362、ボックス山脈 〜落ち着け、落ち着け
マズイ、マズイ、マズイ……。
頭の中が真っ白になってきた。守らなければいけないものが多すぎる。いや、ゼクトさんは大丈夫か。でも、草原で寝てるんだよな。
僕の足元には、ポヨンポヨンと体当たりをする竜神様の子が、3体いる。この状況にビビって、少しでも僕に近寄ろうとしているようだ。
どうしよう。マルクも、焦っているのが伝わってくる。落ち着け、落ち着け……あぁぁ、無理だ。
メリコーンは、何体いるんだ? いや、何十体、何百体だろうか。周りの背の高い草が揺れている。まさか何千体か?
それに、何よりヤバイのは、巨大な熊系の魔石持ちの魔物だ。メリコーンが眷属化しているなら、僕達を襲ってくる。あんな魔石持ちから、竜神様の子達をどうやって守ればいいんだ?
「おまえら、何を引き寄せてんだ?」
「あっ! ゼクトさんっ!!」
僕達のすぐ近くに、ゼクトさんが転移してきた。よかった、起きたんだ! マルクも、ホッとした表情だ。
「ヴァン、尻尾なんか振ってねぇで、さっさと動け」
尻尾? 生えてないよ。
ゼクトさんは、ニヤッと笑った。めちゃくちゃ安心する。もう大丈夫だ。よかった、助かった〜。
「言っておくが、こんな数のメリコーンは、俺には無理だぜ。それに、ここは貴重な超薬草の群生地だ。焼くわけにはいかない」
「えっ……ゼクトさん……」
無理だと言いつつ、ゼクトさんは余裕の表情だ。逃げるのかな。だよな、逃げればいいんだ。
「それに、逃げるわけにもいかない。メリコーンは、知能が高いからな。人間の個体識別ができる。きっちり収めないと、この場所に来るたびに、襲撃されるぜ」
「まじですか……」
草むらが、ぶわっと動いた。
何かが飛んでくる。何? 瞬時に薬師の目を使う。げっ、毒だ! しかも、皮膚を焼き溶かすタイプだ。あんなものに触れたら、大火傷になる。
だけど、僕達には、メリコーンが吐いた毒は届かない。マルクが、バリアを張ってくれているんだ。
地面から、ジューッと嫌な音がする。メリコーンの毒に触れた草は、一気に枯れていく。
メリコーンは、ツノに猛毒があるはずだ。まさか、毒を吐くこともできるのか。
「ヴァン、ほらな。俺には無理だぜ? この場所に生息するメリコーンは、他の魔物の特徴を取り込んで繁殖している。未知の変異種だらけだからな」
ゼクトさんは、そう言いつつも余裕の表情だ。
「ここは、メリコーンのナワバリなんですね。どうすれば……」
チラッと見えた毒を吐いた奴らは、馬系の小型の魔物に見えるけど、通常のメリコーンとは明らかに色が違う。
草むらの中を注意深く見ていくと、いろいろな個体がいる。魔獣使いの知識にはない変異種ばかりだ。通常のメリコーンは、半分もいないんじゃないか?
「ヴァン、メリコーンは任せる。ルファスの黒魔導士、魔石持ちを狩ろうぜ」
「そうですね。あの魔石持ちはマズイ。規定値を越えた魔石持ちが、うろつくなんて」
規定値? 何かの基準かな。
「ふん、王宮が定めた規定値はどうでもいい。知能が高い魔石持ちなら、別に放置で構わない。だが、アレはダメだ。簡単に操られるから、バカな人間の兵器にされる」
メリコーンに、簡単に眷属化されてるんだもんな。
「わかりました。じゃ、ヴァン、よろしくね。竜神様の子には、それぞれバリアを張ってある」
マルクはそう言うと、ゼクトさんと共にスッと消えた。
ちょ、ちょ、ちょっと……待ってくれ。
僕は、また、頭がチリチリしてきた。だけど、ボーっとしていられない。
ポヨンポヨンと落ち着きなく僕に体当たりを続ける子達を、メリコーンから守らないと!
