365、ボックス山脈 〜半透明な竜神の姿
「えっ? 竜神様に化けるの? でも、ここは薬草の群生地だから、草原を焼きたくないんだ」
ロックドラゴンの子竜の登場に、メリコーンの長老は、また気絶しそうなほど驚いている。
まぁ、子竜とはいえ、ドラゴンだもんな。空に集まっている飛竜よりも大きいか。
『じゃあ、爺ちゃんを呼べばいいんだぞ。海の爺ちゃんの子がいるなら、たぶん来てくれるんだぞ。ぼくは呼ばないけど、チビが呼べばいいんだぞ』
「うん? チビドラゴンさんが竜神様を呼ぶと、どうなるの?」
『し、知らないんだぞ。爺ちゃんは、コワイんだぞ』
チビドラゴンは、頭を抱えている。確か、僕が銀竜に化けたときも、頭を抱えていたっけ。
空には、さらに飛竜が集まってきている。もう20体を超えているか。やはり、この草原に棲むメリコーンを、一斉に狩ろうとしているみたいだ。
ただ、ロックドラゴンの子竜が現れたことで、警戒して様子を見ているようだけど。
もしかすると、チビドラゴンが現れたことで、警戒して、さらに仲間を呼んだのかもしれないな。
僕は、竜神様の子達を守らなければいけない。マルクやゼクトさんも居るけど、二人とも、空は苦手みたいなんだ。
飛竜は、空の覇者だ。人間が戦うには、あまりにも不利な相手なんだよな。
それに何より、貴重な薬草の群生地を失いたくない。
マルクもゼクトさんも、飛竜が怖いわけではないと思う。魔法や戦い方にかなりの制約がかかるから、無理だと言ってるんだ。
やはり、僕が何とかしなきゃいけないか。マルクもゼクトさんもいるから、竜神様の子達は、二人に任せればいい。
僕は、自分にしかできないことをやろう。
僕は、スキル『道化師』の変化を使う。この草原を焼かずに、飛竜を追い払いたい。そう強く念じた。
ボンッと音がして、僕の視点は低くなった。
あれ? めちゃくちゃ低い。マルクが僕を見失ったのか、キョロキョロしている。
おかしいな。僕の変化は、質量が2倍から半分までの範囲でしか、化けることができないはずだ。
今の大きさは、どう考えても、手のひらサイズじゃないのか?
『チビ! そ、その爺ちゃんは、爺ちゃんだぞっ』
チビドラゴンが何を言っているのか、わからない。だけど、この姿も竜神様らしい。
僕は、空を見上げた。
すると、僕の首が伸びるように、どんどん空に近づいていく。いや、身体全体が伸びているのか。
目線をさげて自分の姿を見ると、半透明な細いヘビのように見える。七色に輝く姿から、竜神様が洞窟の天井にへばりついていたトカゲを思い出した。
どこまで伸びるんだ?
少し不安になってきたとき、ふわりと浮遊感を感じた。僕は、空に浮かんでいるようだ。
翼もないから、なんだか落ち着かない。変化が突然解除されたりしないよな?
飛竜たちの集まるあたりまで、僕は上昇していった。
奴らは、僕の姿を見て、めちゃくちゃ焦っているようだ。僕から離れたいのか、互いに場所を入れ替わるように飛んでいる。
『ち、違うのです。馬の魔物が悪いのです』
『飛竜である我らに妙な術を使う、悪しき魔物の討伐です。我らの名誉を守るためです』
『い、いや、それはそれで、あの、その……』
『猛毒を使って、竜を操ろうなどという種族は、一掃すべきだと…………思わないでもないといいますか……』
『我らは、決して、弱きモノをその……』
僕が何も喋っていないのに、必死に言い訳をしているみたいだ。僕を、本物の竜神様だと勘違いしているのか。
集まっている飛竜を、ぐるりと見回した。
奴らは僕と目が合うと、羽ばたく回数が増えるらしい。あー、一瞬、固まってしまうのか。
僕が黙っていると、さらに焦り始めたらしい。もう、言い訳をする個体はいない。
なんだか、変な愛想笑いを浮かべる個体や、ひたすら視線を逸らす個体や、めちゃくちゃに飛び回る個体……なんだか個性が現れているようだ。
『この草原には、海の竜神の子がいる。海の竜神が人間に預けた子だ。そして、その子は、この草原に棲むメリコーンの子供と仲良くなったようだ』
僕は、竜神様の声真似をして話した。
『ひっ、う、海の竜神様の子が……』
『も、申し訳ございません! そ、そのような事情は全く知らなかったので……』
『あの白い子供達ですな。た、確かに何やら、竜の血を引く気配を感じてはおりました』
へぇ、わかっていたのか。
いや、今気づいたのかもしれない。大半の飛竜は、必死に草原を見ている。竜神様の子達は、マルクの背に隠れているんだよな。
『海の竜神の子達が、怯えている。おまえ達が、空を塞ぐからだ』
僕がそう言うと、飛竜は、さらに慌てているようだ。もう、どの個体とも目は合わない。奴らの僕に対する畏怖が、ビシビシと伝わってくる。
だけど、立ち去らないんだな。そうか、許可なく背を向けると、何をされるかわからないと思っているのか。
『この草原は、海の竜神の子の遊び場に、ちょうど良い。決して荒らすなよ。わかったら立ち去れ!』
『ひぃぃぃ、わ、わ、わかりました』
返事をした1体が、高度をあげると、他の飛竜達もそれに従うように、高度をあげた。
僕が見上げると、慌てて高い崖を越えて、飛んでいった。あの高さまでは、僕が上昇できないと思ったのか?
