38、ボックス山脈 〜山の頂上近くの洞穴
僕達はいま、声をかけてきたオジサン……トロッケン家の人達に連れられて、山の頂上近くのひらけた場所に来ている。
一緒に入山した冒険者達とは、湖で分かれたんだ。マルクが何か話をしていた。手掛かりを見つけたから、ということで、あの場所で解散したみたいだ。
だけど数人は、離れてついて来ているようだ。たまたまなのか、僕達の護衛を続けてくれているのかは、わからない。
ここから景色を見渡すと、ボックス山脈は、たくさんの山が連なっているのだということが、よくわかる。まるで、大地を真っ二つに分けているのかと思うくらい、数えきれないほどの山が連なっているんだ。
「ボックス山脈って、いくつの山があるのかな」
僕が思わず呟くと、トロッケン家のオジサンが、ふふっと笑った。鎧を着た人達は全く話さない。このオジサンだけが、フレンドリーなんだよな。
「数えた人はいないだろうね。数千じゃないかな。この山は高いから、連なる山々の景色が美しいね」
「数千!? すごい……」
「ボックス山脈は、この世界の秩序を守るために必要なものだ。これがなければ、人間は絶滅しかねない」
神官三家の人達は、僕達が知らない世界の秘密を知っているのだろうな。
そっか、ボックス山脈には、特に強い魔物が多い。魔物の棲む場所なんだよな。増えすぎると、山を降りてくるから、定期的にハンターが討伐している。僕がアリアさんから依頼された毒草集めも、この討伐のためのものなんだろう。
「先程、ヴァンのことを、上級薬師だとおっしゃっていましたよね。アリアさんから聞いたということでしたが、俺達のことを最初から狙っていたのですね」
マルクは、ずっと固い顔をしている。
「最初からとはどういうことだい?」
「とぼけないでください。俺達が夜には、あの湖の丘に行くことを知っていたんですよね。あの冒険者の中に、スパイがいたってことでしょう? ほとんどは、アリアさんが雇った冒険者ですから」
また、強気すぎる発言だよ、マルク。神官様にこんな言い方をして、大丈夫なのかな。
すると、オジサンは、ふふっと笑った。
「まさか、こんな坊やだとは思わなかったけどね。アリアは、随分とキミ達を気に入っているみたいでね。聞いていた雰囲気とは違うから、捜すのに苦労したよ」
どう違うのか気になる。
「そうですか。そして偶然を装って、俺達に何をさせる気ですか。そちらは、神官と兵だけのようですが?」
マルクの言葉に、オジサンは、また笑っている。僕はオジサンがいつ怒るかと、ヒヤヒヤしているのに、マルクは平気な顔をしているんだよな。
「キミはわかっているのだろう? キミ達を計算に入れているから、我々は必要な戦力だけを用意した。無駄なことはしない主義でね」
なんだか、二人がバチバチなんだけど……大丈夫なのかな、ほんとに。
「その洞穴ですか」
「あぁ、あの奥にある水たまりが、発生源だ」
洞穴の中に水たまり? 洞穴には雨は降らないよね?
鎧を着た人達が、洞穴へと入っていった。だけど、オジサンは動かない。マルクは、あの人達のことを兵だと言っていた。そしてオジサンが神官様?
トロッケン家の人達は、魔法が得意ではない。逆に、物理戦闘力が高いんだ。対立関係にあるアウスレーゼ家とは、真逆だよな。
「ヴァン、俺のそばから離れないで」
「う、うん」
なんだか、マルクはピリピリしている。オジサンの顔からも笑顔が消えている。どうしたんだろう。
グォォオ〜ッ!
キシャーッ!
耳が潰れそうなほどの、大きな鳴き声が聞こえた。まさか、洞穴の中に、ドラゴンがいるのか。しかも、一体ではない。何体かの鳴き声だ。
剣の音も聞こえてきた。ここに入って行った鎧を着た人達が、交戦しているみたいだ。
ガラガラと大きな音をたてて、洞穴の一部が崩れた。そこから現れたのは、巨大な岩? いや、あれが魔物の頭部?
グォォオォオ!
うわぁ! 怒ってるよ。何を言っているんだろう。あっ、そうだ、スキル『魔獣使い』の通訳って、どうやって使えば……。突然、身体の中を魔力が駆け巡る感覚。そして……。
「私達の棲家に近寄るんじゃないわよ! ゴミ虫ども」
あ、あれ? すんごい岩肌なドラゴンだから、オスだと思ってたけど、メスなんだ。
キシャーッ!
