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375、自由の町デネブ 〜王都の流行病

「ヴァンさん、突然どうしたんですか?」


 深刻な話をしているのに、僕がニヤニヤしてしまったからか、冒険者ギルドの所長ボレロさんは、首を傾げている。


「いえ、すみません。この桃に惹きつけられる兎の気持ちがわかったものですから……」


「ヴァン、これ、除霊効果があるの?」


 マルクも首を傾げている。


「その逆かな。弱い悪霊ならマナに分解されて、桃に吸収される。薬師さんに取り憑いていた亡霊が消えたのもそのためだと思う。これを食べた人に吸い込まれて、マナに変わったんだよ」


 亡霊と言ったからか、マルクは、ちょっとダメな顔をしている。あはは、まだ完全に克服できてないよな。



「ヴァン、でも、なぜそれなら、お気楽うさぎが惹きつけられるんだ? 苦手なんじゃないの?」


「アイツは、桃に穴を掘って食べながら移動してたでしょ。完全に遊んでたんだよ。不思議な感覚が楽しかったんじゃない? 元悪霊だけど、今は、黒い天兎だし」


 マルクは首を傾げている。僕の説明がイマイチだったのか、理解できないみたいだ。


「ククッ、まぁ、ヤバイ薬みたいなもんだろ。桃に身体をまとう闇系のオーラが吸い取られて、そのマナが濃くなった桃を食って回収していたってとこか」


 ゼクトさんは、さすがだな。


「はい、ブラビィは、穴だらけの桃を取り上げると拗ねてました。桃がまるで生きているかのように、穴が徐々に塞がっていくのは、見間違えじゃなかったんですね」


「食っても永遠に無くならない桃か? ククッ、奇跡のおもちゃだな。お気楽うさぎの放つ闇のオーラが、それだけ強いからだろうが」




 僕達が、笑っていることで、ボレロさんは困惑の表情を浮かべている。深刻な流行病の話をしていたのに、不謹慎だよな。


 ゼクトさんも、それに気づいたようだ。


「ボレロ、まだ、ピンときていないような顔だな」


「えっ? あ、いえ、不思議なエリクサーだということはわかりましたよ」


 すると、ゼクトさんは、大げさにため息をついた。


「おまえなー、話を聞いていたか? あの桃を一口食えば、その呪詛は消えるって言ってたんだぜ?」


 ガタン!


 ボレロさんは、ガバッと立ち上がり、ミニテーブルで強打したらしい。眉間にシワを寄せつつ、なんだかあわあわしている。驚きすぎて、上手く言葉が出てこないらしい。


「あの、それって、なぜ……」


「だから、奇跡の薬だと言っただろ。そもそも、あの桃は、神殿跡の果樹園で、神殿守の天兎が直接育てていたものだ。それだけでも、邪気を祓う力を秘めている」


「ええっ!? 神殿の果実……」


「それに、あのエリクサーを作るために利用したのは、地下水脈に入り込んだ悪霊が混ざったマナだ。それを分解し、ルファスが浄化した。だから、同じ汚れによる流行病なら、治るに決まっているだろ」


「な、な、な……」


「治るというのは言い過ぎか? ヴァン」


 ゼクトさんは、僕に話を振ってきた。薬師の知識は、僕の方が多いからだろう。


「使う患者の状態にもよります。軽度なら、桃のエリクサーと、ポーションで治ります。中程度以上なら、呪詛部分を呪術士に……あぁ、呪術士には無理でしたっけ」


「桃のエリクサーを食わせた後なら、超級呪術士は、余裕だろ。呪術士を邪魔している、影の世界からの干渉は消え去るぜ」


 ボレロさんは、パッと顔をあげた。だけど、すぐに何かに気づいたのか、また表情は暗くなった。



「ですが、地下水脈には何も……」


「おまえなー、話を聞いてるか? 神殿跡の果樹園に使う泉の水は、浅い地下水脈じゃねーよ。天兎だぜ? 深い地下水脈を利用しているに決まってるだろ」


 ゼクトさんの言葉に、ボレロさんは首を傾げている。


 僕も、あれ? って思った。深い地下水脈は、北の海の海底から、あちこちに広がっているだろう。だけど、普通は、浅い地下水脈しか使わないよな。


「この町もそうですが、深い地下水脈を利用することは、ありません。そもそも、そんな必要はないですから」


 だよね。王都でも、深い地下水脈なんて使わないよな。


「その流行病は、一部の金持ちの間で広がってるんだろ?」


「王都に古くからある格式の高い貴族の屋敷付近だそうです。使用人の一部にも広がっているそうですが」


 ゼクトさんは、ボレロさんの話を聞き、ふんと鼻を鳴らした。予想した通りだということかな。


「きっと、深い地下水脈を利用している何かがある。調べてみろ。通常の地下水脈からの泉に流れ込んでいるはずだ」



「わかりました。あの、ヴァンさん、さっきの中程度以上の患者についてですが、呪術士が対応できたら、あとはどうすれば良いですか」


 話が逸れていたのに、しっかり戻すなんてさすがだな。


「中程度なら、呪術士が呪詛を消し去ったあとに、上級薬師が状況に応じた調薬をすれば大丈夫です。ミイラ化しそうなほど重症化しているなら、呪術士と超級以上の薬師に診せてください。ポーションでは、枯れた身体は元には戻りません」