薬草の群生地だから、火はダメだ。何に化ける? いや、でもこの数をすべて始末できる気がしない。
それに、スキル『道化師』の変化は、下手すると、空振りに終わる技能だ。この状況で使おうとして、何にも化けられなかったら……その無駄な時間が、致命的な失敗に繋がりかねない。
やはり変化は、リスクがある。いま、ここには僕しか、竜神様の子達を守れる者はいないんだ。
落ち着け、落ち着け。
ゼクトさんが、僕に任せると言ったのは、僕にしかできない何かを使えということだ。
ということは、覇王か。
周りの背の高い草むらが揺れている。じわじわと、近寄ってきているのか。メリコーンは知能が高い。どこにも突破口がないほど、完全に取り囲まれているだろう。
しかし、どの個体を選んで術をかける? 覇王を使えば、従属の成功率は100%だ。メリコーンは、僕と互角か、もしくは強いかも。
できれば、僕より弱い個体に使いたい。覇王を合わせることで、この戦闘力差なら、術返しはできないと思うけど……ボックス山脈にいる魔物に、その常識が通用するかはわからない。
あー、アイツにしようか。
僕は、瀕死の状態のメリコーンに近寄っていく。僕が動くと、草むらも動く。いつ、飛びかかってくるかわからないな。
だが、さっきの毒が通用しなかったことで、奴らは僕達の観察をしているようだ。弱点を探しているのか。
「キュ〜」
僕の後ろを、ポヨンポヨンと白い不思議な生き物が、不安そうについてくる。草むらの中で、白い身体は、目立つから見失う心配はないな。
それに、マルクは、3体にバリアを張ってあると言っていた。メリコーンの攻撃で、即死することはないはずだ。
「クァァァ!」
瀕死のメリコーンは、竜神様の子達が近寄ってきたからか、緑色の血がついた僕が近寄ったためか、威嚇してくる。
僕は、近くの薬草を摘み、スキル『薬師』の調合を使って、液体のポーションを作った。瀕死のメリコーンの状態に合わせた、特殊仕様にしてある。
そして、スキル『魔獣使い』の通訳、従属、覇王を使う。僕の身体から放たれた淡い光が、瀕死のメリコーンに吸い込まれていく。
「キミ、僕の言葉がわかる?」
『クァッ! にゃにゃにゃあ? にゃんにゃのぉ〜っ?』
変な話し方だな。馬系なのに……。
「キミと遊んでくれていたのは、僕が世話をしている子達なんだ。怪我をさせてしまってごめんね。すぐに治すから、じっとしていてくれる?」
『にゃに……を……にゃにゃっ?』
僕は、瀕死のメリコーンに、そっとポーションをふりかけた。うん、よく効いている。竜神様の子がつけた傷は、綺麗に塞がったようだ。
術をかけたメリコーンは、パッと立ち上がった。しゃがんだ僕と同じくらいの高さだな。目線が合う。
『にゃにゃにゃあ〜! な、にゃ、なななぁ』
コイツ、何を言ってるんだ?
あー、僕の後ろに隠れている竜神様の子達を、威嚇しているのか。
「キミ、まだ、どこか痛いとこある?」
『にゃにも……にゃにゃんなのぉ〜っ!!』
絶叫してるよ、この子。そして、キョロキョロしている。仲間に、何か知らせているのか。
僕は、魔獣サーチを使ってみた。
そうだ、そもそも魔獣サーチを使えば、この付近にいるメリコーンの数がわかるじゃないか。
サーチ結果を見て、僕は血の気が引いた。この草原全体ではない。この付近だけで、メリコーン2,563体、メリコーン変異種16,834体。その他は、見る気になれないほどの種類が並ぶ。
このサーチ範囲には、熊系の魔石持ちは含まれていない。草原全体に広げようか。だけど、魔力をかなり使いそうだな。情報量が多いと、ガツンと魔力を持っていかれる。
よく、こんな場所で、ゼクトさんは昼寝できるよな。
僕は、木いちごのエリクサーを口に放り込んだ。すると、僕の身体から放たれていた淡い光が、パッと広がっていく。
背の高い草むらが、激しく揺れている。覇王効果を受けて、メリコーンが混乱しているのか。
知能が高い魔物だから、抵抗があるのかもしれないな。泥ネズミに使ったときとは、随分と違うようだ。
『にゃっ、それは、なぁに?』
従属を使った個体が、鼻をひくひくさせている。
「エリクサーという薬だよ」
『にゃにゃっ、変な臭いがしたかも。クァッ! にゃんにゃのぉ〜っ!!』
自分に何が起こったのか、理解できていないようだな。これまでに、こんな経験をした個体が居ないためか。
泥ネズミは、多くが従属化されていたもんな。
「キミ達、みんな、僕達のことを殺そうとしてる?」
『にゃにゃあ!? で、できるわけないのぉ〜。なんだかわからないけど、ピカピカしてるもの。のわぁっ』
やはり、まだ混乱中か。
「僕達は、ここに薬草を摘みに来たんだ。この子達は、まだ生まれたばかりで、友達との距離感がわからないみたい」
『にゃにゃっ? あたしを食べようとしたのぉ』
あれ? 女の子?