威嚇している緑色のトカゲは? 何を言っているんだろう? 崩れた穴から勢いよく飛び出してきたトカゲを見ると、また身体の中を魔力が駆け巡った。
「母さんをいじめるなーっ! まだ出てきてない子がいるんだぞ!」
親子なんだ。うん? 卵でもあるのかな。もしかして、僕達って、めちゃくちゃ迷惑なことをしてない? 水質調査に、ドラゴンは関係ないじゃないか。
「神官様、やめさせてください!」
僕は、思わず、オジサンに詰め寄った。
「なんだ? 急に、どうした」
「僕達は、水質調査に来たんですよね? ドラゴンを狩りに来たんじゃないですよね」
「邪魔な物は排除しないと調査できないだろう? 何を甘いことを言っている。殺らなければ、こっちがやられるぞ」
「話せばいいじゃないですか!」
「は? 話すのか? キミは魔獣使いのスキルを持っているのか」
「ちょ、ヴァン!」
あ、マルクが首を横に振っている。知られてはいけないってこと? でも、こんなのって、僕達が侵略者じゃないか。
だけど、話をするには、従属を使わなきゃいけない。強制力は、級やレベルによるんだっけ。従属は、上級魔獣使いの技能だ。僕は、まだ上級レベル2だから……。あっ、手袋!
わっ! 緑色のトカゲが、オジサンを狙って、突進してきた。オジサンは、剣を抜いた。
「剣は、やめてください!」
僕は、そう言いながら、緑色のトカゲに右手を向けた。従属でも友達でも何でもいいから、お願い、僕の言葉を理解して!
僕の身体から、淡い光が、緑色のトカゲに向かって放たれた。ちょ、右手から出るんじゃないの?
「ほへ?」
緑色のトカゲは、なんだかキョトンとした。
「僕の言葉がわかる? チビドラゴンさん」
「ほへ? おまえの方がチビじゃないかーっ」
「あはは、確かに僕の方が小さいかも。言葉がわからなくて、ケンカになってごめんね」
「おまえの仲間なのか? 母さんに歯向かってるゴミ虫は?」
「仲間というわけじゃないけど、水質調査で協力してるんだ。ちょっと待って」
僕は、オジサンの方を向いた。
「言葉が通じるようになりました。神官様、兵に攻撃をやめさせてください!」
「ほう、こりゃ驚いた。だが、そうもいかぬ。洞穴の中には、数体のドラゴンがいるようだからな」
「撤退してください。ドラゴンを狩りに来たんですか? それなら、僕は協力しません」
「なんだと?」
やばっ! つい、カッとなって言い過ぎた。どうしよう。マルクの方を見ると、あれ? マルクがニヤニヤと笑ってる。
「ここは、ヴァンに従うべきじゃないですか? 俺達は対等なんですよね? ここで貴方が神官の権限を振りかざすなら、契約違反ですが」
マルクは、強気だ。
「坊や、生意気にも程があるよ」
「いま止めないと、中にいる兵が全員死にますよ? 奥にいる、もう一体に気づいてないんでしょ」
「中には、ドラゴン一体と、未成熟なトカゲが数体いるだけだ。あっ……こ、これは!? 全員、直ちに退避しろ!!」
ゴゴゴと、地面が揺れた。
「あっ、父さんが起きた」
緑色のトカゲは、キシャーと鳴いている。
洞穴から、慌てて出てきた鎧を着た人達は、緑色のトカゲを見て、剣を向けた。
「チビドラゴンさん、この人達、言葉がわからないんだ。説明するから、ちょっと待って……うわっ。ちょっと、皆さん、やめてください! この子が唯一、言葉が通じるんです!」
僕は、緑色のトカゲを背にかばった。
「ほへ? ぼくはチビじゃないぞっ」
マルクも、僕のそばに並んだ。
「トロッケン家の悪い所ですね。勝てない相手だとわかると、子竜を盾にする気ですか!」
すると、剣を向けていた兵は、動きを止めた。
キシャー
「そのチビは、おまえの仲間か?」
「うん、僕はヴァン、彼はマルクだよ。マルクは、ドラゴンの言葉がわからないんだ」
「ふぅん、ほへ? 兄貴や妹も、おまえの言葉はわからないって言ってるぞ」
うん? 鳴き声が遠くてわからないな。
「僕もすべてのドラゴンと話せるわけじゃないんだ」
「ふぅん、ぼくは、賢いからな。おまえに理解できる言葉を使ってやってるんだ」
「へぇ、すごいね。チビドラゴンさん」
「おまえの方がチビじゃないかーっ」
そう言いつつ、緑色のトカゲは僕にすり寄ってきた。ははっ、背を比べているのかな。