383、王都シリウス 〜密談とアリバイ作り
「あぁ、ストロング家の地下室……。私の娘の嫁ぎ先です。まさか、直接関わっていたとは」
ファスト家の当主の弟、植物大学の学長ケール・ロッシさんは、今にも倒れそうな顔をしている。
ストロング家は、ファスト家の分家にあたる商人貴族だそうだ。学長さんのロッシ家も商人貴族だから、娘さんを嫁がせたのかもしれない。
僕は、まだ、貴族に関することは、理解できていないから、ロッシ家とストロング家の力関係もわからない。
「学長、もう秘密裏にとはいきません。ゼクトさんからの話では、ファスト家の次男坊が悪霊となり、浅い水脈を汚染させていたようですからね」
レモネ家の旦那様は、ピシャリと強い口調だ。気の弱そうな真面目な人だけど、言うべきことは、キチンと言うんだな。
「そうですな。しかも、元凶がストロング家……いや、おそらく、ストロング家にそのようなことをさせたのは、ファスト家、私の兄だ」
ファスト家の当主が、復讐をしようとしているのか。だけど、誰に復讐するんだ? 完全に歪んでしまっている。ただの逆恨みだ。
「それ以外にも、深い地下水脈の水を、浅い地下水脈から引いている井戸に放り込む事件が多発しています。こちらは、ギルドで、秘密裏に動いてもらえるのですよね?」
見知らぬ男性が、元ギルマスのオールスさんに、そう話しかけた。
「俺は、もうギルマスじゃないからな。だが、知り合いの冒険者は、動いてくれている。裏ギルドにも出入りする奴らを人選してある」
「それは助かります。表面上は、動けませんからな。あの方が、何をそんなに怖れているのかはわかりませんが」
その男性は、意味深な表情で僕に視線を移した。ノレア神父が、僕を敵視していることを知っているみたいだな。
「ストロング家は、おそらく自分達の愚行の意味を理解していないでしょう。わかっていたら、あんなことはできないはずです」
レモネ家の旦那様が、学長さんをかばうように、そう言っている。だけど見方を変えれば、学長さんのお兄さんが、ストロング家を操っていると聞こえる。
まぁ、でも、それが事実だろう。
一角獣が、何よりの証拠だ。あぁ、でも、一角獣のことは、秘密にしておくんだよな。ゼクトさんは、話していないはずだ。悪霊という言葉しか使われていない。気をつけよう。
だけど、そんな報告会に、なぜ僕までが招かれたのだろう? ギルマスはわかる。ゼクトさんも当然だ。だけど僕は、いらないよな。
「さぁ、ヴァンさん、こちらへ」
見知らぬ男性に、壁の方へと手招きされた。ゼクトさんの方をチラッと見ると、ニヤニヤしている。
「何ですか?」
「ヴァンさん、ここを破壊してもらいたいんですよ」
へ? 何それ。
「地下室の壁を破壊ですか?」
「ええ。私達は、王宮の研究者でしてね。あの方に常に監視されています。この池の底から動かないことを不審に思われるでしょう」
「意味がわからないんですけど」
「ヴァン、マナの強い池の底で、何やら怪しげな話し合いをしているとわかれば、コイツらが殺されるだろ。だから、生き埋めにしてくれっていうことだ」
生き埋め?
「ちょっと、ゼクトさん、やめてくださいよ。地下室の壁が壊れた調査だということにしたい。ヴァンさん、お願いします」
「もしかして、そのために僕が呼ばれたんですか」
「ヴァンさんは、極級魔物使いなので……」
はい? 何、それ。
「ヴァン、早くしろ。王宮から何か来たぞ」
「どう破壊すればいいんですか」
「そうだな。ここから、あっちに向かって穴を開けてみろ」
ゼクトさんは、僕の向きを微妙に調整している。僕は、スキル『迷い人』のマッピングを使ってみた。彼が示す方向には、森がある。
あの森からの侵入者だと思わせればいいのか?
