378、自由の町デネブ 〜浅い地下水脈の調査
ゼクトさんが指差した先には、キラリと光る何かが見えた。地下水脈にはあるはずのない、人工的なものだ。
透明なゴム玉に入った僕達は、地下水脈をゆっくりと歩いていく。そのキラリと光ったもののサーチを済ませたゼクトさんは、口を開いた。
「ヴァン、音も魔力も感知されないから、楽にしていいぜ」
ずっと息をひそめていた僕は、ふーっと大きく息を吐いた。
「これは、何ですか?」
「容器片だろうな。この上は、貴族の別邸だから、やはり、深い地下水脈の水をこの付近で混ぜたみたいだな」
恐れていたことが起こっている。深い地下水脈の水を浅い地下水脈に流すだなんて……。
「ギルド前の池は、大丈夫でしたよね?」
「あぁ、貴族の別邸の井戸を狙ったんだろう。井戸にこの容器を放り込んだ奴がいるということだ」
ゼクトさんは灯りをつけ、その容器のカケラを慎重に回収している。犯人を探す重要な手掛かりになるからだな。
スキル『道化師』の技能で作った透明なゴム玉からは、手や足を外に出すことができるんだ。絶対に割れない不思議なゴム玉なんだよな。
そして、ゼクトさんは、魔道具を操作し始めた。この場所のいろいろな計測をしているのだろう。
僕も、スキル『迷い人』のマッピングを使う。この真上は……僕は交流のない貴族の屋敷だな。だけど、流行病の患者が出た屋敷ではない。
「あー、アレもそうだな。ヴァン、少し移動するぞ」
「あ、はい」
僕達は、少し歩いた。すると、また、同じような容器が見つかった。ゼクトさんは、これも慎重に回収している。
毒薬を井戸に投げ入れるなら、水に溶けてなくなる容器が使われるから、発見されることは少ない。
だけど、深い地下水脈の水を運ぶには、水に溶ける容器は使えないからな。ゼクトさんが予想した通り、容器が発見できたんだ。
マッピングによると、この真上が、流行病の患者が出た屋敷だ。この地下水脈から汲み上げている他の屋敷も、気になってくる。
「ヴァン、もうちょっと先も行ってみるか。流れに乗っていくと、この先は、ドゥ教会があるからな」
「は、はい。フラン様は、水はすべて、必ず浄化してから使うと言っていましたが……」
だけど泥ネズミ達は、普通の水路で遊んでいるよな。
「教会で、流行病の患者を出すわけにいかないからな。まぁ、ここからは離れているから、大丈夫だ。見たところ、地下水脈には、マナの汚れによる濁りもない」
「はい、撒かれた量が少なかったのかもしれませんね」
「だが、簡単に混入できるということが、明らかになったぜ。根本的な解決をしないと、これは止められないな」
地下水脈の中を歩きながら、ゼクトさんは、ため息をついた。
僕も、貴族のドロドロとした関係には、ため息が出てくる。王都の泥ネズミや土ネズミには、僕の覇王効果が及んでいることがわかっていても、長年、続いてきた貴族間の争いは、無くならない。
マルクは、これでも、かなり改善されたのだと言っていた。まぁ、急には変えられないんだよな。
「チッ! やっぱりな。ゆっくりだ」
ゼクトさんは舌打ちをして、灯りを消した。地下水脈は、真っ暗になってしまった。
そのまま、ゼクトさんは速度を落として歩いていく。同じ透明なゴム玉に入っている僕も、彼に速度を合わせる。
僕の目には、何も見えない。ただの暗闇に平衡感覚を奪われそうになりながら、ゆっくりと歩いているだけだ。
しばらくすると、闇が凝縮されたような黒い塊が、地下水脈を漂っているのが見えた。真っ暗な地下水脈だけど、目が慣れてくると、井戸のある場所は、ほんのりと闇が薄く感じるんだ。
「ゼクトさん……」
「見えたか? こんな場所にいるはずのない人間の悪霊だ。奴が泳ぎまわると、どんどん濁ってくるぜ」
「どうします?」
「とりあえず、デネブから出た所で、浄化するか。この先のカベルネ村は、地下水脈を使っているか?」
「いえ、山の湧き水を利用していると思います」
「それなら、気にしないでいいな」
僕達は、悪霊を追いかけるように歩いていく。マッピングによると、そろそろドゥ教会の下を通る。
無事に通り過ぎてくれ。
「うっ、まずいな」
ゼクトさんが立ち止まった。悪霊が止まっていることに気づかず、通り過ぎてしまったんだ。
「悪霊は、なぜ止まったのでしょうか」
「この上は、教会か。精霊の宿る壺があるな?」
「えーっと、はい」
光の精霊様の落書きが書いてある大きな壺がある。だけど、そんなに大したオーラは放っていないはずだ。
「悪霊が上がっていったぜ」
「えっ?」
慌てて、マッピングを確認すると、ドゥ教会の中庭の井戸がある。井戸から地上へと出ていくのか。
「ヴァン、まずは、この地下水脈を浄化する。そうすれば、奴は、再び地下水脈には戻らない。その後は、出たとこ勝負だな。精霊師の出番だぜ」
「わかりました」
ゼクトさんは、ゴム玉から手を出して、地下水脈にキラキラとした光を放った。彼は神官家の血筋だから、神官が使うような浄化魔法も使うんだよな。
真っ暗だった地下水脈が、一気に明るく光る。
もともと棲みついていた弱い悪霊も、浄化されて消えていく。やはり、ゼクトさんはすごい!
