367、ボックス山脈 〜不自然な果樹園
僕達は今、馬系の小型魔物メリコーンの棲む、薬草群生地を囲む高い崖を越えた先の、深い森の中を歩いている。
チビドラゴンは、こんなすごい崖も、ひょいひょいと登って越えてしまう。しかも従属になったメリコーンを、なぜか口にくわえて、崖を越えたんだ。
『クァッ、にゃんにゃのぉ〜!!』
僕達は、竜神様の子達も含めて、ゼクトさんの魔法で、高い崖を飛び越えた。白い魔物達は、めちゃくちゃ喜んでいたみたいだ。
「チビドラゴンさん、なぜ、メリコーンまで連れてきたの?」
『ほへ? コイツが知らないって言ったからだぞ。甘い果物は、美味しいんだぞ』
なるほど……親切心なんだな。だけど、メリコーンは、絶叫してばかりなんだよね。知らない場所が怖いんだろうな。
竜神様の子達は、怖いもの知らずというか、楽しそうにしている。もしかすると、チビドラゴンは、この子達のために、メリコーンも連れてきたのかもしれないな。
『チビ、ここだぞ。甘いんだぞ』
チビドラゴンが僕達を連れてきた場所は、メリコーンの棲む薬草の群生地の崖から、足場の悪い道を少し歩いた先にあった。
深い森の狭間だろうか。深い森の空に、ぽっかりと穴があいているかのような、不自然に広い果樹園だ。
「へぇ、こんな場所があったのか」
ゼクトさんも、意外そうな表情だ。
チビドラゴンは、果樹園の奥に進み、ドスンドスンと飛び跳ねている。地面が揺れると、実が落ちてくるようだ。
そして、落ちた実をパクリと咥え、得意げな、嬉しそうな顔をしている。
竜神様の子達も、チビドラゴンの真似をしているが、いくらポヨンポヨンと飛び跳ねても、実は落ちてこない。
「キュ、キュ〜ッ!!」
「キュ〜ッ! キュ〜ッ!」
ふふっ、木を威嚇しているのかな。だけど、木に体当たりはしない。チビドラゴンが、キチンと教育しているようだ。
『にゃっ、にゃんにゃのぉ〜っ!』
従属のメリコーンも、実を落とそうとしているようだけど、落ちないね。地団駄を踏むように、パカパカしている。
チビドラゴンが、熟れた実を落とした付近で、同じことをしても、落ちてこないよね。別の場所でやってみようという発想は、あの子達にはないらしい。
『ぼくが落とした実を、みんなで食べればいいんだぞ』
「キュ〜ッ!」
「あたしも、ポトポトしたいのぉ〜っ!」
チビドラゴンは、甘い果物を子供達に食べさせたいみたいだけど、子供達は、実を落としたいらしい。
ふふっ、チビドラゴンは頭を抱えているよ。
「ククッ、おまえのお友達を見ていると、飽きないな。全員、道化師のスキル持ちか?」
「いや、まさか」
ゼクトさんだけじゃなく、マルクも笑っている。この子達は、見ていると危なっかしいけど、癒されるよな。
「しかし、この場所……こんな所に、人間が立ち入っても大丈夫なのでしょうか」
マルクは、心配そうにゼクトさんに尋ねた。確かに、それは僕も感じていた。ここは、人工的に作られている果樹園だろう。
「さぁな。ここの管理者は、この近くの神殿跡の住人だろうから、俺達は、果物泥棒だな。ククッ」
神殿跡? ということは、この果物は、神殿守の天兎が育てているのか。
「じゃあ、この実を利用して、エリクサーを作るわけにはいかないですね。そもそも、マナ溜まりも探さないとエリクサーは作れないから」
僕がそう言うと、ゼクトさんは、何かを考える素振りを見せた。いや、何かと念話をしている? もしくは、マナ溜まりを探してくれているのだろうか。
マルクも、魔道具を取り出して、何かを調べている。
僕も、この付近を調べようか。僕は、スキル『迷い人』のマッピングを使う。
この付近は、ボックス山脈の『3,299』地区か。メリコーンの棲む草原も、同じく『3,299』地区に区分されている。あんな高い崖に囲まれているのにな。
普段、よく利用する検問所は、『63』地区にある。ここは、とんでもなく遠い場所だ。だから、ゼクトさんは、二回転移したのか。
しかも、周りはすべてボックス山脈、すなわち、僕のマッピングで表示できる範囲に、ボックス山脈の出入り口はないようだ。
とんでもなく山奥なんだ。
