39、ボックス山脈 〜ロックドラゴンとの交渉
「神官様、トロッケン家の皆さん、ヴァンの邪魔をしないでくださいね。ヴァンしか、奴らと交渉できないんですから」
マルクは、冷たく言い放った。こういうときのマルクって、コワイんだよな。何も言い返せなくなる。
「魔獣使いなら、先にそれを……」
神官様らしきオジサンは、反論しようとしたけど、洞穴から二体の巨大なドラゴンが出てきたことで、言葉を呑み込んだ。
グォォオ〜
「腹の足しにもならんような、ゴミ虫どもだな」
よかった。このドラゴンは呆れているだけだ。みんながビビっていることがわかるんだな。
キシャー!
「父さん、コイツらは、言葉がわからないバカなんだ。このチビは、ぼくの言葉だけはわかるみたい」
緑色のトカゲは、僕の背を押した。僕はその力に吹き飛ばされ、巨大なドラゴンの前へと転がった。
「ちょ、チビドラゴンさん、チカラ強すぎ!」
「あっ、チビが弱すぎるのを忘れてた。ぼくは、チビじゃないぞっ」
「僕の方が少しだけ、背が高いじゃないか。さっき、比べてただろう?」
「ち、違う! ぼくは、こうすると……ほら、ぼくの方が大きいじゃないか。おまえがチビなんだっ」
緑色のトカゲは、尾を使って伸び上がった。ふふっ、それなら……。僕は、片手を上にあげた。
「こうすれば、僕の方が大きいよ」
「うわっ、ずるいぞ、チビ!」
「あはははっ」
この子竜、こんなことに必死になって、面白すぎる。
グォォオ〜
「あら、坊や、人間のお友達ができたの?」
もう一体の巨大なドラゴンが、僕の顔を覗き込んだ。くわぁ〜、ど迫力すぎる。僕は、一気に悪い汗が噴き出した。
「母さん、チビは、ぼくの言葉しかわからないんだ。近寄ると怖がるから、離れてやって」
「あらあら、優しいのね、坊や」
ドラゴンの眼差しは鋭すぎてわからないけど、声の雰囲気は柔らかい。仲の良い家族のようだな。
洞穴から、さらに、トカゲが現れた。なんだか数が多い。トロッケン家の兵が剣を抜こうとしたのを、マルクが制した。マルクは、すごくコワイ顔をしている。
「チビドラゴンさん、兄弟が多いんだね」
「は? おまえの方がチビなんだからなっ! 前足を使うなんてズルは認めないからな」
まだこだわってるんだ。あははっ、なんだか可愛く見えてきたな。
「じゃあ、どう呼べばいいの?」
「ぼくは、坊やとか、兄さんと呼ばれてるんだ」
「ふぅん、坊やって呼べばいいの?」
「それはダメだ。ぼくを坊やと呼ぶのは、父さんと母さんなんだ」
「じゃあ、兄さん? でも、僕の方が年上かもしれないよね」
そう言うと、呼び方に悩み始めた緑色のトカゲ。
「にいさん、これはなぁに? たべていい?」
「ダメだよ、チビは、ぼくの言葉を理解できるんだ」
「ふぅん」
気づくと、僕は、荒い呼吸をしている小型のトカゲに囲まれていた。嫌な汗が出てきた。あっ、気が立っているのは、怪我をしているからか。
「ねぇ、チビドラゴンさん、周りにいる子たち、怪我をしてるよね? 傷薬を持ってるけど、いる?」
「だーかーらー、うん? チビは薬屋なのか?」
「まぁね、でも、ドラゴンに効くかはわからないんだけど」
僕は、正方形のゼリー状のポーションを少し取り出し、ひとつを食べてみせた。わっ、さっき転んだときの痛みがスッと消えた。
「ぼくも怪我をしているから、貸してみろ」
緑色のトカゲは、ポーションが小さすぎて、上手くつかめないみたいだ。仕方ない、食べさせるかな。
「口開けて。手先は僕の方が器用だからねー」
そう言うと、奴は悔しそうに少し唸った後、口を開けた。従属がゆるくかかっているのかな。この対抗心は、友達の技能だろうか。
ひとつを放り込むと、噛まずに飲みこんでいる。そして、ブルブルっと、身体を震わせた。でも、なんだか、ほわっとした顔……になったような気がする。効いているのかな。
「チビ、兄貴の口にも入れてやってくれ」
「どの子が兄貴か、わかんないよ」
すると、岩陰にいた大きな個体が近寄ってきた。トカゲというよりドラゴンに近い感じだ。ポーションを放り投げると、パクリと飲み込んだ。
あー、かなりひどい怪我をしているな。剣の傷だ。トロッケン家の兵にやられたのか。ひとつでは、イマイチみたいだな。