ふぅ、追い払えてよかった。
下に目を向けると、僕の身体は、スーッと縮んでいく。そして、草原に降り立ったときには、人間ほどの大きさの細長いヘビのような姿になっていた。
伸び縮みができるなんて、面白いな。
チビドラゴンは、僕の姿が怖いのか、頭を抱えているんだよね。ふふっ、相変わらずだな。
僕は、変化を解除した。
『チビは、やっぱり、その姿の方がいいんだぞ。爺ちゃんの真似をすると、おっかないんだぞ』
ロックドラゴンの子竜が、僕に近寄ってきた。
「チビドラゴンさん、今の姿は初めて使ったんだけど、竜神様も、あの姿をすることがよくあるの?」
『爺ちゃんは、何かを探るときは、透き通るんだぞ。透き通っているときの爺ちゃんは危険なんだぞ。いきなり怒るんだぞっ』
探るとき? 洞窟の天井にへばりついていたときは、半透明で虹色に輝いていた。あれは、僕を探っていたのか。
「そうなんだ。だから、飛竜がたくさん言い訳していたんだね」
『ほへ? 言い訳なんて聞こえなかったぞ。あっ、爺ちゃんは、嘘をついてもバレるんだぞ』
チビドラゴンは、首を傾げて何かを考えている。
「考えていることが、竜神様には見えちゃうんだね」
僕がそう言うと、チビドラゴンは、また頭を抱えている。いやいや、抱えても見えるんじゃないかな。
『チビは、ぼくが……』
「うん? 化けてないから、今は何も見えないよ」
そう言うと、チビドラゴンは、頭を抱えるのをやめた。ふふっ、かわいい。
そうか、竜神様は、ドラゴンの思念も読み取るんだ。
もしかして、さっきの、言葉遣いがおかしかったのは、頭の中で考えていることを、僕が覗いたってことなのか。
ポヨンポヨンと、白い不思議な子達は、チビドラゴンにまで体当たりを始めた。
『ほへ? チビが、父さんなのか?』
「うん? あー、竜神様から育てるようにと言われたからね」
『じゃあ、ぼくも、父さんなのか? コイツら、ぼくのことを父さんって呼ぶんだぞ』
「そうなの? チビドラゴンさん、お友達になってあげてよ。その子達の言葉は、僕にはわからないんだ」
『ほへ? チビは、ぼくの友達なのに、チビを父さんって呼ぶ子も友達なのか? 父さんの友達は、おじちゃんなんだぞ』
「へぇ、賢いね、チビドラゴンさん。じゃあ、おじちゃんになってあげてくれる?」
『それでいいんだぞっ。ぼくは賢いからなっ』
あはは、やっと出た! いつものふんぞり返りポーズ。
「ふふっ、ありがとう。この子達も、喜ぶよ」
『喜んでいるぞっ。だけど、ぼくのことを父さんって呼ぶんだぞ。チビだから、まだわかってないんだぞ』
チビドラゴンは、竜神様の子達に、いろいろと説明してくれている。だけど、全然、話を聞かないんだよな。ポヨンポヨンと、ふざけているのが楽しいらしい。
まぁ、でも、チビドラゴンは、面倒見がいいから大丈夫だな。妹ドラゴンのわがままにも、いつも振り回されているみたいだし。
「ヴァン、まさかの竜神だな」
ゼクトさんは、ニヤニヤと笑っている。
「ゼクトさん、まさかの姿でしたよね。スキル『道化師』の変化で、あんなに質量が変えられるなんて……」
「あぁ? 当たり前だろ。おまえ、また、ジョブボードを見てないのかよ?」
うん? もしかして、レベルが上がったのか?




