361、ボックス山脈 〜竜神様の子の狩り
「マルク、魔法袋を貸してくれない?」
調子に乗って薬草を集めすぎた僕は、魔道具を操作しているマルクの方へと近寄っていった。
「魔法袋なら、大きいのを持ってるじゃん。まさかの容量不足?」
「うん、足りなくなってきた」
僕がそう言うと、マルクは首を傾げながら、容量10キロの魔法袋を渡してくれた。だけど、これではすぐに足りなくなる。
「ヴァン、そんなに摘んだのか? でも、ヴァンが通ってきたところは、あまり摘んでないように見えるけど」
マルクは、僕の後方へ、魔道具を向けている。
「うん、根は地面に戻したし、ゆるい生育魔法もかけたから、薬草は生えてきたみたい。超薬草は、魔法では育たないけどね」
「どれだけ集めたんだ?」
マルクにそう尋ねられて、魔法袋を確認する。
「超薬草は、8キロくらいかな。薬草は、わからない。たぶん200キロか300キロくらい」
「へ? 俺は、超薬草だけを探しているから、まだ1キロも採ってないよ」
マルクは、少し悔しそうな顔をしている。
「農家の技能を使って、薬草の密集地を全部引っこ抜いてから、根だけを土に戻してるんだ。そして、中身を表示する魔法袋に放り込んで、薬草は、普通の魔法袋に移し替えてる」
僕がやり方を説明すると、マルクはポカンとしている。わかりにくかったかな。
「ヴァンには、敵わないな。そんなやり方、普通、思いつかないって。そもそも、全部引っこ抜けないし」
「農家の雑草を引き抜く技能だけどね。僕には、農家のスキルがないから、精度が低くて、使いにくいんだけど」
「あはは、でも、超薬草がそれだけ採れたら、もう十分だな。ゼクトさんの所に戻って、デネブに帰ろう。大量の薬草は、ポーションを作るの?」
うん? 超薬草は、これで十分なのか。
「ギルドが必要なら買い取りに出すよ。超薬草だけでは、薬は作れないから、ある程度、薬草も必要なんだ。同じエリアに生えている薬草は、掛け合わせの相性がいいんだよ」
「へぇ、それにしても、その量は多すぎない?」
「調子に乗ってしまったかも」
「超薬草も、買い取りに出し過ぎると値崩れを起こすから、気をつけないとね。たぶん、1キロくらいでも、大丈夫だよ」
マルクは、商人の顔だな。値崩れか……そんなことは考えたこともなかった。ドルチェ家での修行はキツそうだけど、いろいろな知識があって、すごいよな。
「マルク、なんか、すごい」
「はい? 何が?」
「上手く言えないけど、僕が知らないことを知ってるし」
僕がそう言うと、マルクはケラケラと笑った。
「やはり、俺達は、二人で一人前だな」
「なんか、最近、その言葉をよく使うよね〜」
すると、マルクは、少年のような笑顔を見せた。その理由は、わかっている。マルクは、いろいろな重責から解放される時間が嬉しいんだよな。
「みんな、こっちに来て」
声の届く範囲にいる竜神様の子達に、そう声をかけた。だけど、僕の言葉は理解しているはずなのに、何かに気を取られているのか、言うことを聞いてくれない。
はぁ、仕方ないな。
ゼクトさんの昼寝場所は、ちょっと離れている。あそこまで、この子達と離れるのは、やはり不安だ。
「マルク、こいつらを捕まえて行くから、先にゼクトさんのとこに戻ってて」
「あぁ、まぁ、うん、俺も捕まえるのを手伝おうか?」
そっか、マルクは、ゼクトさんと二人きりになるのは、辛いのかもしれない。
「普通に捕まえようとしても、無理なんだよね。コイツらは、泥ネズミと遊んでいて、なんだか反射神経が研ぎ澄まされたみたいで……」
「へぇ、泥ネズミが子守りをしているのか。あー、あのリーダーくんなら、子守りが上手そうだな」
マルクは、泥ネズミ達の会話を聞いたんだったよな。
「うん、リーダーくんが、全力で一緒に遊んでるよ。サポートをする子が呆れてたけど」
「あはは、王宮仕えの個体かな」
「えっ? 王宮仕え? 神官家じゃないの?」
「たぶん、王宮にいる神官じゃないかな。ノレア神父の側近というか……」
「まじ?」
「あー、でも、ヴァンが知らないなら、その方がいいのかも。知ると、従属を使っている人間が、始末するかもしれない」
やはり、そうだよな。賢そうな個体は、僕の近くにいることで、主人が生かしているような気がする。おそらく、こっそりと僕の情報を調べさせているのだろう。
「うん、知らないままでいいよ。あの個体が居なくなると困るし」
「へぇ、ヴァンって、せっかくの覇王を不思議な使い方しているよな。覇王持ちには見えない」
マルクは、ケラケラと笑っている。ゆるい使い方をしている自覚はある。だけど、別にそれでいいと思うんだよな。
竜神様の子達の方へ行ってみると、背の高い草の中で、何かを食べているみたいだ。
いつもなら、巨大な口を開けて丸呑みするのに、何かをかじっている。
「みんな、何を食べて……えっ?」
食べているのではない。魔物に食べられてるんじゃないのか?
