364、ボックス山脈 〜メリコーンの眷属の異変
ゼクトさんとマルクが近寄ってくると、メリコーン達は、少し離れていく。警戒しているんだな。
まぁ、当然か。熊系の魔石持ちの巨大な魔物を、たった二人で狩ってしまったんだから。
マルクは、ニヤニヤ顔が直らないらしい。ニヤニヤ、にまにま、ニンマリ、ニヤッと……ちょっと、大丈夫かと心配になる。
「マルク、にやけすぎ」
「えっ? あー、悪い。だけどさ〜、こんな魔石だぜ?」
マルクは、白い布に覆われた人の頭くらいの丸い物を、僕に見せた。たぶん、何かを遮断する布なんだろう。魔石は、そのまま魔法袋に入れるわけには、いかないらしい。
「人の頭くらいあるね」
「だろ? 大きさもだけどさ、無色透明なんだ。とは言っても、濁りはあるんだけどな」
マルクが何を喜んでいるのか、全くわからない。
僕は、無意識にゼクトさんに視線を向けた。すると、彼はニヤッと笑うんだよな。
「ヴァン、何を捨て子みたいな顔をしているんだ? ククッ。無色の魔石は、何にでも使えるから、価値が高いんだ。ルファスの黒魔導士は、魔石コレクターらしいから、売る気はないだろうがな」
捨て子って……。
「そうなんですね。魔石なんて、縁がないから。でも、それだけすごい魔石持ちだったってことですよね」
「あぁ、俺ひとりでは倒せないな」
ゼクトさんの言葉に、僕は頷きつつも、すごい寂しさを感じる。だよな、マルクは頼りになる。だけど、僕は……。
「俺がもらってしまってもいいのか、ちょっと申し訳ないんだけどさ〜」
まだ、マルクはニヤニヤしている。そうか、二人で狩ったのに、ゼクトさんは高価な魔石を、マルクに渡したみたいだもんな。
「そんな石ころには興味はない。俺は、肉をもらったからな。ククッ、オールスに食わしてやるか。あいつ、熊の肉は嫌いなんだよな」
ゼクトさんも楽しそうだ。そっか、魔石持ちの熊の肉なら、今のギルマスには、ちょうどいいかもしれない。両足と右腕が、あんな状態だもんな……。
そうだ、ウジウジしている場合じゃないか。ギルマスを治さないといけないんだ。
集めた超薬草も、ギルマスの薬を作る分は、僕が持っておこう。断罪草をつくらないとな。
「で? お友達は、どの個体だ?」
ゼクトさんは、ぐるりとメリコーン達を見回している。
「竜神様の子が戦っていた個体に使いました。あっちで、飛び跳ねている個体です」
「ふん、あんな子供に従属を使ったのか。俺なら強い変異種に使うけどな。だが、まぁ、竜神の子と気が合うようだから、悪くないか」
うん、そうだよね。ちょっと変わった個体だけど、竜神様の子達が、あの子を見つけたんだもんな。
ゼクトさんは、僕が話していたメリコーンの長老を睨み、フンと鼻を鳴らした。これまでにも、会ったことがあるのかもしれないな。
長老は、口を閉ざしている。だけど、やっと、白い不思議な魔物が竜神様の子だという驚きからは、復活したみたいだ。
「長老さん、また、ここに薬草を摘みにきます。あの子達も、連れて来ますね」
『にゃっ!? そ、そうか。竜神様の子が育つ様子を、我々に見せてもらえるのだな』
ゼクトさんが近くにいるためか、さっきまでとは違って、少しオドオドしているんだよな。白い不思議な魔物が、竜神様の子だと教えたからかもしれない。
なんだか、メリコーン達への覇王の効き方は、かなりゆるいようだ。僕が何かを命じていないからか。
泥ネズミ達に覇王を使ったときは、僕の命令を待っていた。覇王という技能は、いったん何かを命じることで、僕を『王』だと認識するのだろうか。
でも、メリコーンに命じるような用事はないんだよな。それに、ボックス山脈には、あまり来ないし。ま、いっか。
「じゃあ、ゼクトさん、そろそろ帰ります? 薬草は、急ぎなんですよね?」
「あぁ、だが、そこまで急ぎというわけでもないぜ。いま俺達が動くと、検問所まで追いかけて来そうだからな」
うん? メリコーンが?
「やはり、俺達を狙って、移動してきていますか」
マルクも何かを察しているらしい。移動してきている? この場所に、何かが襲ってくるのか?