僕は、ゾゾッと背筋が冷たくなった。もし、ゼクトさんやマルクと、はぐれてしまったら……。はぐれなくても、もし、ボックス山脈の結界が乱れて、転移ができなくなったら……。
「おい、ヴァン。何をつまらないことを考えてんだ? ククッ、おまえ、道化師のスキルを使ってるのか」
「えっ? ちょ、ゼクトさん、勝手に僕の頭の中を覗かないでくださいよ」
「ククッ、覗いてなくても、面白いぜって、送られてくるんだから、知らねぇよ」
「へ? 誰?」
僕は、腰に目を移すと……居た! アクセサリーのフリをして、黒い毛玉がぶら下がっている。
「はぁ、ブラビィ、いつの間に?」
「壁を越えたときに、現れたぜ。おまえ、気づいてないのか」
ゼクトさんは、ニヤニヤしているんだよな。はぁ、まぁいいけど。
ブラビィが現れたということは、この果樹園に、何か危険があるのだろうか。
「俺達がここに入ると、お気楽うさぎは、追って来られないからじゃねぇか? この果樹園は、案内人がいないと、入れないようだぜ」
「また、実況されて……それならいいんですけど。案内人というのは、チビドラゴンかな」
「あぁ、神殿跡近くに棲むロックドラゴンは、神殿跡を守る鍵の役目を担っているからな」
チビドラゴンは、人間を連れてきては行けない場所に、僕達を案内したのだろうか。
「じゃあ、立ち去る方がいいですよね」
「うーん、そうでもないらしいな」
ゼクトさんの視線の先には、頭に黄色いリボンをつけた獣人の女性が居た。いつの間に現れたんだ?
僕は、彼女が神殿守だと直感した。
チビドラゴンの近くの神殿跡の神殿守ラフィアさんが、頭に赤いリボンをつけていたから、そう感じただけかもしれないけど。
「天の導きのジョブの方、そして、神殿守ラフィアを知る方々、突然、お呼びしてすみません。そのロックドラゴンの子竜を利用させてもらいました」
えっ? 呼び出されたのか。
ゼクトさんの方を見ると、フンと鼻を鳴らしている。呼び出されたことがわかっていたみたいだ。
マルクは……あれ? マルクも、あまり驚いていない。マルクは、絶対にポカンとしていると思ったのに。
「私は、この奥にある崩れた神殿跡を守るスフィアと申します。あら、黒き天兎もいますね」
黄色いリボンの獣人女性は、やはり神殿守なんだ。彼女の視線は、僕に向いている。いや、僕の腰を見ているのか。
だけど、ブラビィは、知らんぷりなんだよな。出て行かなくてもいいのか? 黒い天兎は、天兎の眷属なんじゃないの?
そう考えていると、腰に蹴りが入った。はぁ、もう反抗期なんだから……知らないよ?
「神殿守のスフィアが、人間に何の用だ?」
ゼクトさんは、そう尋ねているけど、すべてを察しているような顔をしている。面倒くさそうな表情なんだよな。
神殿守のスフィアさんは、ふわりと微笑みを浮かべた。この人、赤いリボンのラフィアさんとは、だいぶ違う雰囲気だな。なんというか……。
「悪知恵が働く、隙のない女って感じだな」
まぁ、うん、そんな感じ……って、えっ? ちょ、ブラビィ?
僕の前に、黒い兎がぴょんと飛び降りた。
彼女は、ブラビィの毒舌にも、全く怯む様子はない。やわらかな笑みを崩さないんだよな。
「皆さん、この果樹園の果実が欲しくて、わざわざ、ここまでいらっしゃったのですよね」
「おまえが、ロックドラゴンを誘導したのだろう? さっき、利用したと、その口が言っていたぞ」
彼女の言葉に、すかさずゼクトさんが反論した。気のせいか、彼女の声が、変な感じに聞こえたんだよな。
マルクの方を見ると、何かの魔道具を握っている。その魔道具は、赤い警告のような光が点滅しているんだよな。
シーンと、静かになった。
あっ、竜神様の子達や、メリコーンが固まっている。それを見て、チビドラゴンが、不思議そうに首を傾げているんだよな。
ちょ、ブラビィ、どうなってんの?
「この女が、さらに結界を強めやがった。この空間の時間を止めたって言えば、わかるか?」
黒い兎は、僕の方を見ないで、そう教えてくれた。わざわざ、声に出したのは、マルクに伝えるためか。
「やはり、皆さんは、この中でも動けるのですね。拘束の術も、洗脳も効かない。ラフィアの加護なのかしら」
「天兎が、人間に何かを強制する気か?」
ゼクトさんの怒鳴り声にも、彼女はふわりと笑顔を返した。




