370、ボックス山脈 〜巨大な桃の特殊なエリクサー
「ヴァン、樹に実った状態で、作るのか?」
「いえ、収穫した状態の果物を使います」
ゼクトさんは、僕に、果樹園の果物を収穫するようにと指示した。そして、泉に何かのスキルを使っているようだ。
「ヴァン、早くしないとタイミングが、ズレるよ。地下水脈の汚れの原因を、ここに取り出すんだ」
「えっ? こんな神殿跡の果樹園に、影の世界の……」
「あぁ、この場所の結界が強くなってる。たぶん、ブラビィじゃない? ボックス山脈に流れてしまうとマズイからだよ」
「わ、わかった。でも、どれくらいの量を……」
チラッと、神殿守のスフィアさんを見ると、思いっきり睨み返されてしまった。大切に育てているんだ。
「ヴァン、使える実は全て収穫しろ。取り出した汚れたマナが多すぎると、悲惨な結果になる。その天兎は即消滅するぜ」
ゼクトさんは、余裕のない表情で怒鳴った。彼の腕には、強い負荷がかかっているのか、地面にぽたりと血が落ちた。
「ヴァン、あんな状態で、ゼクトさんに喋らせちゃダメだよ。早く!」
マルクに急かされ、僕は慌てて手に魔力を集めた。そして、僕が放った魔力は果樹園全体に広がる。
完熟した実だけでなく、食べられる実はすべて枝から落とす。すると、すべての実が落ちた。
視界の端で、黄色いリボンが揺れた。神殿守のスフィアさんが、怒っているかもしれない。だけど、今は、僕にも余裕はない。
僕は、収穫した実を引き寄せる農家の技能を使う。
空中にふわりと浮かんだ果実に、マルクが魔法を重ねた。パワーアップしたヒート魔法だ。
果実からは、水分が抜け、何かを吸収したがって渦巻いている。マルクは、風魔法を絶妙に混ぜているんだな。
「ヴァン、そっちへ飛ばすぞ」
ゼクトさんがそう言うと、空を覆う黒い何かがぶわっと広がる。マルクがそこに何かの魔法を重ねると、色が消えた。
だけど、強烈な圧迫感を感じる。
「ヴァン! エリクサーに変えて!」
「わかった」
僕は、スキル『薬師』の調合を使う。異物を取り除くために、改良も付け加える。
「ヴァン、、新薬の創造を重ねろ」
ゼクトさんは、手に魔力を集めながら、怒鳴った。
ちょ、エリクサーを作っているのに、いまさら、創造を重ねる? 僕は、戸惑いながらも、新薬の創造を使う。
空に浮かぶ果物は、いまさら、創造の技能は受け付けない。
すると、ゼクトさんが、魔力を放った。薬師の技能ではない。浄化でもなく……何?
「ルファス、仕上げろ!」
ゼクトさんの声を待っていたかのように、マルクは、風魔法の威力を強めた。果物は、空高く舞い上がり、キラキラと輝いている。
そして、ふわふわと落ちてきた。見た目の質感とは違って、ふわふわと舞い降りてくる。これも、マルクが風魔法を調整しているのか。
チビドラゴンの足元には、竜神様の子達やメリコーンが集まっている。チビドラゴンの元に避難してきたようだ。
チビドラゴンは、これを見るのは3度目だから、ポケ〜っとしているけど、他の子達には、恐ろしいことに見えるようだ。
睨んでいた神殿守のスフィアさんは、怪訝な顔をしている。驚いているようにも見えるか。
「くはぁ、キッツイな。腕がちょっとやられたぜ」
ゼクトさんの両腕からは、ボタボタと血が滴る。
薬師の目を使って見てみると、とんでもないダメージだ。腕が、外から切りつけられ、中はぐちゃぐちゃに筋肉が破壊されている。
「ちょ、ゼクトさん! すぐに薬を作ります」
「ヴァン、焦るな。たいしたことねぇよ。そいつの効果を試してみようぜ」
ゼクトさんの視線は、出来上がった果物のエリクサーに向けられている。確かに、これで治るか?
