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390、王都シリウス 〜ラフレアの森への通行証

 僕達は今、王都にいるんだ。


 ラフレアの森では転移魔法が使えないらしく、ゼクトさんは、徒歩で移動することを選んだ。転移魔法は、ギルマスの負担にもなるからだろう。


 森を抜けて少し歩くと、王都の門が見えた。こんなに近かったんだ。転移魔法を使う距離じゃないな。


 竜神様の子達は、来たときと同じように一角獣が背に乗せて、ドゥ教会に連れて帰った。空を駆けるように移動して行ったんだ。心配性な一角獣だから、まぁ任せて大丈夫だろう。




「しかし、腹減ったな。肉だな、肉!」


 ギルマスは、明るい笑顔だ。たぶん、少し無理をしているように見える。王都の門を入ってすぐの店に、僕達は来ているんだ。


「おまえなー、この店は、さかな屋だぜ。ケンカ売ってんのか。おまえが、ここがいいと言っただろ」


 ゼクトさんは、相変わらずな感じだな。あんな、死を覚悟した言葉を使った後なのに、切り替えの早さに驚く。


 だけどゼクトさんは、注文を聞きに来た店員さんに、肉料理も頼んでいた。魚料理は、僕はあまり食べたことがないから、目移りしてしまう。結局、店員さんにお任せになったんだよな。



「ギルマス、あの森で珍しい薬草を探さなくてよかったんですか?」


「そんなことより、メシだ。ヴァンは、まだ今日は何も食ってないんだろ? もう夕食の時間だぜ」


 僕のために、王都に移動してくれたんだ。


「ありがとうございます。食事の後に、森に戻るんですね」


 僕がそう言うと、ギルマスは何か考えるように、目線を上にあげた。あっ、もう体力が限界を越えているよな。失言だ。


「あ、あの、僕が、珍しい薬草を探してきますから、ギルマスは、ゼクトさんとデネブに戻ってください」


 たぶん、僕一人で行ける。もう日が暮れる。夜になればデュラハンのチカラも増すから、ラフレアの赤い花が近寄ってきても大丈夫だ。



「いや、あの森は、俺にしか採取権がないからな。冒険者ギルドを通じて依頼を出すぜ。じゃないと、あとから何を言われるかわからねぇからな」


 そうか、正式な依頼がないと、僕はあの森で採取はできないんだ。


 ラフレアの森が危険だから、森に通じる道に検問所があるのかと思っていたけど、王宮が管理する森だもんな。立ち入りが制限されているのか。


「あの坊やだけじゃなく、貴族がグダグダと文句をつけてくるからな。採取権は、かなり高いらしいぜ。それ以上に、採れるものが高価だということだ。まぁ、暴落するだろうがな」


 ゼクトさんは、意地の悪い笑みを浮かべた。それほど、貴族に嫌悪感があるんだろう。



「暴落? 採取権って、売り買いされるんですか?」


 そう尋ねると、ギルマスが何かを取り出した。


「あぁ、これは臨時に発行された通行証だけどな、見てみろ」


 渡された板状の金属っぽいものには、ギルマスの名前が入っている。そして、王宮からの臨時依頼の対価として付与する、という説明も書いてある。


 裏側を見てみると、名前がズラリと並んでいた。神官家と貴族ばかりだな。名前が長い。一番下に、オールスと追加してある。新規マークが付いているのもあるけど、長い名前の中で、短い名前は目立つよね。


「名前の記載があるんですね」


「あぁ、王宮が付与した特別な通行証だからな。これは、臨時の通行証だが、そのうち、無駄に立派な物が届く。正式な通行証が届けば、通行証は作り放題だぜ」


「うん? 作り放題? 王宮の許可が必要なんですよね?」


 僕が首を傾げていると、ゼクトさんが口を開く。


「作り放題なわけねぇだろ。この銅板みたいなスペアが作れるだけだ。出入りは、完全に王宮に把握されるからな。スペアを作りまくったら、とんでもない使用料を請求されるぜ」