「わかりました! じゃあ、あの桃のエリクサーを……」


 ボレロさんが言いかけたときに、ゼクトさんは魔法袋を差し出した。


「持っていけ。ただし、商人とノレアの坊やには絶対に渡すなよ?」


「10キロ……何個ぐらい入っていますか」


「さぁ、知らん。50個くらいじゃねぇか?」


 ゼクトさんがそう言うと、ボレロさんは、深々と頭を下げた。


「お代は、後日必ずお支払いします。失礼します」


 そう言うとボレロさんは、バタバタと個室から出て行った。心労で倒れなければいいけど。




「ふぅ、しかし、一時しのぎにしかならねぇな。さっさとノレアの坊やが諦めればいいんだが」


 ゼクトさんは、深いため息をついた。確かに、北の大陸の黒い氷……異界との通り道が開いてしまっているなら、竜神様に命じられたように、早くなんとかしないと……。


 だけど、ノレア神父は精霊ノレア様の息子だし、優れた精霊師を多く従えている。まぁ、大丈夫だよね。


 ゼクトさんは、ノレア神父が失敗すると考えているみたいだけど、だからと言って、僕達が解決できるとも限らない。しばらくは、様子見だな。




「ヴァン、とりあえずは、超薬草集めだな」


「えっ? あの桃のエリクサーを使えば、何とかなりそうですよね?」


 いま、その話をしたばかりじゃないか。


「それは、一時しのぎにしかならねぇよ。北の海から深い地下水脈に流れ込むうちは、限られた被害しか出ないが、浅い地下水脈に流れ込んだら、どうなる?」


 ゼクトさんの言葉に、マルクは、食べていたパンをぽとりと落とした。


 ちょっと待った。浅い地下水脈にも流れ込む? そんなこと……無いわけがない。


 僕の頭からサーッと血の気が引いていく。



「おい、おまえら、なんて顔をしている? 今すぐというわけじゃねぇぞ。そもそも、北の海には、浅い地下水脈は流れていない。だから、流れ込むとすれば、深い地下水脈から浅い地下水脈へというルートしかねぇよ」


 すると、マルクが口を開く。


「二つの地下水脈は、交わらないから、自然に流れ込むことはないですよね」


「あぁ、自然に流れ込むことはない。不自然に流れ込むことは、あり得るがな」


 不自然? どういうことだ?


「王都の貴族ですか」


「あぁ、ルファスは聞いているらしいな。魔導系の貴族だ。深い地下水脈を流れる水を飲んでいると、魔力値が増えるという噂を聞いた。事実か?」


「まさか、あり得ません。疲労回復という点では、水質により、その効果を増幅できますが、魔力値自体は、飲む水を変えたからって変わるものではないです」


 話が難しい。


「いくつかの王都の貴族は、屋敷に深い地下水脈への井戸を掘っているはずだ。ボレロが調べて、見つけられるかはわからんがな」


「下級貴族かな。没落傾向にある魔導系の貴族が、王都にはそれなりの数がありますよ」


「その水が原因で、うっとおしい貴族がミイラ化するとわかったら、プライドばかりが高い没落貴族は、何をする?」


 まさか、深い地下水脈の水を飲ませる?


「新たな毒として使いますね。あちこちの泉や水源に放り込み始めるでしょう。それだけ大量の水を深い地下水脈から引きあげたら、地下の地盤が……」


「あぁ、部分的に崩れるだろうな。深い地下水脈を流れる汚れたマナを含む水が吹き出してしまうと、一気に浅い地下水脈に混入する」


 そんな愚かなことを、貴族がする? だけど、マルクの表情からして、あり得るということなのか。


「まぁ、ボレロもバカじゃねぇから、上手くやるだろ。だが、備えは必要だ」


 マルクと一緒に、僕も頷いた。



皆様、いつもありがとうございます♪

明日はお休み。

次回は、12月20日(月)に更新予定です。


なお、先週から新作始めました。

「まだスローライフは始まらない 〜天界から追放されたい転生師は、リストラされる夢を見る〜」


序盤は、主人公の態度が悪いですが、月曜日投稿予定分あたりから、少し雰囲気が変わります。

よかったら、覗きに来てください♪

女性読者さんが惚れる主人公を目指して描いています。今のところ、態度の悪さが目立ちますが(*゜艸゜*)

よろしくお願いします。

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