表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

377/574

377、自由の街デネブ 〜ヴァン、十八歳になる

 彼女は、僕の腕をつかんで、階段を上がっていく。


「ほら、ちゃんと見なさいよ」


 彼女は、いつものように強引な話し方をしているけど、その表情はいつもとは違う。なんだか、必死なように見える。



 階段を上がった場所は、小さなカウンターとテーブルのあるカフェのような部屋になっていた。


「ここは、ヴァンがソムリエの仕事をする部屋よ。ワインを保管できる貯蔵用の魔道具も買ってあるの!」


「えっ……僕の部屋?」



 そして、彼女は、僕の腕を引っ張り、さらに歩いていく。


 隣の部屋は、ガランとした広い部屋だった。壁沿いにクローゼットが並ぶ。彼女は、クローゼットを開けた。中には、数着の男性用の服がかかっている。


「ここは、ヴァンの物置き部屋よ。神官として、貴族のパーティに出席しなきゃいけないときの服だけ、買ってあるの!」


「僕の……服?」



 さらに、彼女は僕の腕を引っ張っていく。


 その向かいの部屋は、寝室になっているようだ。二つベッドが並んでいる。奥のベッドだけが使われているようだ。


「ここは、ヴァンと私の寝室なの!」


「僕の……」



 彼女は、さらに、僕の腕を引っ張る。だけど、その目には涙がにじんでいることに、僕は気づいた。


「フラン様、なぜ泣いているんですか」


「な、泣いてないわよっ。ヴァンが私を信用しないから、苛立っているだけよ」


 嘘だ。彼女は僕の方を見ない。


 彼女は、こんな風に、僕の住む場所を用意してくれていたんだ。寝室も、空っぽのベッドの横で、彼女は一人で眠っていたんだ。


 ずっと、どんな気持ちだったのだろうか。


 寝室に飾られている小さな花を見て、彼女の気持ちが伝わってくるようだ。あの花は、ファシルド家で、フロリスちゃんに生育魔法を教えたときに使った、育てやすい素朴な花だ。


