに氷を入れてもいいかもしれません」
「まぁ! 氷を?」
お嬢様が、目を見開いている。あっ、マズイか。
「テーブルワインなら、飲み方は自由です。ですが、貴族のパーティで振る舞われる高価なワインには、氷を入れるのは邪道ですね。せっかくの作り手のメッセージが受け取れなくなってしまいます」
「メッセージ?」
「ええ。精魂込めて丁寧に作られるワインは、いわば芸術品ですからね。そのまま、適切な温度で味わうことで、真の力を発揮します」
「まぁっ」
あっ、お嬢様以外は、キョトンとしている。しゃべりすぎたか。
「おーい、ヴァン、おまえのスープ、食っちまうぞ」
「あっ、ダメですよ。えっと皆さん、お邪魔しました」
ギルマスもゼクトさんも、ニヤニヤしてるんだよね。だけど、ゼクトさんが声をかけてくれて助かった。
僕は、席に座り、冷めたスープを飲んだ。
なんだか、ますます注目されてるんだよな。まぁ、自業自得か。あぁ、やらかした。うぅ、しゃべりすぎた。はぁ、穴があったら入りたい。
「ヴァン、隣のテーブルから、チラチラ見られてるぜ? メイサお嬢様に挨拶をしたらどうだ?」
ギルマスが、また変なことを言っている。
「なぜ、挨拶する必要があるんですか」
「ペパーミント家は、金持ちだぜ?」
「ちょ、ギルマス、僕は別にお金に困ってません」
なんだか、二人がやたらとニヤニヤしている。悪だくみでも思いついたのか。嫌な予感がますます強くなる。
「あの〜」
隣の学生さん達のテーブルから、声がかかった。僕がテイスティングを依頼した、身なりのいい男性だ。
「はい、どうされました?」
仕方なく、僕が返事をした。彼は、ギルマスだけじゃなく、ゼクトさんのことも知っているみたいだな。ゼクトさんを見る視線が、オドオドしているんだよね。
「俺達は、王立総合学校の2年なんです。そちらは、どんな集まりなんですか」
チラッと、ゼクトさんが彼らを見ると、4人ともビクッとしてるんだよな。だけど店内にいる全員が、僕の返事に聞き耳を立てている。
「えーっと、集まりというほどでは……」
何て答えればいいか、全くわからない。
すると、ギルマスがニヤッと笑い、口を開く。
「どういう集まりに見える?」
「ええっ? オールスさんと、その人は、まぁ……。そこに、ソムリエがいる理由が謎すぎて……」
「あはは。俺は、狂人と冒険者パーティを組んだんだよ。他にも数名のメンバーがいるがな」
「へぇ、だから、ギルドマスターを引退したんですね。いろいろな妙な噂が流れていましたよ」
学生さん達は、ギルマスとは話しやすいみたいだ。
「ふん、俺が死んだとか言われてるんだろ? だから最近は、目立つ場所に出かけてるんだぜ」
「なるほど。それで、そのソムリエは……」
すると、ギルマスは大げさに驚いた顔をしている。ちょ、何を言うんだよ。王都に出入りできないようなことは、言わないでくれ。
「ヴァン、やはり、おまえは王都では知られてないらしいぜ。自己紹介しとくか?」
「いや、別に知られる必要はないです」
「知られる必要あるだろ。偽者が出てくるぜ」
必要ないよ。そんなこと知らない。
「あ、あの、他の街で、有名なソムリエなんですか」
学生さん達は、余計に興味津々じゃないか。
「いや、ソムリエの仕事は、ほとんどしてねぇよな。ジョブの印が陥没するんじゃないかと、本人は心配してるみたいだぜ」
ちょ、何を……。
「でも、ソムリエ……」
「コイツは、青ノレアのSランク冒険者だ。だから、いま、ウチのパーティに来ないかって、引き抜き交渉中なんだよ」
あぁ、青ノレア。最近、顔を出してないな。
「オールスさんのパーティにですか? そのソムリエは、そんなに強くは見えないですけど……」
「まぁ、ヴァン自身は、剣も魔法もイマイチだな。だが、極級『魔獣使い』だからな。しかも、覇王持ちだ。ウチのパーティに欲しいんだよな」
ちょ……覇王持ちって言ってるし。まぁ、じゃないと、ギルマスが引き抜こうという理由にはならないか。
学生さん達は、目を見開き、めちゃくちゃ納得してる。
「覇王持ちだから、青ノレアなんですね。俺なら、確かに、ソムリエより冒険者を選ぶ」
学生さん達の僕を見る目が、ガラリと変わった。ギルマスに向けるのと同じような視線だ。
その変化は、学生さん達だけじゃない。店内にいる他のお客さんも、めちゃくちゃ納得したらしい。
覇王持ちだとバラされたけど、まぁ、もう会うこともないだろうから、いっか。
「ヴァン、自己紹介はしないのか?」
「へ? もう、いろいろバラしたじゃないですか。これ以上、変なことは言わないでくださいよ」
思わず強い口調になってしまった。すると、ギルマスは、楽しそうなニヤニヤ顔で口を開く。
「ククッ、おい狂人、俺、ヴァンに怒られちまった」
なっ? ちょ、大声で……。
「ふん、おまえがしつこいからだろ」
「だって、せっかくのチャンスをスルーしようとしてるんだぜ? 黙ってられねぇだろ」
そのチャンスって、何?
すると隣のテーブルから、お嬢様が立ち上がった。そして、僕のそばまで歩いてくる。
「私は、メイサ・ペパーミントと申します。あの、私との繋がりを希望されているように聞こえましたが」
「えっ? あ、いえ」
「ヴァン、キチンと挨拶しろよ。失礼だぜ」
「僕は、ヴァンと申しま……」
「挨拶で、省略してどうする?」
ギルマスは、家の名を言えと言っている?
「失礼致しました。僕は、ヴァン・ドゥと申します」
すると、お嬢様は、目を見開いた。
「まぁっ! フラン様の旦那様なのですね!」




