372、自由の町デネブ 〜巨大な桃で遊ぶため?
ゼクトさんの転移魔法で、僕達は、自由の町デネブにあるドゥ教会に戻ってきた。
「ふん、遅いぜ!」
すると、得意げな表情の黒い兎が、門で待ち構えていた。僕達より先に戻ってくるために、急いだらしい。まさかメリコーンを、あの高い崖から放り投げたりしてないよな?
そして、僕が持っていた穴だらけの巨大な桃を取り返し、ぴょこぴょこと教会の中庭に運んでいく。
「キュッ!」
「キュ〜ッ!」
竜神様の子達も、その桃に引き寄せられるように、中庭へと、ポヨンポヨンと飛び跳ねていく。
「ククッ、あれが、闇属性の偽神獣だった悪霊か? 魔物は、おまえに関わると、みんなあんな感じになるらしいな」
ゼクトさんは、面白くてたまらないようだ。まぁ、確かに、僕も、ブラビィの精神年齢には疑問しかない。
「ヴァンの従属って、なんだか不思議な連帯感があるんですよね。それが、あのレア技能の効果なのかな」
竜神様の子達には、従属も何も使ってないんだけど?
「ルファス、覇王に、そんな効果はない。コイツの接し方の問題だ。こんなに甘やかす主人はいないぜ」
ゼクトさんと話しながら、マルクもケラケラと笑っている。マルクは、ずっとゼクトさんとは距離を取っていたけど、今回のことで、かなり変わったようだ。
巨大な桃の甘い香りが、風に乗って、教会の中へと入っていく。すると教会に来ていた人達が、中庭に出てきた。
中庭の奥で、アイツらが遊んでいるのを見つけて、みんな驚いている。というか、桃の大きさに驚いているのか。
あれがエリクサーだとは、言わない方がいいか。変な騒ぎになっても困る。
「あら、ヴァン、今度は何なの?」
神官様までが、中庭に出てきた。腕を組み、片眉があがる。ちょ、その、またやらかしたわねという表情は、何なんだよ。
「フラン様、僕は何もやらかしてませんよ?」
「はい? 何を言っているの。あの巨大な果物は何? 虫や魔物を引き寄せてしまうのではないかしら」
完全に、僕がやらかしたと思ってるよな。
「フラン、あれは、俺達で作ったエリクサーだ。マナに覆われているから、虫なんか寄ってこないぜ。ボックス山脈にある神殿跡の果樹園の桃だから、見たことないんだろ」
ちょ、ゼクトさん……。エリクサーだと聞いて、教会に来ていた人達の目の色が変わったじゃないか。
「あんなに巨大な果実があるなんて、聞いたこともないわ。ボックス山脈かぁ……影の番人が食べる果物だと考えると、納得できる大きさね。でも、俺達って?」
彼女は、僕に説明を求めるような視線を向けた。僕が口を開くより前に、マルクが口を開く。
「フランさん、あれは、3人で作ったんですよ。ちょっと特殊なエリクサーです。神殿守のために作ったんですが、作りすぎた分を持ち帰りました」
マルクは、そう言って、巨大すぎる桃のエリクサーを一つ取り出し、神官様に渡した。
「えっ、そんな大きな……あら、なぜ、こんなに軽いの?」
「もともとの桃の重さと変わっていません。ちょっと変な感じがするでしょう?」
「ええ、とんでもなく怪力になったような気分だわ」
神官様は、巨大すぎる桃のエリクサーを地面に置いた。マナに覆われているから、土がつく心配はない。
だけど、おかしな光景だ。神官様の背と、桃の高さは変わらないんだよな。
「フランさん、これは、教会に寄贈します。継続して回復するリジェネ効果が付与されている特殊なエリクサーです。ほんのひとかけらで効果がありますが、回復のスピードは遅いんです」
「まぁ! そんな効果なんてヴァンには……。なるほど、理解できたわ。ヴァンのスキルだけでは不可能ね。マルクさんの強力な魔法と、ゼクトさんのレアスキルね」
神官様は、すぐに察したんだ。そうか、ゼクトさんが使ったのは、レアスキルなんだ。
だけど、どの部分がレアスキルだったのか、全くわからない。そもそも、地下水脈から引っ張り出した悪霊が混ざるマナを分解することも、何の技能か想像すらできない。
神官様は、使用人の子供達に、桃を運ぶようにと指示をした。
子供達は、3人で担ごうとして、首を傾げている。見た目と重量があまりにも違うもんな。
「無くなったら、また、ドルチェ家から運ばせます。必要な人に使ってもらってください」