「これは、チビの友達なのか?」
「兄さん、コイツは、ぼくの言葉を理解するんだ」
チビドラゴンくん、チビって呼ばれてるじゃないか。
「俺の言葉はわからないのか? まだ幼体か」
「チビは子供だよ。ぼくの言葉しかわからないんだ。でも、傷薬をくれたから、悪い奴じゃないよ」
言葉は、わからないフリをしておく方が良さそうだな。通訳の技能が、どの範囲まで使えるかわからないし。
この兄さんの言葉や、僕を食べていいか尋ねていた個体の言葉はわかるけど、他の小型のトカゲは、何を言っているかわからない。
「チビ、他の奴らも、傷薬が欲しいみたいだぞ」
「放り投げればいい?」
「あぁ、それは小さいからな、高く投げろよ」
「うん、わかった」
僕は、正方形のゼリー状のポーションを、ぽいぽいと放り投げた。なんだか、エサをやっているみたいだな。
よく見ると、言葉がわからない奴らは、ドラゴンじゃなくて、トカゲなのかもしれない。皮膚の状態から見ても、年寄りっぽい個体もいる。
グォォオ〜
「坊やのお友達は、何をしに来たのかしら?」
「母さん、チビに聞いてみる。チビ、おまえ、こんな所に何をしに来たんだよ」
「僕達は、この山の湧き水を使っている農家が困っているから、調査に来たんだ」
「農家ってなんだ?」
「僕の家は、ぶどうを育ててるんだ。野菜を育てる農家もあるよ」
「あー、草を植えているんだな。何を困っているんだ?」
「湧き水が、濁ってしまったんだ。濁りの原因は、不思議な毒みたいなんだ」
そこまで話すと、緑色のトカゲは、家族に説明をしている。なんだか、イキイキとしているな。僕の通訳をすることが、誇らしげに見える。
家族の話は、僕にはわかるけど、わからないフリをしておいた。そうか、トロッケン家の調査は正確だったんだ。ここが発生源に間違いないらしい。
「チビ、父さんが、ゴミ捨て場があふれているからかもしれないって、言ってるぞ」
「どこにあるの? ゴミを掃除したら、湧き水に混ざっている不思議な毒が消せるかな?」
「母さんが、掃除してくれるなら助かるって言ってるぞ。ちょっと、最近、ツンとするんだよな」
「わかった。でも、マルクの力も必要だよ。僕だけでは、何もできないから」
「チビの仲間か? いいぞ。あのテカテカしたゴミ虫はダメだって」
「じゃあ、そう話すね」
僕は、マルクの方を向いた。
「マルク、この奥にゴミ捨て場があるらしいよ。最近、ツンとするんだって。たぶん、猛毒が発生してる。ドラゴンが食べ残したエサに含まれる毒を放置しているみたい」
するとマルクは、オジサンの方をチラッと見た。えっと、神官様だよね?
「奥へ、行ってみます。交戦していた人達は、警戒されると思うので、ヴァンと二人で行ってみます」
「いや、私も行こう。子供達だけでロックドラゴンの棲家に行かせるわけにはいかない」
このドラゴンって、ロックドラゴンっていうんだ。
僕達三人は、緑色のトカゲに案内されて、洞穴に入った。マルクが、すぐにバリアのようなものを張ってくれた。それでも、結構、強烈な臭いがする。
「チビ、その辺がゴミ捨て場だぞ」
「うん? 水たまり?」
「何かが溶けて、こんなことになったんだ。だから、ツンとするんだよな」
水たまりに見えた場所からは、ブクブクと何かガスのようなものが出ている。
「ヴァン、これは、猛毒どころじゃないぞ。これ以上近寄ると、俺のバリアがかき消される」
「えっ? そんなに?」
「ヴァンくん、毒を中和する毒消し薬を作れないか?」
ちょ、僕が超級だと知らないはずだよね?
「いや、わからないです。でも、超薬草がないと無理ですよ。しかも、かなりの量が必要です」
「それなら、あるよ。このために集めた分がね。加工しやすい諸刃草を用意した」
アリアさんに、村長様の家で見せられた超薬草だ。そのままなら傷薬として使えるけど、熱を加えると毒薬になる。これから、毒消し薬を作れということか。
確かに、毒薬を反転させれば毒消し薬になるけど、それって、上級薬師に可能なことなのかな?
「諸刃草は、熱を加えると毒薬になります。毒消し薬ではないですよ」
「あぁ、だから、反転の魔道具を用意した。毒薬を作ってくれたら、この魔道具を使って、その効果を反転させることができるんだよ」