384、王都シリウス 〜なんだかマズイ気がする
「この穴は……完全なトンネルじゃないか!」
「どこに繋がっているんだ?」
王宮の兵が、壁に空いた穴に入り、調査を始めたようだ。僕の顔見知りの魔導士も、顔面蒼白だな。
ゼクトさんの方を見ると、楽しくてたまらないらしい。ウキウキとした子供のような笑顔を僕に向けた。
この穴は、さっき僕が、スキル『道化師』の変化を使って作ったものだ。
「ボックス山脈の結界も、一部崩れているのかもしれません。こんなことができる魔物は、王都の外れの森にはいませんよ」
「地下水脈の異常だけでなく、ボックス山脈もか。きっと神がお怒りなんだ。精霊ノレア様に相談しなければ!」
「ダメですよ。ノレア神父の逆鱗に触れます。しかし、この穴の壁……とんでもない熱で溶かされたようです」
王宮の兵や魔導士は、頭を抱えている。やはりノレア様は、彼らの行動にも口出しをしているんだ。
本来なら、ノレア様にはそんな権限はないはずだ。彼は、王宮の神殿教会の神父なのにな。
「ボックス山脈には、こんなことができる魔物がいるのか!? 遭遇したこともないが」
「火山流に棲む火熊じゃないか? 穴は真っ直ぐに空いている。ここにたどり着き、厄介な人間が複数居たから、逃げたのだろう」
彼らの視線は、ゼクトさんに向いた。その瞬間、彼は無表情をつくっている。
この穴は、アリバイ作りのためのものだ。
王宮の極度な監視下において、研究者達が僕達と話していたことを咎められないように、この場所に集まっていた理由作りのために、穴を掘ったんだ。
たぶん、ゼクトさんが僕をここに連れてきたのは、万が一のときのアリバイ作りのためだと思う。もちろん、ギルマスを心配していることもあるだろう。
ゼクトさんから頼りにされているんだと思うと、僕は、くすぐったい気持ちになる。
小さな頃から憧れていた伝説の極級ハンターだもんな。同じ空気を吸っているだけでも信じられなかったのに、今、こうして、何かあると頼ってくれるんだ。
「至急、この先の森に調査団を!」
「ボックス山脈から出てきたのなら、王都の危機だぞ」
えっ……なんだか、大事になってきた。この穴が僕の仕業だとバレたら、マズイことにならないか?
「火熊なら、この気候は寒くて、あまり動けないはずだ」
「地下のマグマを掘り当てようとしていたんじゃないか。火山流、溶岩流の中を泳ぐ火熊だぞ」
「そんなことをされてマグマが噴き出したら、王都は消滅するぞ」
「早く探さねば、取り返しのつかないことになる!」
彼らは魔道具を取り出して、何かの作業をしている。増援を呼ぶのか? ちょ、この先の森には、何もいないんだけど。
「とりあえず、穴を進もう!」
「魔物が戻ってきたらどうするんだ」
「氷が効くはずだ。氷のバリアを使って進もう」
魔導士が、兵にバリアをかけている。兵は何かの魔道具を手にして、そろそろと進んでいく。
「皆さんは、ここから出てください。研究室は、このまま、別の場所に転移させます」
魔導士がそう言うのを、さすがにマズイと思ったのか、王宮の研究者が制した。
「騒がないでください。ここには、この場所でしか保管できない貴重な種子もある。壁に穴が空いたのなら、塞げばいいだけじゃないですか」
「いま、塞ぐわけにはいきません。調査に行った人達を、下手をすると殺すことになってしまうかもしれない」
どうしよう……。
僕は、ゼクトさんとギルマスの方を見た。二人とも、めちゃくちゃ楽しそうなんだよね。
「ゼクトさん……」
「あぁ、わかった、わかった。ヴァン、腹減りだな」
「えっ? あーいや、あの」
ゼクトさんは、僕の言いたいことがわかったのか、軽く目配せをしてきた。
「王宮の魔導士、飯はあるか?」
「えっ? あー、携帯食なら……」
「はぁ? そんなもん、食えるか。俺らも穴の調査に付き合ってやる。俺らが穴に入ったら、壁を塞げよ」
「ですが、それでは魔物が戻ってきたときに……」
「おまえなー、俺が誰かわかってて、そんな口を叩くのか」
「い、いえ……ですが、なぜ貴方が、王宮に協力を?」
「こんなとこにいつまでも居たら、ヴァンが腹減りで倒れるからな。帰り道のついでに、何か出てきたら、狩ってやればいいんだろ?」