でも、ゼクトさんじゃなくて僕に言うということは、魔法は使いたくないんだな。
仕方ないな。
僕は、スキル『道化師』の変化を使う。硬い岩盤に穴を開けることができるモノ。しかも、あまり時間がない。振動も音も控えめにしなきゃいけないか。
ボンッと音がして、僕の視点は少し高くなった。
「うわぁ、な、なぜ……」
「焦るな、ヴァンだってば。ククッ、穴熊か。ひねりがねぇな」
「向こうの森まででいいですかね?」
「あぁ、あまり時間はねぇぞ。さっさと戻って来いよ」
僕は、硬い岩盤に手を触れて魔力を込める。すると、岩は真っ赤になって流れるように地面に溶け出した。
僕は地中を駆けた。身体をまとう灼熱の結界があるかのようだ。そのまま一気に駆け抜けて、森の地中に到達。
地上にあがると、近くにいた魔物達が驚いて飛びあがり、僕から逃げていく。まぁ、炎の熊だもんな。
再び穴に戻り、僕は駆けた。往復すると、穴はコーティングされたように、テカテカになるようだ。トンネルを作るときに使えるね。
そして池の地下室の手前で、僕は変化を解除した。そのまま、そっと歩いていく。
「ここで、何をしている!」
離れた場所から、よく響く声が聞こえてきた。ガチャガチャという鎧の音も聞こえる。王兵か?
ちょっと遅かったか。いまさら穴の中から地下室へは戻れない。隠れておくべきだな。
「地下室に巨大な穴が空いていたから、調べているんですよ」
「は? そのような情報はない。魔法でも壊れない強靭な壁に穴なんて……な、なんだ!? これは!」
足音が近づいてきた。どうしようかな。何かに化けるか? だけど、魔導士もいる。見抜かれるかな。
解除する前に、横穴を掘っておけば良かった。だけど、さっき化けたのは、たぶんボックス山脈の火山流の中に棲む火熊だよな? だとすると、猪突猛進だ。横穴は作らない。
「これの調査のために、狂人やギルマスを呼んだのか? うん? 床には魔力の痕跡があるな」
やばっ、変化したときの魔力か。
「あぁ、それなら俺が冷やした。その辺の壁が溶けていたからな。ヴァン、出て来いよ。おまえの嫌いなノレアの坊やはいないぜ?」
ゼクトさんがそう声をかけてくれた。
僕は、そーっと壁の穴から顔を出した。
「えっ? なぜ、貴方まで」
僕の顔を知る魔導士が、疑いの目を向けている。どうしよう、何も言い訳が浮かばない。
「おまえ、バカだろ。オールスは長時間外出できねーんだよ。お抱え薬師が必要だろ」
「あぁ、そうか、超級薬師でしたね。ヴァンさんのスキルは多岐にわたっているから、混乱しました。すみません」
魔導士さんは、軽く頭を下げてくれた。
「いえ、別に、あの……」
全く、言葉が浮かばない。
「ヴァンさん、そんなところに隠れていなくても、ノレア神父はいませんよ。それに、もう貴方の命を狙ったりはしないはずです」
「は、はぁ」
なんだか、不思議な誤解をしてくれている。まぁ、ゼクトさんが誘導しているんだろうけど。
「ちょっと穴を調べてみたいので、こちらに出てきてもらえますか」
「はい、わかりました」
僕は、ビクビクしながらも、穴から地下室へと戻った。
「あはは、本当に、ノレア神父はいませんから大丈夫ですよ。まぁ、ここには精霊も呼べないし、堕天使も無理でしょうから、護衛が居なくてビビる気持ちはわかりますが」
顔見知りの魔導士は、僕を安心させようとしているのか、やわらかな笑顔だ。
別に、僕は、そんなことは考えもしていない。
だけど、確かに精霊を排除した施設だ。しかも、マナの強い池の地下室だ。ブラビィも呼んでも、来られないかもしれない。
僕が、地下室の中へと進んでいくと、ゼクトさんは、王宮の人達に見えないように、ニヤッと笑って親指を立てた。
上手くごまかせたみたいだな。王宮の研究者達も、目が合うと頷いている。
「ここは、どういう状態でしたか」
「俺が見たときは、壁がドロドロと溶けていたぜ。床に広がっていたから、冷やしたんだ」
ゼクトさんは、サラリと答える。
「彼らを呼んだのは、なぜですか。王宮に救援要請をするべきだろう?」
すると、さっきの研究者が、巨大な桃のエリクサーをカットしたものを見せた。
「この桃のエリクサーの製法について伺いたくて、昨夜にお声がけしていたんですよ。さっき、来ていただいたばかりです」
あぁ、そうだった。それが、表向きの理由だよな。
「なるほど、彼らが来たときに、壁が溶け始めたということか」
王兵は、嫌な言い方をする。
「タイミング的には、そうかもしれません。我々は、気付くのが遅れたのですが」
王宮の研究者は、さらっと合わせるんだな。
「おい、これは、人間の仕業じゃないぞ。見てみろ。ちょっと、厄介なことになりそうだ」