うん? なぜマルクは、ドルチェ家から運ぶと言ったんだ? 僕にも……あー、そういうことか。
教会に来ていた人達は、ドルチェ家の店で買えるんじゃないかと、口々に話している。マルクは混乱を避けるために、そう言ったんだ。
まぁ、マルクの商人としての思惑もありそうだけど。
店で買うことができるなら、お金に困っていない人は、わざわざ教会から奪うこともないだろう。
「ドルチェ家の店では、使いやすくカットして販売するつもりです。回復スピードは遅いけど、数時間は継続回復するだろうから、ポーションくらいの価格にしますよ」
マルクがそう言うと、教会に来ていた人達は、にんまりしている。安い価格にすることで、たいした薬じゃないと思わせる効果もあるよな。
たぶん、カットする大きさを調整するんだろうな。
ドルチェ家の店で販売されるものは、とんでもなく影響力がある。小さなカットが、通常の使用量だと、すぐに認識されることになると思う。
「さぁ、俺達は、ギルドへミッションの終了報告に行くぞ。所長のボレロが、超薬草を待っているからな」
「そうですね。ヴァン、行こうか」
「あ、はい。えっと、フラン様、あの子達をお願いします。巨大な桃に穴を掘って移動する遊びに夢中なので、取り上げると、ブラビィまで拗ねるから……」
神官様に、アイツらの監視を依頼しようとすると、彼女は、また片眉をあげた。何? 機嫌が悪い?
「ヴァン、私が見ていなくても大丈夫みたい。早く、ギルドに薬草を届けてきなさい」
「あ、はい、行ってきます」
まぁ、ブラビィがいるから、大丈夫だと言っているのかな。神官様も、忙しいもんね。
ゼクトさんの転移魔法で、僕達は、ギルド前の池の側に移動した。
◇◇◇
「おぉ! ありがとうございます! ささ、こちらへ」
事前にゼクトさんが知らせていたのか、ボレロさんと研修中のギルマスが揃って、池のほとりで待ち構えていた。
やはり、ギルドの横の建物へと、案内される。ノレア神父がいるんじゃないかと、一瞬、嫌な記憶がよみがえる。
階段を上がった2階には、商業ギルドの職員や、見たことのない人達が待っていた。
ノレア神父の姿がないことに、ホッと安堵の息がもれる。なんだか、トラウマになっているのかもしれない。
ゼクトさんの姿を見つけると、眉をしかめる人もいる。まだ、狂人扱いか。いい加減にしてほしい。
「すごいメンバーだな。超薬草は、大量に見つかったのだろうな」
ゼクトさんに嫌な視線を向ける男性が、嫌味のつもりか、そんなことを言った。
「おまえ、薬草商人だな。超薬草の虹花草を摘んできた。いくら欲しい?」
僕は、結局8キロちょっと、マルクは1キロちょっと摘んだんだよな。ゼクトさんは、昼寝していたけど。
「そうですねぇ。ずっと待っていましたから、100グラムは、譲っていただかないと……」
「ちょっとアンタ、一人で100グラムも取る気か。どれだけ欲深いんだ。これだから、三流の商人は……」
別の人が文句を言っている。他の人達もか。確かに、超薬草は、1本でも、様々な薬が作れる。1本で数グラムだ。
ガヤガヤと、うるさくなってきた。ゼクトさんは、慣れているのか、涼しい顔をしている。
僕と目が合うと、アゴで何かの仕草をした。超薬草を出せと言ってるんだよな。
確か、マルクは、あまりたくさん買取りに出すと値崩れしてしまうと言っていたっけ。
だけど、今の僕は、ムカついている。
「ボレロさん、ここに出せばいいですか?」
「あぁ、はい、白い布の上にお願いします」
「同じ場所で、薬草も摘んできました。超薬草と掛け合わせるには、同じ土壌で育ったものが使いやすいので」
僕がそう言うと、見たことのない年配の男性が、ポンと手を叩いた。
「それはありがたい! 難しい治療薬の成功率が跳ね上がる。キミは、薬師か」
「はい、薬師のスキルがあります」
まるで少年のように笑う年配の男性の笑顔で、僕は少し落ち着いた。だけど……。
「買取価格は、通常の査定価格ですよね?」
そう、ボレロさんに確認を取り、僕は、白い布一面に、超薬草を出した。
「薬草じゃなくて、超薬草を先に……うん? う、うん?」
商人は無視し、床に、薬草をドンと出した。




