381、自由の町デネブ 〜地下水脈を繋ぐ管
「浅い地下水脈へは、誘導されました。この町の貴族の屋敷の地下室には地下水脈を縦に繋ぐ太い管があるのです」
悪霊だった一角獣は、僕の問いにそう答えた。
ゼクトさんが、睨むような表情で、こちらを向いた。この顔は、怒っているよな。
この町に別邸のある貴族が、浅い地下水脈と深い地下水脈を繋いでいるのか。なんて、愚かなことを……。
だけど、重力は上から下に働く。深い地下水脈を漂っていた悪霊が、自然に浅い地下水脈へ進むとは考えにくい。
逆に、浅い地下水脈を流れる人間が汚した水が、深い地下水脈へと流れ込んでしまう危険はあるけど。
僕は、話を続ける。
「この町には、結界があるから、キミのような強い悪霊は、外からは入れなかったよね? どこから地下水脈に入ったのかな」
「北の海、氷の裂け目から海底の下を流れる地下水脈に入れます。その深い地下水脈から、太い管を通って浅い地下水脈へと進みました」
「操られていたから、そう進んだの?」
「助けを求める声が聞こえて、声の主を探し、この町に来ました。浅い地下水脈をただ漂うだけでしたが……操られていたのだと思います」
一角獣は、うなだれている。
悪霊だったときは、知能が著しく低下していたのだろう。だけど、竜神様の子達によって、雷獣に生まれ変わったことで、人間だったときの記憶や知能が復活している。
彼は話をしながら、地下水脈の異変の重大さに気づいたんだ。そして、操られていたとはいえ、自分の行動が流行病の原因になっていることにも、気づいたのだろう。
自分の命を奪った流行病が、悪霊や影の蟲達によるマナの汚染が原因だと……竜神様の子達が教えたのかもしれない。
ゼクトさんは、魔道具を確認している。その表情は、怒りしかない。さっき、浅い地下水脈に潜ったときに使っていた魔道具だ。
「ヴァン、どうやら、ファスト家の分家にあたる商人貴族が元凶らしいな。この雷獣は、ファスト家の次男坊だろ」
ゼクトさんがそう言うと、一角獣は頷いた。
「私は、古代魔導系ファスト家に生まれました。ファスト家は、黒魔導系の貴族の始祖にあたる家ですが、呪術にハマり、黒魔導系の魔法を操る力が廃れていった没落貴族です」
ファスト家なんて知らなかった。黒魔導系の貴族は、なんちゃらファスという名前だけど。マルクは、ルファス家だし。ちなみに、白魔導系は、なんちゃらミント。ラスクさんは、ルーミント家だ。
だから、家の名を名乗ることは、持つチカラを明かすことになる。そのため、チカラのない者は、家の名を名乗れないらしい。
「ファスト家は、呪術系の貴族だと思っていたが、そういえば黒魔導系の始祖でもあったな。ふん、雷獣には最適だな」
だから、あんなにすごい雷撃が……。
「影の世界の蟲を駆除したのは、我が主人から与えられたチカラです。駆除と言っても、ほんの一部にすぎませんが」
「おまえは、これからどうする?」
ゼクトさんは、一角獣を睨みつけている。
「私は、主人の意向に従うまでです。それが、契約の条件でしたから」
「契約だと?」
「はい、主人に従うことを約束する代わりに、私をこの世界に引き戻していただきました。あのまま天に昇り、すべての記憶を洗い流されることには戸惑いがありましたから」
「桃に喰われて、自我が戻ったからか」
新たな人生より、ここに残りたかったってことだよな。竜神様の子達がどんな説得をしたのかは、わからないけど。
「まぁ、未練でしょうか。家族は、私を利用しようとして失敗した。ミイラと化し、死んだ私のことまで利用した」
「それは、未練じゃなくて、怨みだろ。だが、少し違うか。神殿跡の果樹園の桃に触れて、何かを見たか」
巨大な桃のエリクサーに触れて、何かが見えるものなのか? あの桃には、そんな……いや、違うか。ブラビィが関わっている。
チラッと黒い兎に視線を移すと、精霊の森にすむ妖精達をからかって遊んでいるようだ。まぁ、事情を説明してくれているみたいだけど。
「何かを見たのとは違います。声が聞こえました。きれいな声、女性の声です。私は、その果実に引き寄せられたとき、果実を破壊することもできました。ですが、育てた女性の声が聞こえてきて、ハッと我を取り戻したのです」
「それは、神殿守の天兎の声だろうな」