「マルク! 来て」
僕が叫ぶと、マルクはすぐに駆け寄ってきてくれた。そして、竜神様の子達の様子を見て、あぁと呟いた。
いや、あぁ、じゃないだろ。
「コイツら、魔物に食われてる」
「ヴァン、狩りをしているんだよ。食われてるわけじゃない。噛まれているように見えなくもないけど、口を塞いでるんじゃない?」
「そ、そうかな。でも……」
「これも、この子達には必要な経験だよ。手出ししちゃダメだよ? 過保護すぎる」
また、過保護だと言われた。だけど、この魔物は、猛毒を持っている。ボックス山脈に棲む小さな魔物は、たいてい毒持ちなんだけど……。
あれ? ちょっと待った。この魔物って……確か、メリコーンだよな。僕は、魔獣使いの知識を探る。
メリコーンは、馬系の小型の魔物だ。そのツノに猛毒を持つ。ボックス山脈では群れを作り、互いに助け合う知能の高い魔物だ。
特に危険なのは、他の魔物を従える点だ。自分よりも強い魔物であっても、特殊な猛毒を使って、眷属化してしまう、
それに、敵に襲われたときには、群れを呼んだり、眷属を呼んだり……。嫌な予感がする。
「キュッ?」
白い不思議な生き物達は、パッと僕の近くに駆け寄ってきた。口には、緑色の液体がべっとりと付いている。
まさか、そんなので体当たり……するんだよね。
だけど、いつものふざけた体当たりではない。ポヨンと跳ね返ると、慌てて近寄ってくる。
「ヴァン、なんだか、囲まれてるけど……」
マルクが、僕の前に立った。そして、木いちごのエリクサーを食べたみたいだ。
「うん、この子達が、メリコーンを狩ろうとしたみたいだから……」
「えっ? アレってメリコーンなの? ちょ、ヴァン、マズくないか。ここは、ボックス山脈だよ」
「ヤバイと思う。この子達は、囲まれたのがわかって、怖がっているみたいだ。メリコーンの緑色の血を、僕にべっとり塗りつけてくれてるんだよね……」
マルクは、僕の服に水魔法をかけ、風魔法で一気に乾かしてくれた。だけど、無駄だと思う。すぐに、別の子が体当たりしてくる。
「ヴァン、その子達を洗える? 俺がやると攻撃だと勘違いするからさ」
「表面は洗えるけど、口の中までは洗えないから、無駄だと思う。それに、もう手遅れかな」
「だよな。どうしようか……ゼクトさんは寝てるよな」
そうだ、ゼクトさんは昼寝している。メリコーンに襲われてしまわないかな? 離れているから、大丈夫か。
クォォン!
竜神様の子達がさっき噛み付いていた、瀕死のメリコーンが鳴いた。
メリコーンは、背の高い草に隠れるほどの大きさしかない。風もないのに、草むらが揺れる。
それに……。
ドォォン!
ちょっと、待って。あんなに高い崖の上から、何かが飛び降りてきた。その衝撃で地面が揺れた。
グガァァァッ!
巨大な熊系の魔物だ。見た瞬間、頭の中がチリチリしてきた。コイツはヤバイ。絶対にヤバイ!
「ヴァン、あのバケモノは魔石持ちだ。まさか、あんなのを眷属化しているのかよ」
「どうしよう、ゼクトさんを起こさないと。あのバケモノがこっちに向かってくる途中に……」
ゼクトさんの昼寝場所がある。
「だけど、動けないだろ。竜神様の子達を放っておくわけにもいかないし……」
だよな。マズイ……。
あの魔石持ちの巨大な熊系の魔物は、マルクひとりでは無理だ。ボックス山脈の魔石持ちは、その辺の魔石持ちなんて比較にならないほど強い。
マルクは、魔石持ちの魔物を見ると、いつもなら嬉しそうな顔をするけど、今は違う。全く余裕のない表情だ。
ど、どうしよう。