一瞬、堕ちた神獣ゲナードのことが、僕の頭をよぎった。ボックス山脈にも、いろいろなことをしていたからな。
それに、ボックス山脈には、影の世界との接する地点もある。影の番人と呼ばれる奴らと、僕やマルクは、遭遇したことがあるもんな。あのときは、ゼクトさんが対処してくれたんだっけ。
「ヴァン、影の世界とは関係ないぜ。ふっ、懐かしいことを思い出してるじゃねぇか。俺は、あまり覚えていないがな」
ゼクトさんは、少し遠い目をしている。あの頃は、完全に心を閉ざしていたからか。
「ちょ、ゼクトさん、勝手に僕の頭の中を覗かないでくださいよ」
僕がそう言うと、ゼクトさんは、ククッと笑った。なんだか、イタズラ盛りの子供みたいなんだよな。伝説のハンターなのに。
「あー、アイツらか。俺は、空は苦手なんだよな」
ゼクトさんは、何かを察知したらしい。だけど、空を見上げても、何も見えない。
『人間、間違いだったと伝えたのだが……』
メリコーンの長老が、オドオドしているように見える。もしかして、様子がおかしい原因は、これなのかな。
そういえば、僕が従属を使う前に、瀕死のメリコーンが、何かを呼んだんだよな。今頃になって、助けに来たのか。
メリコーンが眷属化している魔物なのだろう。だけど、通常の眷属とは違う関係のようだな。呼ぶと、やはり、褒美を与えないと引き下がらないのか。
「長老さん、何が来るんですか。眷属化した魔物ですよね?」
『眷属にして遠ざけた魔物だ。だが、それは1体だけで……うぬぬ……』
なんだか、怯えているようにも見える。
バサッ!
突然、大きな何かが羽ばたく音が聞こえた。空を見上げて……僕は、固まってしまった。
『クァッ! にゃんにゃのぉ〜』
竜神様の子達と遊んでいたメリコーンが、絶叫している。あの子が呼んだのは、1体だけなんだよな。
空は、飛竜の群れで覆われていた。
竜神様の子達は、驚いたのか、ポヨンポヨンと僕の方へと逃げてきた。従属のメリコーンも、一緒だ。
ゼクトさんは、お手上げだというポーズをしている。だけど、全く、その表情に焦りはない。
「ヴァン、何とかしろよな」
「ちょ、飛竜の群れを、ですか? 離れすぎているから、魔獣使いの技能は使えないですよ」
マルクの方を見ると、手でバツをつくっている。マルクは、飛翔魔法を使えるじゃないか。
ど、どうしよう。
これは、スキル『道化師』の変化しかないか。だけど飛竜に化けても、負けるよな。機械竜か? いや、ダメだ。熱線を使うと、薬草の群生地を荒らしてしまう。
空に視線を移す。
飛竜は、十数体もいるじゃないか。おかしい。ここに餌があるとメリコーンが呼んだのなら、来るとしても、せいぜい数体だろう。
この数は、もしかして……。
「飛竜が、術を解除したんじゃないか? メリコーンは猛毒を使って眷属化するが、その毒が弱まれば、チカラの強いモノが有利だからな」
ゼクトさんも、同じことを考えたんだ。
チラッと、メリコーン達の様子を見ると、一部の変異種は、戦闘態勢に入っているみたいだ。だけど、そんなことをすると、飛竜が反撃して、薬草の群生地を火の海にしてしまう。
「どうしよう……」
僕が、そう呟いたとき、目の前に、大きな深緑色の何かが現れた。僕の従属のロックドラゴンの子竜だ。
『ほへ? チビ、何をしてるんだ?』
「チビドラゴンさん! ごめん、呼び出してしまった?」
『呼び出してしまったみたいだぞ。ここは、ぼくの知らない場所だぞ』
チビドラゴンは、キョロキョロとしていたけど、空に集まる飛竜に気づいたみたいだ。念話でもしているのか、ジッと空を見上げている。
「なんだか、飛竜が集まってきたんだ。メリコーンが呼んだみたいなんだけど、様子が変なんだよね」
『奴らは、餌を食いに来たんだぞ。だけど、チビは餌じゃないと言ってるのに、わからないみたいだぞ。ほへ?』
チビドラゴンは、僕の背後に隠れている竜神様の子達に気づいたみたいだ。いや、従属にしたメリコーンのことを見ているのか。
「この子達は、海にいる竜神様に、僕が親になって育てるようにと託されたんだよ。こっちのメリコーンは、従属だよ」
『チビよりもチビなんだぞ』
「うん、この子達は、子供だからね。チビドラゴンさん、あの飛竜達を追い払いたいんだけど、どうしたらいいかな」
『ほへ? チビが爺ちゃんの真似をすれば、逃げていくぞ』




