388、ラフレアの森 〜デュラハン召喚! そして
「早く行け! 俺なら大丈夫だ。極級ハンターだぜ? しかも、ラフレアハンターのレアスキルもあるからな」
ゼクトさんは、僕を安心させようとしている。彼の表情は、妙に安らかだ。嫌だ、絶対に嫌だ!
ラフレアは、ひとつの株なのに、それぞれの花に個性があるかのようだ。バラバラな動きをしている。
空にフラフラと伸びていた赤い花が、僕達を狙ってきた。だけど、僕達に道を開けたはずの緑色のつぼみが立ち上がって、僕達を完全に取り囲んでいる。
そして、その一部が開花し始めた。赤い肉厚な花びらが見えてきた。
僕には、デュラハンの加護がある。纏う闇のオーラは、ラフレアは苦手らしい。だけど、それでもこんなに、隙間なく空を覆うように密集しているんだ。
僕が離れると、絶対にゼクトさんが吸収される。
「ヴァン、早く行け!」
ゼクトさんは、怒ったような言い方だ。だけど、違う。目が優しいんだ。僕に別れを告げている。死を覚悟したんだ。
「絶対に、嫌です!」
僕がそう叫ぶと、デュラハンの加護が広がる。手には、濃い闇のオーラを感じる。
僕は、右手に魔力を込め、空に向けて放った。黒い雷撃のようなものが空を走った。
『イヤーネ、ナニスルノ?』
『ワタサナイ』
空をフラフラしている赤い花は、無傷だ。あー、そっか。空に浮かぶ赤い花には魔法は効かないんだ。
『ダメ、カッコイイノ』
『ヘンナモノガ、ナイホウガイイ』
『ババア、クルナ』
『アタシタチノモノ』
僕達を取り囲んでいる開きかけの赤い花が、空を漂う花から、僕達を守っている? ゼクトさんの知り合いに似た人がいるからだろうか。
「ゼクトさん、なんだか……」
「あ、あぁ、囲まれたのは、俺達を守っているのか?」
「気のせいかもしれないけど、助かりそうな気がします」
「いや、空を漂う奴らがいなくなると、わからねぇぞ。今のうちに行け」
「でも、守ってくれているなら、ここにいる方が」
「それはない。ヴァン、行け!」
いや、でもそんな……。
『はぁ、わからねーな』
デュラハンさん? ちょ、なんとかしてよ。
『だから、わからねーんだよ。なぜ、おまえの方がオレよりカッコイイんだ? しかも、変色してる毒花がうっぜぇ』
えっ? 茎を焼き切られて地上に落ちた花? 声は聞こえてこないけど。
「ヴァン、おまえ……チッ!」
ゼクトさんが何かを見つけて、うなだれている。緑色の人面花の隙間から、外を見ると……あっ!
もしかして、緑色のつぼみは、本当に僕達を守っているんじゃないか?
周りには、色とりどりのじゅうたんが広がってきている。赤紫色の土壌は、もう見えない。変色した花が、ここまで広がってきたんだ。
こんな一瞬で? いや、ひとつの株だから、花は自由にラフレアの森を移動できるんだ。
「ゼクトさん……」
「はぁ、オールスもダメだろうな。ここまで急成長されると、王都もすぐに飲み込まれる。ヴァン、悪かったな」
「えっ、何を言ってるんですか」
ゼクトさんは、僕の頭をガシガシと撫でた。嫌な予感がする。何かとんでもないことを……。
「ゼクトさん、待ってください! デュラハンがいます!」
「は? 今は昼間だぜ?」
た、確かに。だけど、何もしないわけにはいかない。
デュラハンさん! 何とかして!
『おまえなー、こんな淫乱花にオレが……』
じゃあ、ブラビィを呼ぶ。
『は? 天兎が、ラフレアを何とかできるわけねーだろ』
ブラビィはイケメンだから、ラフレアがポーッとするかもしれないじゃん。
『オレの方がイケメンだ』
じゃあ、二人で何とかしてよ。
『バカか、おまえは。天兎の力なんてラフレアに通用するわけねーだろ。足手まといになるだけだ』
ふぅん、じゃあ、とりあえずデュラハンさんだけで何とかしてよ。でも、昼間だから厳しいか。
『オレは……くっ、おまえが召喚しろ。オレが普通に出ていくよりは、マシだ』
デュラハンが、めちゃくちゃ苛ついているのが伝わってくる。だけど、その方が彼は強くなる。
ゼクトさんの方を見ると、頷いている。僕とデュラハンのやり取りを覗いていたみたいだ。
「デュラハン!!!」
僕がそう叫ぶと、僕の身体に魔法陣が現れた。
僕達を取り囲んでいた緑色の人面花が、咄嗟に離れていく。
うわー、目が痛い。ゼクトさんも、一瞬手を目にあてていた。僕達は完全に、色とりどりのじゅうたんの中に居るんだ。
僕の身体から、抜け出るかのように、首無しの鎧騎士が現れた。首は左脇に抱えている。
僕と同じ鎧だけど、デュラハンは僕の倍以上の大きさがある。太陽の下で、鎧がキラキラと光るのは、なんだか不思議な気がする。
『クソッ! おまえら、ムカつくんだよ!』
ラフレアの声は聞こえないのに、デュラハンが勝手に怒っている。
『ヴァン、コイツらは、オレのことを気味が悪いポンコツって言ってんだ。オレは精霊の中でもダントツでイケメンなんだ! 許さんぞ』
いや、鎧しかないじゃん。
デュラハンは、ぶわっと闇のオーラを放出した。
ラフレアの花が、避けていく。
「これで逃げれるかも。デュラハンさん、ありがとう」
『おまえら、動くなよ!』
なぜか黒い檻が現れ、僕とゼクトさんを閉じ込めた。
「ちょっと、デュラハンさん、何これ」
『うるせー、オレの邪魔をしねーよーにしたんだ』
まじで、何を言ってんの?
