37、ボックス山脈 〜湖を調べていると……
レミーさんは、僕にポーション代だと言って、数枚の硬貨を渡した。うん? 金貨だ! 金貨を3枚も?
それになぜ食べただけで、僕の薬師スキルが超級だとわかるんだろう? ジョブ『薬師』だから? でも、さっきのやり取りの様子だと、彼女は、まだ上級のままみたいだけど。
「あとは、私に任せて。ヴァンくん、あとで、このポーションのレシピを教えてほしいんだけど」
「あ、はい」
「トレジャーハンターさん、失礼ですが、上級薬師には同じ物は作れませんよ。この形状を真似ることはできるでしょうけど」
マルクが、何か牽制している。
「ええ、わかっているわ。これは、全回復ポーションでしょ。こんな効力の物は私には作れない。ヴァンくんは年齢からして極級じゃないと思うけど、超級薬師を超えているわね。あっ、なるほど、そのグローブね」
レミーさんは、僕の右手の手袋を見て頷いた。増幅の印のことはバレていないみたいだ。
「そうですよ。俺も、片方のグローブをつけていますから」
マルクは、左手をあげた。魔力で隠しているんだっけ。見えないんだけどな。だけど、レミーさんは頷いている。見せなくても信じるの?
「だから、ずっと、ヴァンくんを連れて、湖の上に浮かんでいられたのね。かなり魔力を消費するもの。増幅のグローブがあるなら、納得だわ」
そう言われて、マルクは柔らかな笑顔を浮かべた。
「あとは、お任せします。俺はあまり魔力は残っていないので」
うん? ぶどうのエリクサーを食べたのに?
「そうね。あとは任せて。助かったわ、ありがとう」
そう言うと、レミーさんは、正方形のゼリー状ポーションを持って離れていった。何人かの冒険者に、次々と話しかけて、ポーションを売り始めたみたいだ。
「ヴァン、俺達は、湖を調べよう」
「湖? 魔物の通り道なんだよね?」
「ここの魔物避けが、湖には張られていないからな。さっき増水して、すぐに元に戻っただろ? 湖底で太い水脈と繋がっているはずなんだ」
「あっ、そっか。ガメイの畑の水路が濁る原因って、もしかして、この影響?」
「たぶんな。アイツが血抜きをしていて気づいたんだ。あの魔物の頭部には、異界の番人も喰えないほどの毒があるんじゃないか?」
「だから、ゼクトさんは、わざわざ血抜きをしてあげたんだね」
僕がそう言うと、マルクはポカンとした。あれ? 今の話は、全然おかしなことを言ってないよ?
「……そうかもしれないな。いや、違うだろ。あのまま与えたら、余計な騒ぎになるかもしれないじゃないか」
「うん、怒った怪物が暴れたら、たくさんの人が殺されるもんね」
「あー、うー……。ヴァンは、何を言っても良く解釈しようとするんだな。でも、俺達はその逆か。すべて悪く考える……。まあ、とにかく、湖へ行くよ」
マルクは、何だかぶつぶつと呟きながら、湖の方へと歩いていった。
あれ? おかしいな。
さっき、ゼクトさんが魔道具を使って掃除をしていたとき、魔物の血で枯れた草花も元に戻っていたように見えた。だけど、湖岸付近のあちこちで草が枯れている。
「やはり、そうだね。ちょっと掘るよ」
そう言うと、マルクは、枯れた草花付近を凍らせた。掘るって、穴掘りじゃないのかな。
すると、マルクはニヤッと笑った。な、何? そのヤンチャそうな顔。
「ヴァン、何を呆けてるんだよ。当たりだよ。ちょっと離れて」
「うん? うん」
僕は、よくわからないけど数歩下がった。マルクが指を少し動かすと、凍った土がぶわっと空中に浮き上がり、湖にバシャンと落ちた。
湖岸に、すんごく深い穴ができている。
「ちょっと、マルク、こんなに深い穴を掘ったら危ないよ」
「深くないと、水脈に届かないだろ」
「水脈? あっ! 水が……」
深い穴にどんどん水が上がってきている。湖の水が入ってきたのか、地底の水脈かはわからない。
マルクは、その水を凍らせた。そして、指を動かすと、長い氷が浮かび上がってきた。あれ? なんだか変な色。
「マルク、氷に混ざっているのは土だけじゃないね。灰かな。何かを燃やした灰にしては白っぽいけど」
「これは、さっきの魔物の血だよ」
「掃除したんじゃないの?」