「でも、狂人、おまえもスペアが欲しいだろ?」


「ふん、俺は、あんな森には興味ねぇよ。だが、今回の件で、採取権は暴落するだろうな。ククッ、採取権を買ってやってもいいが」


 ゼクトさんも、採取権が欲しいんだ。


 ラフレアの森は、ほんの一部しか見てなかったけど、ラフレアの株の上に土砂が堆積してできた森だ。


 僕としては、いつどこに、あの緑色の人面花が現れるかと考えるだけで、ゾッとするんだけど。



「ヴァン、ボーっとしてねぇで食えよ? オールスのおごりだぜ」


「あ、はい。いただきます」


「ちょっと待てよ、狂人。俺がこの中で、一番貧乏なんだぜ? しかも足が無い。いたわりの心はないのか」


「は? 俺もヴァンも、間抜けなおまえの世話をしてやってるだろ。飯ぐらいおごれよ」


 ふふっ、もうギルマスも、いつもの調子に戻っている。ご飯を食べて元気が戻ったようだ。


 体力や魔力は、木いちごのエリクサーを渡して回復してもらったけど、やはりエリクサーだけでは、疲れは取れないんだよな。



 初めて食べる魚料理は、僕には不思議な感覚だった。そういえば、ずっと前にゼクトさんと海辺の町に行ったときにも、魚料理を食べたっけ。


 ファシルド家の料理人さんの実家だったんだよな。だから、僕には少し慣れた味のスープだった。


 だけど、この魚料理は全く違う。生食なんだ。不思議な食感だよな。魚を小さく切って、香草やオイルを振りかけてあるようだ。


 これに合わせるとすれば、辛口の白ワインかな。シャルドネ村の、少し樽熟成させた白ワインなら、香草にも負けない。



「ヴァン、なんだか突然キリッとした顔をして、どうした?」


 ギルマスが僕の顔を覗き込んでいる。


「えーっと、変な顔でしたか?」


「あぁ、あまり見せない顔だな」


 すると、ゼクトさんがからかうように、ギルマスの皿から、肉を奪った。


「おい、おまえ! 俺の肉だぞ」


 あはは、なんだか二人とも、少年みたいだな。


「おまえがヴァンが普段はキリッとしていないって言ったから、制裁だぜ」


「ちょ、そんなことは言ってねぇだろ。おまえが肉を奪う理由にはならねぇだろ」


 ギルマスは、ゼクトさんの前に置かれたばかりの肉のシチューを丸ごと奪っている。ほんと、子供みたいだな。



「ヴァンが呆れてるぜ。間抜けなオールス」


「うっせーな、狂人。おまえが先に肉を奪っただろ。あっ、このシチュー美味いな」


 なんだか、平和だなぁ。僕がニヤニヤしていると、ギルマスは、フッと笑った。もしかして、わざとこんなことをしてるのかな。



「で? ヴァン、何を考えてたんだ? 変にすました顔してたぜ」


 ゼクトさんは、シチューを奪い返して、そう言った。


「あ、はい。この魚料理は初めて食べたんですけど、どんなワインが合うかなぁって」


「なんだ、そんなことか。エールを飲んでおけば間違いねぇよ」


 そう言いつつ、ゼクトさんは、エールをグイと飲み干した。それを、ギルマスが羨ましそうに見ている。まだ、ギルマスには酒は無理だからな。



「嫌がらせのように、自分だけエールを飲みやがって」


「は? 普通、みんなエールだろ」


 ゼクトさんとギルマスは、また楽しそうに、内容のないケンカをしている。



 僕は、周りのテーブルを見回してみた。


 確かに、ゼクトさんが言うように、酒を頼む人は、みんなエールを飲んでいるようだ。


 メニュー表を見てみると、ワインも並んでいる。白ワインが5種類、赤ワインが2種類。それぞれ悪くないセレクトだ。だけど、頼んでいる客はいないんだよな。



「ヴァン、何か飲むか?」


「いえ、僕は、今日はやめておきます。久しぶりの食事で胃がびっくりしていますから」


 僕がそう言うと、ゼクトさんはフッと優しい目をした。なぜだろう? あっ、僕がギルマスに気を遣っていると感じたのかな。


「ポーションだけで生きていけると言う薬師もいるが、飯を食わないと元気がでないぜ。ギルドのミッション中は仕方ねぇが、ちゃんと食えよ?」


「あー、はい。ゼクトさんもですよ?」


「ククッ、俺は、オールスから肉を奪うために、毎食キチンと食ってるぜ」


「おい、狂人! 意味不明なことを言ってんじゃねぇぞ」


 また、二人の変な口げんかが始まった。だけど、聞いていると、面白いんだよな。



 再び、メニュー表に視線を移す。


 なぜ、ワインが飲まれないんだろう? この料理なら、ワインを飲む人がいてもおかしくない。価格も悪くない。テーブルワインばかりだから、気軽に飲める価格だ。




「いらっしゃいませ」


 新たなお客さんがやってきた。王都っぽいオシャレな若い4人組。男女二人ずついるけど、友達同士というより、二組の恋人に見える。


 僕達のすぐ横のテーブルに案内されたからか、ゼクトさんとギルマスは、話す声を調整したようだ。内容は変わらないんだけど。



「ねぇ、ワインにしない?」



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