ゼクトさんの言い方は、キツイけど、王宮の魔導士は慣れているのか、普通の表情だな。ビビらないということは、この人も、かなり強いんだろう。
ギルマスも、近寄ってきた。
彼は、両足はまだ治ってないから、ずっと浮遊魔法を使っている。僕には使えないから、どれくらい大変なことかはわからない。
「どこに繋がっているんだ? 王都の外れか?」
「あ、はい。ギルドマスター、王都の外れの森です。あの、巨大な花のある……」
「あぁ、ラフレアの森か。それなら、ヴァン、ちょうどいいな。薬の素材集めができる。王宮の魔導士、この調査の対価として、採取させてもらうよ」
「はい、かしこまりました。では、その……」
魔導士さんは、何か言いにくそうにしている。
「おまえが、この話を持ち掛けたことにすればいい。間抜けなオールスが、あの森の採取権が欲しいのは事実だ」
うん? ゼクトさんが言う意味がわからない。ギルマスじゃなくて、魔導士さんから提案したことにするのだろうか。
「助かります。では、これを」
魔導士さんからギルマスが何かを受け取った。
レモネ家の旦那様に軽く目配せをして、ゼクトさんはギルマスの腕をつかんだ。浮遊魔法の補助だろうな。
彼らとの話し合いは、とりあえず、これで終わりだよな。地下水脈の件は、秘密裏にいろいろと進みそうだ。
僕達3人を透明なゴム玉が包む。絶対に割れないゴム玉だ。うん? そんな必要はないのに?
「おぉ! それは良いアイデアですね。火熊が戻ってきても熱にやられる心配はない」
王宮の魔導士は、目を見開いている。
僕も、この技能の使い方は、すごいアイデアだと思う。普通なら、スキル『道化師』の玉乗りの玉の中に入るなんて、思いつかない。
「これは、俺が発見したんだぜ。じゃあな」
ギルマスが得意げな表情だ。へぇ、そっか。ゼクトさんが発見したのかと思ってた。
僕達は、トンネルを進んでいく。歩くと、玉は回転するから、よりスピードが上がる。普通に歩くよりも圧倒的に速い。だから、この玉を出したんだ。
ギルマスが不思議な魔道具を使っている。やわらかな光で、トンネルを照らすだけじゃなくて、体力も少しずつ回復していくのを感じる。
「水の中だけじゃなくて、こういう移動にも使えますね」
「あぁ、まぁな。間抜けなオールスは環境変化に弱いから、玉に入れて転がすに限る」
「おい、転がすなよ? 足がないんだぜ?」
「あるだろーが。腐食しまくりの汚ねぇ足が」
「きたねぇって言うなよ。ずっと洗ってないけどさ」
「洗えよ」
「バカか、狂人。洗ったら、朽ちた肉が剥がれるだろ」
ふふっ、二人の会話は、相変わらずだな。深刻な状態なのに、それをネタにするんだもんな。
でも、ゼクトさんがギルマスのことを、本当に大切にしていることが伝わってくる。
この玉も、ギルマスが居なかったら使わなかっただろう。普通は転移魔法を使うよね。
今のギルマスには、転移魔法も負担になる。だから、こんな方法なんだ。
だけど……しかし……。
「あの、穴のこと、これで良かったんですか? 大事になってしまったから僕……」
罪悪感を感じるんだよな。
「ヴァン、何を言ってんだ? 駆け引きだよ。王宮も貴族も神官家も、騙される方が愚かなんだよ」
ギルマスが、なぜか驚きの表情だ。
「コイツは、ガキの頃からこういう奴なんだよ。おまえみたいに、タフじゃねぇよ。まぁ、最近は、かわいくないんだけどな」
「へぇ、純朴な子だな。あんなバケモノを従えているのに、毒されないのか」
バケモノ? どっちのことだろう?
「ククッ、何て顔をしてる? ヴァン、安心しろ。おまえの穴熊は、嘘にはならないぜ」
「えっ? ゼクトさん、どういうことですか」
「そういう場所に、おまえが正確に繋げたからな」
さっきは、何も居なかったんだけどな。僕が首を傾げていると、ギルマスが口を開く。
「まぁ、今頃は、王兵が討伐してるんじゃないか? ラフレアが咲いているはずだからな」
さらに意味がわからない。
トンネルは行き止まりになった。上を見ると空が見える。さらに、嫌なうめき声も聞こえる。人間の声でもない。何だ?
「オールス、はずれたな。王兵には無理らしいぜ」
「この近くか。俺は、行きたくねぇな」
「だが、ここに残すわけにもいかねぇぞ」




