374、自由の町デネブ 〜マルクこだわりの軽食店
僕達は今、マルクが経営している店に来ている。冒険者ギルドの所長ボレロさんから、精算に時間がかかると言われたためだ。
ドルチェ家の看板は掲げていない。ギルドの近くにあるから、冒険者達が多いみたいだ。席はすべて個室になっているから、ミッションの打ち合わせに利用しやすいよな。
「へぇ、全席が個室か。ルファス、考えたな」
ゼクトさんは、珍しそうにキョロキョロとしている。こんな彼は珍しい。基本、人が多い場所では無表情だもんな。
「はい、結界を張りやすくしてあるので、商談用にと考えたんですけど、冒険者の利用ばかりのようです」
「確かに、この床も壁も、結界を張りやすいな。低ランク冒険者でも、魔力消費が少なくてすむ」
「そうなんです。そこを一番配慮しました。砕いた魔導石を、床に使用しています」
「床材に混ぜ込んだのか。魔導石そのままだと、人によっては、妙な干渉を受けるからな。俺には、そんな発想はなかったぜ」
「はい、魔力の少ない人は、魔導石のそばに長くいると、体調を崩しますから」
「そうだな。石が人間の魔力を吸う危険もある。だから、砕いて、他の素材と混ぜ合わせたんだな。だが、なかなか混ざらないだろ?」
「結構な火力を使いました。魔導石は溶けないけど、他の素材を溶かして、その中に魔導石を砕いたものを入れると、うまく包まれる感じで……」
「うへぇ、そんな疲れること、よくやるよな。あぁ、おまえは、火魔法系の威力が高すぎるんだよ。常人の域じゃねぇからな」
「そんなことないですよ〜。俺も、この床には、かなり苦労しました」
僕には理解できない話で、二人は盛り上がっている。
マルクは、個室ごとの結界の張りやすさを意識して、店を作ったらしい。そもそも結界魔法を使えない僕は、ふぅんとしか言えないんだよな。
「ぷぷっ、ルファス、おまえのお友達が拗ねてるぜ」
「えっ? あはは、ヴァン、何その顔? あははは」
うん? 僕は、適当に相槌を打っていたじゃないか。
「何か、変?」
「いや、あははは、お腹が痛い」
マルクは、ツボにはまったのか、ゲラゲラと笑っている。
「ヴァンは、やっぱりアイツらの親だな。ぷぷっ、なんだか似ているぜ」
ゼクトさんまで、何?
「アイツらって、竜神様の子達ですか? ちょ、あんなポヨンポヨンしている子達と一緒にしないでくださいよ」
そう反論しても、余計にニヤニヤされる。はぁ、もう、ゼクトさんには敵わない。だけど、ほんと、彼はよく笑うようになったよな。
「でも、似てるんだよ。俺達の話がわからなくて、呆けてた顔がさ〜。まぁ、あの子達は、ヴァンが竜神様の姿を借りて作ったから、当然かな」
「ちょ、マルク!」
そんなことを神官様に知られたら、また片眉があがって……。片眉どころじゃないな。勝手に子供を作ったって怒るかもしれない。
コンコン!
個室の扉を叩く音が聞こえた。マルクが、扉を開けると、ボレロさんが立っていた。
「お待たせしました。計算が終わりました。冒険者ギルドカードをお願いします」
ボレロさんは、慣れた様子で個室に入り、まるで店員かのようにサイドテーブルを出して魔道具を置いた。
「なんだか、ボレロさん、店員さんみたいですね」
僕がそう言うと、マルクが口を開く。
「この店では、ギルドの終了報告もできるようにしたんだよ。ミニテーブルは、ギルドから依頼されて、設置したんだ」
ちょっと得意げなマルク。ふふっ、褒めてくれオーラが出てるんだよね。
「へぇ、マルク、すごいね。混雑が緩和されるし、待ち時間に軽食が食べられる」
「だろ? この町の人口の割に、ギルドが一つしかないからさ。でも、商業ギルドの商談には使われないんだよね」
「それについては、現状のギルドで対応できるスペースがありますからね。やはり、冒険者ギルドは、もう一つ必要ですねぇ」
ボレロさんは、僕達から冒険者カードを受け取り、テキパキと精算をしている。
「ボレロ、ここを使うのは、冒険者へのお願いをしやすいからだろ? 何をたくらんでいるか言ってみろ」
ボレロさんは、ゼクトさんにそう言われ、ペロッと舌を出している。何か、依頼があるのだろうか。
ブワンと結界が張られる気配がした。