「はい、その女性が困っていると言っていました。私のような悪霊が、地下水脈を汚していると。私は、償わねばなりません。私が死んだのも、私の家が犯したその罪のため」
真面目な人だ。それで、この地に留まることにしたのか。
だけど、彼も被害者だよな。彼が深い地下水脈の水を飲んでいたのは、彼の家族がそうさせていたのだろう。
利用しようとして失敗した……おそらく、次男坊だから、実験的に、深い地下水脈の水を飲まされていたんだ。彼の魔力値が増えてチカラが増せば、家を継ぐ長男にも飲ませようと考えたのか。
貴族って、こんなことばかりだよな。
「じゃあ、ヴァン、この雷獣も、おまえらが飼うんだな」
ゼクトさんは、僕に監視をしろと言ってるのか。
「おい、きょ……おまえ、バカだろ。雷獣なんかを教会で飼うわけねーだろ。精霊の森に隠す。精霊達もそれでいいらしいぜ」
ふふっ、ブラビィは、まだ、ギリギリ耐えてる。だけど、明日にでも、狂人って呼び始めそうだ。
妖精達をからかっているように見えたのは、交渉していたのか。でも、隠すとは言っても……。
「この森の端は、ヴァンの小屋になっているから、まぁ、ここに置くなら、悪くはないか。だが、所詮は悪霊だぜ? こんなにチカラを持たせて……」
「おい! 狂人! オレも元悪霊だからって言いたいのか」
あーあ、ブラビィは怒ってる。ゼクトさんの心配もわかる。一角獣が持つチカラは、危険すぎるんだ。
影の世界で、あんなことができるってことは、この世界と影の世界を、自由に行き来ができるということだ。竜神様の子達が抑えきれなくなったら……。
「ふん、おまえも天兎になったんだから、影の世界でのチカラは、以前とは違う。兎レベルだろ。雷獣がまた操られたら、どうする」
「は? アイツらの眷属だぜ? 人間に操られるわけねーだろ」
「おまえなー、影の世界で操られたら、この世界でのやばすぎる害獣になるじゃねぇか」
「は? 雷獣だぜ? たいしたチカラは、ねーだろ。おまえらの方がヤバイじゃねーか」
「影の世界に逃げ込まれたら、誰も討てねぇだろ」
確かに、ゼクトさんの言う通りだ。この世界と影の世界を自由に行き来して逃げるし、僕達が関われない世界を移動する。
「キュ〜!」
竜神様の子達が、一角獣の背から飛び降り、ポヨンポヨンと近寄ってきた。
「キュ〜ッ!」
「キュキュキュ〜ッ!」
何を言っているか、全くわからないけど、怒っているみたいだな。
「ふふん、狂人、聞いたか。もっと言ってやれ」
「キュ〜ッ!」
「ブラビィ、全然わからないよ」
僕がそう言うと、黒い兎は面倒くさそうな顔をしてしいる。
「あぁ? オレが強いから大丈夫だってことだ」
なんだか、嘘っぽいな。
『ヴァンさん、大丈夫です。貴方の子達は、影の世界にも出入りできますよ。眷属が約束を破ったら、自分達で消すと言っています。ブラビィさんは、竜神の子の眷属には手出しできないでしょう。それは私達も同じことです』
風の精霊シルフィ様の声が聞こえた。
「精霊シルフィ様……」
『雷獣は、この森で預かります。この町の住人にも知られない方がいいでしょう。雷獣の角を狙う冒険者もいますからね』
「あ、はい。お願いします」
精霊シルフィ様の言葉を、お気楽うさぎは聞こえないフリをしているのか、新しい巨大な桃の方へと、飛び跳ねていった。
まぁ、それなら大丈夫なのかな。
「私は、お役に立ちたいと願っています。ファスト家で、虐げられた日々を過ごすより、雷獣として新たな人生が始められることを嬉しく思っています」
やはり、真面目だな。
「雷獣さん、それなら、この精霊の森を守ってあげてください。ほとんどの精霊や妖精は、悪意ある人間には無力です」
僕がそう言うと、彼は嬉しそうに頷いている。
「ヴァン、とりあえず、帰るか。もう夜が明ける」
「はい。あぁ、僕の誕生日が終わってしまった」
「ククッ、おまえら、いちゃこらしすぎなんだよ」
ゼクトさんは、最近、そんなことばかり言っている。
「もしかして、ゼクトさん、羨ましいんですか?」
「は? 冗談だろ。俺は、もっと色気のある女の方がいい。ちょっと仮眠して、昼に迎えに行くぜ」
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次回は、12月27日(月)に更新予定です。
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