「土の中に吸収されずに、下に下に落ちていくんだと思う。水に溶けない毒って、厄介なんだよな。これを飲むから、弱い魔物も毒を持つようになるんだよ」
「キミ達は、水質調査を依頼された冒険者かい?」
突然、背後から話しかけられて僕は驚いた。マルクは、見えていたから平気そうだね。
「そうですよ。この山の湧き水の濁りの原因調査に来ました」
マルクは、笑顔で、話を合わせている。いや、まぁ、それで正しいんだけど。
「私達以外にも、調査団がいたなんて驚いたよ。なるほど、黒魔導士がいると調査が早いね」
そのオジサンは、ちょっと失礼と言いながら、マルクが空中に浮かべた長い氷の一部を割って採取している。灰のある部分だ。
「許可なく、横取りはないんじゃないですか」
マルクは、採取の妨害もせずに、そんなことを言った。その顔は、いつものマルクではない。何か、考えがあるみたいだ。
「これは失礼。私達は、この成分の採取に苦労していましてね。ここはお互いに協力しましょうや」
「協力とは?」
「私達は、キミ達がほしがる情報と戦力を持っている」
オジサンは、そう言うと、誰もいない場所を指差した。すると、次の瞬間、十人程度の男が現れた。明らかに高そうな鎧を身につけた戦士風の人達だ。
マルクは、それを見て、表情を固くした。
「なるほど、トロッケン家の方々ですか」
えっ! アリアさんと同じ神官三家のひとつのトロッケン家が、直接調査に来ているの?
「ほう、やはりキミは、魔術系の貴族の子だね。そうじゃないかと思って見ていたんだ。湖の上に、長時間浮遊していたからね」
見ていた!? もしかして、僕達が、レミーさんにポーションを売るところも?
「人が悪いですね。それだけの兵がいるなら、異界の番人が暴れているのを止めることができたんじゃないですか」
「それは、私達の仕事じゃないからね。なぜ、助けなければならないんだい?」
うわぁ、やはり、トロッケン家って……すんごく上から目線だ。
「それで、協力とは? トロッケン家なら、俺達に強制命令ができるのではないですか」
マルクは負けていない。冷たい視線を向けている。
「あははは、鋭い子だね。今回の件は、秘密裏に行うことになっていてね。人々が知ると騒ぎになりそうだからね」
そっか、マルクはそれがわかっていたんだ。
「では、取引ですね。我々は、対等ということで構いませんか? 突然、神官の権限を振りかざされるつもりなら、お断りします。それに、薬師の力も足りていないのでしょう?」
す、すごい、マルクは強気だ。
だけど、オジサンは余裕の笑みだ。僕達を子供扱いしているんだ。
「わかったよ。この件に関しては対等でいこう。キミ達が次にやろうとしていることを教えてくれるかい?」
そんなことを言ってるけど、絶対に対等に扱う気はないよね。突然現れた戦士のような人達に、ここにいた冒険者達は驚いている。まるで、僕達を捕まえにきたみたいに見えるんじゃないかな。
「その前に、兵を隠してくれませんか? これでは、まるで俺達が犯罪者のようです」
マルクがそう言うと、オジサンはケラケラと笑って、手をあげた。すると、戦士のような人達は、スッと消えた。
たぶん、姿を隠しているだけだよね。
「これでいいかい? キミ達は、次に何をするつもりかな」
オジサンは、僕にも目を向けた。えっと、そんなこと言われてもわからないよ。
「俺達は、湧き水の濁りの原因を取り除くつもりですよ。貴方達は、単なる調査のようですが」
マルクは、ちょっと皮肉にも聞こえそうな言い方をしている。大丈夫なのかな。オジサンは笑っているけど。
「ほう、こちらの素性がわかってもその態度ですか。ふふっ、面白い子だ。よほど自分に自信があるらしい」
ちょ、怒ってるじゃん。まずいよ、マルク。
「自信のない子供と、対等に調査ができるのですか」
マルクは、さらに煽ってる。
「食えない子だな。ラファス家か、ルファス家ってところかな。ふふ、確かに自信のない子供と対等な関係は築けないね」
「で、俺達の行動を尋ねて、貴方達はどうするのですか?」
「そうだな、それに便乗しようか。そちらの坊やは、増幅のグローブをつけた上級薬師のようだからな」
上級? レミーさんとのやり取りは、聞かれなかったのかな。
「盗聴ですか」
「いや、アリアからの情報だよ」