そして、ボレロさんからカードの返却と、報酬が渡された。超薬草の買取もあったためか、すごい金額だ。
「実はですねー。皆さんに、超薬草の継続採取をお願いしたいんです。虹花草だけでなく、他の超薬草も」
「ボレロ、虹花草からなら、どんな薬もできるだろ。最も汎用性の高い超薬草だぜ」
ゼクトさんも、薬草の知識はすごいな。
「確かにそうなんですが、通常の薬師には、虹花草の効果が上手く引き出せないので、別の超薬草との掛け合わせで薬を作るようなんです」
「は? 上級以上なら……あぁ、薬草の改良は超級か」
ボレロさんの話に、ゼクトさんは渋い顔だ。何かを察しているのだろうか。
薬草に比べて、超薬草は改良が難しい。だけど虹花草は、7つに効用が変化する。だから、ほとんどの薬は、虹花草からなら、上級薬師でも作ることができるはずだ。
「北の大陸絡みで、おかしな病が王都で流行しています」
ボレロさんは、言いにくそうにしながら話している。極秘情報だということか。
「ふん、それなら、ノレアの坊やが片付けるはずだろ? 王都の爺さんが、残りすべての薬草を買い取ると言っていたのは、その流行病のせいか」
ゼクトさんがそう尋ねると、ボレロさんは、ゆっくり頷いた。口に人差し指を当てている。やはり、極秘情報なんだ。
だけど、泥ネズミ達からは、そんな病気の情報は届いていない。リーダーくんなら、いち早く駆けつけてきそうだけど。
「北の海の魚が汚染されているのですか?」
マルクがそう尋ねると、ボレロさんは首を横に振った。
「食べ物が原因ではないようです。おそらく、水ではないかと予想しています。当初は、一部の地域だけに発生したので、泉に毒でも入れられたかと考えたようですが……」
「地下水脈!?」
僕は、思わず叫んでしまった。
「いえ、地下水脈は調べたんですが、特に異常は見つからなかったんですよ。だから、北の大陸付近の氷ではないかと……」
氷? いや、水って言ったよね?
「なるほどな。北の大陸付近の氷を使って、泉にオブジェを作るバカがいるらしいが、おまえらは、その泉の水を飲んだことが原因だと考えているのか」
溶けない氷のオブジェ!?
「はい、溶けない氷には、悪しき呪いが……」
「ボレロ、おまえ、バカだろ。そんなことがあるわけがない。神の氷檻だぜ? 檻が悪霊を閉じ込めることはあっても、氷の中に悪霊が溶け込むことはない」
話が難しい。マルクは、頷いている。だけど僕には、わからない。溶けない氷だから、溶け込まないのかな。
「じゃあ、なぜ……」
「流行病の症状は、呪詛系か?」
「はい、突然、食べ物が食べられなくなり、急激に痩せ細ります。ポーションを使っても、一時的に楽になるようですが、飲み続けなければ、症状は進行し、気がつけば、干上がったミイラのようになるのです」
それって……完全な呪詛毒の症状だ。
「ふぅん、禁断の地に踏み込んだときによくある呪詛毒だな。呪術士に呪いを浄化させればいいじゃねぇか」
確かに、それで呪いが消えれば、あとは、症状に合わせた薬で、改善できる。虹花草から簡単に作れるはずだ。
「それが、呪術士には浄化できないのです。超級呪術士は、無理だったようです。だから、老師様が自ら調薬されている状況です」
王都のあの薬師さんか。極級薬師にしか作れない薬なのか。だから超薬草を、ここまで取りに来ていたんだ。
ゼクトさんは、少し考えているようだ。そして、何かに気付いたのか、パッとマルクの方を向いた。
「ルファス、あのときに使ったのは何だ?」
はい? 巨大な桃のエリクサーを作ったとき?
「レア技能です。浄化の焔で、汚れた黒いマナを……」
「うひゃ、やはりルファスは怖ぇえ」
ゼクトさんは、マルクを茶化しながらもニヤリと笑った。
「ボレロ、爺さんが背負っていた亡霊を見たか?」
「へ? 老師様が? いえ……」
「やはり、原因は地下水脈だ。そして、爺さんは、完全に治療したつもりだろうが、取り憑かれていたんだ。桃を食ったら、亡霊は消えたがな」
まさか桃のエリクサーに、除霊効果?
「マルク、桃を見せて」
「小さなものなら、こちらに」
ボレロさんが取り出した一口大の桃のエリクサーを、薬師の目を使って見てみると……。
だから、ブラビィが夢中になるのか。