 彼女は、あの時から、僕のことが好きになったと言ってくれたんだっけ。



「あの花は、ファシルド家からもらってきたんですか」


「えっ? あ、違うよ。私が、フロリスから生育魔法を習って、育てた花だもの」


「そうですか」


 彼女は僕の腕をつかんで、まだ別の部屋を見せようとしている。僕が伴侶になったことさえ知らない間に、僕を驚かせようと、彼女は、きっと少しずつ部屋を整えていったんだ。



 僕は、思わず、彼女を後ろからぎゅっと抱きしめた。


「ちょっと、ヴァン! まだ、他にも……」


「フラン様、忙しい中、こんな風に部屋を整えてくださっていたんですね。僕は、何も知りませんでした」


「話してないもの。話す機会がなかったんだもの。なのに、ヴァンは私のことを……」


 彼女の肩は、小刻みに震えている。こんなに小さかったっけ。彼女は、こんなに不安定な人だったっけ。


 僕が不安だと思っていたのと同じくらい、彼女は不安だったのかもしれない。


 はぁ、なんだか、すれ違っているんだよな。きっと、僕が、自分に自信がないからだ。だから、彼女も不安になるんだ。


 互いの気持ちを確かめたのに、一緒にいる時間が取れなくて……待っていても僕が寝てしまったり……ずっと、二人の時間が取れなかった。


 そっか、単純なことなんだ。



「フラン様、いま、少し時間はありますか?」


「な、何よ? まだ案内していない部屋があるの」


「もうわかりましたから」


「えっ……」


 僕の言い方が悪かったのか、彼女は、驚いた顔で振り返った。驚いた顔というより、せつない顔……。


 違うんだ。僕は……。


「フラン様の時間をもらいます」


 僕は、そう言って彼女に、そっと口づけをした。


「なっ……」


 彼女は、抗議をするような目をしている。僕がまだ何もわかっていないと思ってるんだ。他の部屋も見せないといけないと思っているんだ。


「僕は、わかりましたよ」


「何がわかったのよ!」


「僕達が、理解する方法です」


 僕は、寝室の扉を閉めた。そして、彼女を抱き上げる。


「ちょっと、ヴァン! この後、夜の拝礼があるのよ!」


 バタバタと暴れる彼女の顔は、真っ赤だ。


「少し遅刻してしまうかもしれませんね」


「ちょっ……もうっ!」


 そっとベッドに寝かせると、彼女は、ぷくっと膨れっ面をしている。僕は緊張する手で、ゆっくりと彼女のブラウスのボタンを外していく。でも、彼女は逃げる様子はない。


 チュッと再びキスをする。


「もうっ!」


 彼女は、僕の首にキュッと抱きついてきた。


「鈍感! 大好きなんだからねっ!」


「僕も、貴女を愛しています」


 そして、僕達は、ひとつになった。




 ◇◆◇◆◇



 それから、しばらくの時が流れた。


 僕は、最近、僕に用意された物置き部屋で、空き時間を利用して、正方形のゼリー状ポーションの大量生産を始めたんだ。


 マルクからの依頼があったのがキッカケだけど、それ以外にも、ドゥ教会で、フラン様が使いたいと言ったからだ。



 王都の流行病は、収まらないどころか、近隣の町にまで影響が及ぶようになっていた。深い地下水脈から水を引いているのは、王都の一部の貴族だけじゃなかったんだ。


 古くからの貴族には、お抱えの薬師がいる。それに、呪術士を雇う財力もある。だから、大事には至っていないけど、流行病は収まらない。


 いくつかの貴族が新人のギルマスを動かして、ギルドから、この原因が深い地下水脈の濁りのせいだと公表した。そして、深い地下水脈を利用しないようにと、注意を促していたのに、王宮の力によって、もみ消されてしまったらしい。


 ノレア神父が北の大陸の黒い氷の調査を続けている。だから、その対応の遅れが原因だとは、言えないらしい。


 だからマルクは、ドルチェ家として、巨大な桃のエリクサーと、僕が作る正方形のゼリー状ポーションをセットにして、軽症者に無料配布を始めたようだ。



 ギルマスの右手と両足の治療については、あれから二度、断罪草を作り、治療薬を作った。やはり、僕だけでは厳しくて、ゼクトさんがフォローをしてくれることで、調薬ができた。


 右手や身体の循環器系は、もう問題なく使える状態まで改善している。だけど、両足の腐食の治療は難しい。


 ゼクトさんは、これでもすごい改善だと言ってくれるけど、僕は超級薬師の限界を感じている。



 あと、冬の寒い日に、フラン様をリースリングに一度、連れていったんだ。そして、爺ちゃんと婆ちゃんに、彼女と伴侶になった報告をした。


 二人は、驚いてひっくり返っていたけど、とても喜んでくれたんだ。そのとき、父さんと母さん、そして妹のミクには会えなかった。仕事で、どこかの街に行っているらしい。



 春になると、マルクの倉庫で飼っていた水辺の魔物ウォーグは、一斉に出産をしたんだ。生まれてきたのは、頭に角が生えた小さなウォーグだった。だけど、通常のウォーグとは違って、かなり知能が高い。


 漁師町の人達は、子供達が育てば、町を守ってくれる守護神になると喜んでいた。


 まだ、北の大陸の件が片付かないから、デネブに逃げてきた人達は、そのままデネブで暮らしている。ただ、漁をするために、海へは行っているようだ。



 一方で、僕が世話をしている竜神様の子達は、まだ相変わらず、白い不思議な太短いヘビのような姿をしている。


 教会のマスコットのような存在になりつつあるけど、あまりにも成長しない様子に、僕としては不安を感じているんだ。


 毎日、泥ネズミ達と楽しく遊んでいるから、いいんだけど、巨大な桃のエリクサーの中に埋まって遊ぶようになってからは、脱皮をしなくなった。だから、成長しないのかもしれないな。



 そして僕は、十八歳の誕生日を迎えた。



 ◇◇◇



「なぜ、誕生日なのに、僕はこんな所にいるんですか」


「ククッ、俺が祝ってやるって言ってるだろ」


「今夜は、フラン様が、僕の誕生日パーティをしてくれるはずだったのに……」


「ヴァン、いつまでも、いちゃこらしてるんじゃねーよ。ヤラシーな」


「や、ヤラシー!?」


 僕が聞き返すと、ゼクトさんはニヤリと笑って、シーっと人差し指を口に当てている。



 今、僕は、ゼクトさんと、デネブの町の地下を流れる地下水脈に潜っているんだ。もちろん、浅い地下水脈なんだけど、今朝、この町の人にも、流行病の症状が現れたためだ。


 僕のスキル『道化師』の玉を使っている。透明なゴム玉の中に、二人で入って移動しているんだ。以前、海底で、ゼクトさんが使っていた技能だ。


 ゼクトさんがゆるく重力魔法を使ってくれているためか、玉が回転するためか、普通に歩くよりも、移動スピードが速い。



 彼は、灯りを消した。僕達は、真っ暗になった中をさらに歩いていく。


「ヴァン、あれだな」


 ゼクトさんは、小声で囁いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