こんなに怒りまくっているデュラハンは、初めて見たかもしれない。もしかして、マズイんじゃ?
「ヴァン、これは保護結界だ」
ゼクトさんは、浮遊魔法を解除した。
「えっ、檻じゃなくて?」
「ククッ、これの中に捕らわれた瞬間、すべての状態異常が消えたぜ。この中からだと迎撃もできる」
「でも、デュラハンは、邪魔だからって……えっ?」
僕は、一瞬、目を疑った。
デュラハンは、左脇に抱えていた首を、巨大な鉄球に変えている。しかも鉄球にはチェーンがついていて、鉄球をぶんぶん振り回しているんだ。
「あんな武器をデュラハンは持っているのか」
ゼクトさんも驚いている。鉄球が当たると、ラフレアの花は、砕け散るんだ。肉片が飛び散るような派手な砕け方に、背筋が冷たくなる。
「あれは、デュラハンの首です」
「は? 首?」
「兜と言う方が正確かもしれませんけど」
「あー、そういえば、首を抱えてねぇな」
「はい、デュラハンは、ラフレアに頭突きしまくっているんですよ」
「は? 頭突き? あぁ、確かにな。ククッ、おまえ、その変な発想は、誰の影響だ?」
「変ですか? あっ……ええっ?」
空に、堕天使が現れた。それに、半透明な一角獣も、背に白いモノを乗せて、空に浮かんでいる。
「ちょ、呼んでないのにアイツら……」
ブラビィが、ブワンと手を振ると、空が薄暗くなってきた。デュラハンの闇のオーラが強く輝く。
「す、すごい。夕方みたいになってる」
ゼクトさんも、驚いて目を見開いている。
一角獣が、地面に雷撃を放った。デュラハンが砕いたラフレアの花が、一気に燃え上がる。
すると、今度はブラビィが炎を放った。
炎に炎って、何してるんだよ?
だけど、雷撃で燃え上がった炎を打ち消している。
「うわっ!」
一角獣から、白い不思議な子達が次々と飛び降りている。まずい、何をやってんだよ。
ポヨンポヨンと、楽しそうに飛び跳ねているんだ。
『邪魔すんじゃねーぞ。オレの獲物だ!』
デュラハンがまだ怒っている。
『ふん、オレの方がイケメンに決まってるだろ。ラフレアは、美的センスの高いメスだぜ』
「キュッ!」
「キュキュ〜ッ!」
『は? どういうことだよ。オレはイケメンすぎる精霊だぞ』
『ちょっと待てよ。オレは泣く子も惚れる堕天使だぜ』
二人が何を言ってるのか、全くわからない。
僕の近くに、竜神様の子達が近寄ってきた。
「キュ〜ッ」
『はぁ? チッ、別に捕まえてたんじゃねーよ』
デュラハンは、そう言うと、僕達を囲む檻を消した。ちょ、ゼクトさんの魔法が……うん? 笑ってる。
「あはは、ありえねー」
ゼクトさんは、ゲラゲラと笑っている。その表情は、明るい。状態異常にはならないのか。
地面の色は、薄暗くなっているから、よくわからない。
だけど……。
『ナンテ、アイラシイノカシラ』
『ステキダワ』
『ハァア、イマ、フマレタワ』
『ワタシモ、フマレタワ』
ラフレアの赤い花の様子がおかしい。なんだか竜神様の子達に、ポヨンポヨンと踏んづけられることを、喜んでいるように見える。
「キュ〜ッ!」
僕に1体が飛び込んでくると、他の2体も飛び込んできた。当然、支えられるわけがなく、僕は尻もちをつく。
ちょ、どうなってるんだ?
土は、普通の色に戻っていた。