「よし、じゃあ、地上へ転移する。重力魔法を使っていたゴム玉は、水から出ると弾けると思うから、飛ばされるなよ?」
「はい、自信はないですが、頑張ります」
僕が正直に返事をしたのに、ゼクトさんは、ククッと笑った。だけど、前に、海竜の島に上がったときは、僕は、思いっきり飛ばされたんだよな。
「じゃ、行くぜ」
ゼクトさんは、ゴム玉ごと、地上へと転移する。
パチンと飛ばされて、僕は教会の壁に強打……したけど、痛くない。ゼクトさんがバリアを張ってくれたのか。
地下水脈に潜っている間に、すっかり夜が更けている。夜の闇に紛れてしまったのか、悪霊の姿を見つけることができない。
ゼクトさんは、中庭で、ジッと集中している。だけど、彼も見失ったみたいだ。
「ヴァン、奴は、ここから離れたみたいだ。フランが聖水を撒いているからだろうな」
確かに神官様は、教会の守りは完璧にしているはずだ。悪意ある人間からは守れないけど、悪霊は、入れないと思う。
「結構、深い闇を抱えた悪霊だったみたいですけど……」
「あぁ、かなり、チカラのある悪霊だな」
僕も、あたりに集中する。うん? 精霊の森の様子がおかしいな。
「ゼクトさん、精霊の森が、静かすぎます」
「あぁ、俺もそう思っていたんだが、悪霊の姿が見えねーな」
僕達の足は、自然と、精霊の森へと向かう。
『うにゃにゃにゃ? た、たたたた』
慌てるリーダーくんの声が聞こえてくる。
「ゼクトさん、泥ネズミが慌てています」
「あぁ、なんか、鳴き声が聞こえてくるな。何を言っている?」
「ただ、叫んでいるだけですが……うん?」
陽が沈んで、薄暗い精霊の森から、甘い香りが漂ってきた。これは、もしかして?
「ふっ、そういうことか」
ゼクトさんは警戒を解いた。大丈夫なのかな。僕は、警戒しながらも、進んでいく。
『バカじゃないの?』
『自滅してるのよね』
『ほんとに、悪霊ホイホイだわ』
風の妖精ピクシー達の囁き声が聞こえてきた。
「悪霊ホイホイって、面白いことを言っているな」
あぁ、ゼクトさんは、妖精の声はわかるんだっけ。
「眠りを妨げられたからか、毒舌キャラに変わってますね」
「は? ピクシーは、いつも毒舌だろ」
僕は、どう返事すればいいかわからず、あいまいな笑みを浮かべた。ピクシー達が一斉に顔を出してくるから、下手なことは言えない。
『あっ! 我が王! 大変なのでございますです。お気楽うさぎのブラビィ様の留守中に、大変なのでございます〜』
リーダーくんが、泣きそうな顔をして飛びついてきた。僕は、よしよしと頭を撫でる。
『ふにゃはははは』
ふふっ、一発で笑顔になるんだよな。
「キュッ!」
「キューッ」
竜神様の子達も、ここで遊んでいたのか。
「リーダーくん、どうしたの?」
『は、はい! 黒いブワァッが来たのでございますです! そして、お気楽うさぎのブラビィ様が大切にされている桃を、真っ暗にしてしまいましたのでございますです!』
精霊の森には、巨大な桃のエリクサーを何個か置いてあるんだ。精霊シルフィ様から、邪気避けになると言われて、マルクが置いているんだ。
その中のひとつ、穴だらけの桃が、真っ暗に染まっている。悪霊は、ブラビィの闇のオーラとエリクサーのマナに吸い寄せられ、動けなくなったらしい。
だから、悪霊ホイホイなのか。