いや、でも、彼の傷は、物理的な怪我ではない。影の世界の悪霊が混ざったマナを引っ張り出したことで、受けた傷だ。
「そうですね。これで治らない症状については、追加で調薬します。だけど……」
出来上がったエリクサーは、巨大だ。果樹園全体に収まらないほどの巨大なオバケ果実になっている。
「ヴァン、俺、食べられねー」
ゼクトさんは、食べさせてくれと言っているのか。なんだか、子供みたいなんだよな。だけど、確かにその腕では無理だ。
僕は、近くに落ちているオバケ果実を、チカラを入れて持ち上げた。
「あれ?」
見た目と重量が一致しない。
「何だ? 早くしてくれ。血が無くなる」
「あ、はい」
僕は、その巨大な果実を、ゼクトさんの口元へと持ち上げた。とんでもなく力持ちになった気分だ。
ゼクトさんは、パクリとかじりつき、ニッと笑顔を見せた。何だか、少年みたいだよね。
「どうですか?」
そう尋ねると同時に、薬師の目を使う。うん、彼の腕の傷は治っていく。だけど治るペースは、それほど早くはない。ゆっくり確実に治っているけど。
食べる量が少ないのか? そう考えているうちに、ゼクトさんは、パクパクと食べ進めている。
食べ進めても、治癒のスピードは変わらない。
僕とマルクだけじゃなく、ゼクトさんの力も使って作ったエリクサーなのに、効果が低いのか? もしかして、使ったマナが汚れていたためだろうか。
いや、でも、マルクが不純物を取り除いたから、黒いマナが透明になったんだよな?
なんだか、普通のマナ溜まりとは違って、圧迫感を感じた。あれは、マナが圧縮されていたからだと思うけど……。
結局、ゼクトさんは、巨大な果実を食べ切った。何かを確認しながら食べていたみたいだな。
「ヴァン、これはなかなか美味いぜ。木いちごのはイマイチだけどな。天兎の果樹園の桃は美味いからな」
「オバケ桃ですよね。チビドラゴンの頭より大きいですよ。なぜ、こんなに巨大化してしまったのかな。通常の果実よりも、エリクサーにすると大きくなるけど、2〜3倍くらいなんだけどな」
「それだけ、凝縮して詰め込んだからだろ。まぁ、これも、1個まるごと食う必要はない。イマイチなエリクサーも、小分けにして売ってるだろ?」
木いちごのエリクサーは、確かに、闇市ではいろいろな形で売られている。1個まるまる食べなくても、魔力全回復効果はあるみたいだからな。
「ちょっと! 足の踏み場もないじゃないの! それに、そこ! 人間の血で土壌が汚れたわ」
黄色いリボンのスフィアさんは、近寄っては来ない。巨大なオバケ桃で、埋め尽くされているからだな。
「ヴァン、土、なんとかしてくれ」
「わかりました」
僕は、農家の技能を使って、土壌の洗浄をした。すると、ちょっと、グラッと視界が揺れた。やばっ、魔力切れか? 僕には予備タンクもあるのに?
「おまえも、食っておけ。ルファスもな」
ゼクトさんにそう言われて、近くのオバケ桃を拾って、かぷりとかじる。めちゃくちゃ甘い。しかも、フレッシュな甘酸っぱさが残っているから、果物を食べているような感じだ。
あれ? 何これ?
僕が首を傾げていたとき、マルクも同じ動きをしているんだよな。やはり、ちょっと変だよな。
回復のスピードが遅いのは、わかっていたことだ。だけど、一口かじった後が、なんだか違う。
「天兎も、ひとつ食ってみろ。おまえなら、泣いて喜ぶだろ。ククッ、やはり、超一流が3人揃えば、こんな奇跡の薬ができる」
奇跡の薬? そう言われて、納得した。そうか、そういうことか。回復のスピードは遅いけど、一口食べただけでも、ずっと継続して回復するんだ。
さらに、手に持っていたオバケ桃をかじる。甘酸っぱくて美味しいけど、胃の中には溜まる感じがしない。エリクサーだから、身体に瞬時に吸収されるんだ。
だから、ゼクトさんは、巨大な桃をペロリと食べてしまったんだな。
普通の果実なら、この10分の1の量で、お腹がいっぱいになりそうだ。
「何なのこれ……」
僕達が食べ切った頃、黄色いリボンのスフィアさんも、オバケ桃を持ち上げ、かじっていた。そして、戸惑いの表情だ。
『にゃんにゃのぉ〜!』
離れた場所から、叫び声が聞こえる。チビドラゴンが、かじったオバケ桃の端を、竜神様の子達とメリコーンもかじっているようだ。
『チビの薬は、甘いんだぞ。だけど、いつまでもムズムズするんだぞ』
確かに、ムズムズするよね。
「これは、継続のエリクサーだな。いわゆるリジェネ効果が付与されている。体力も魔力も、じわじわと回復を続ける」
ゼクトさんの説明に、神殿守のスフィアさんは、目を見開いた。
「そんな薬……」
「これをまるまる1個食えば、おまえなら1年は効果が継続するだろう。神殿守の特権だな。他の奴なら、半月から1ヶ月ってところか。ふっ、一口で充分だな」




