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36、ボックス山脈 〜極級ハンターの義務

 シーンと静まり返った中、奴らの足音だけが響いている。見えない怪物は、こっちへ来る!


 逃げなきゃいけないと思うのに、マルクは、しーっと言って動こうとしない。奴らは、湖の水を飲みに来るんだ。湖の上に、ふわふわと浮かんでいる場合じゃないよ。


「ヴァン、慌てるな。見つかる」


 マルクは小声でささやいた。僕は、コクコクと頷いたけど、パシャッと水音が聞こえて、思わず、ヒッと声が出てしまった。マズイ、まずい、マズイ……。


 水面が揺れている。


 異界の番人と呼ばれる怪物が、湖に足を踏み入れたんだ。どうしよう、僕のせいで、マルクまで……。




「身体を洗ったら、さっさと影の世界へ帰れ!」


 いつの間にか転移してきたゼクトさんが、何かの道具を使った。うわぁ、何、この光? 目を開けていられないほどの強烈な光に、視界が奪われる。


 あ、あれ? 何か見える。


 強い光の中に、湖で水浴びをしているような何かが二つ見えた。すぐ近くにいるのが、巨大すぎるゴリラのような魔物だ。付近の木々の三倍ほどの大きさだ。もう一体は、人間のような姿をしている。でも、普通のサイズではない。ゴリラのような魔物よりもさらに大きい。


 奴らが、異界の番人!?


 すると、あちこちから、奴らに向けて攻撃魔法が飛んできた。冒険者達にも奴らが見えているみたいだ。それを察したのか、奴らは、木々が踏み倒された方へと逃げていった。


 いや、逃げていったというより、何かに促されたように見えた。姿を見られたら戻るというような、何かルールでもあるのだろうか。



「異界を照らす閃光弾があるなら、さっさと使ってくれたらいいのに」


 近くにいた冒険者がボソリと呟いている。でも、ゼクトさんにギロリと睨まれて、ビクッとしていた。


 光が収まると、ゼクトさんは、ふわっと浮遊し、大地に何かを放り投げた。すると、その何かは、地面に当たって割れ、中から煙のようなものが噴き出し、この付近に一瞬で広がった。


 あっ、変な臭いが消えた。掃除をしてくれたんだ。


 だけど、ゼクトさんの近くにいる人も、魔物を解体して持っていた人も何も言わない。普通、ありがとうって言わない?


 でも、その雰囲気に慣れているみたいで、ゼクトさんは、無言でスッと姿を消した。ちょ、こんなのおかしいよ。




 彼が姿を消すと、隠れていた冒険者達は、あちこちからワラワラと出てきた。信じられないことに、なぜかゼクトさんへの文句を言ってる。


「マルク、どうして、みんなはゼクトさんのこと、悪く言っているの? 助けてくれたし、掃除もしてくれたのに、誰も感謝してないっておかしくない?」


 すると、マルクは苦笑いしながら、口を開いた。


「ヴァン、あの人の義務なんだよ。極級ハンターだからね。通常の冒険者が手に負えないことが起こると、それを収拾するのが極級ハンターの役割なんだ。それに、あの人のジョブは『ハンター』だからな」


「でも、ありがとうって言わないのかな。ジョブだから、やって当然だと思われてるのか?」


「みんなは、もっと早く来てくれたら、こんなに犠牲者は出なかったって思ってる。あの人も、わざと、ギリギリ遅いタイミングで来たんだ。ジョブ『ハンター』の種類は知られていないけど、たぶん『魔物ハンター』だと思う。だから、魔物から、みんなを守る義務があるんだ」


「別のハンターかもしれないだろう?」


「あぁ、でもジョブ『ハンター』の種類を言わないのは、魔物ハンターだよ。便利使いされたくないから、言わないんだ」


「あー、なるほど……。でもさー、ボックス山脈に入山するとき、自己責任だと言われたじゃない。今は通常の転移ができないんだろう? なかなか助けに来られなかったのかもしれないよ」


「まぁ、長距離転移はできないからな。でも、あの人は、関係ない自分まで襲われて迷惑だって言ってただろ? 近くにいなきゃ、襲われないぜ」


「……確かに、そうだな」


 ゼクトさんと冒険者達との関係は、こういうことの積み重ねで、ますます悪くなっていくように感じる。ゼクトさんは、あえて、そう仕向けているのかな。


 彼が、本当に近くにいたかどうかはわからない。近くにいたと思わせることを言っただけだ。


「ヴァン、あの人は、狂人なんだよ。そんな顔するなよ。ここからは、俺達の出番だぜ」


「えっ? 出番って?」


「さっきの魔物で怪我をした後に、異界の番人が現れたんだ。だから、誰も治癒魔法は使えなかっただろ? 魔法のマナは異界の番人に見えるからな」


 あっ、怪我人の治療か。




 マルクは、僕の腕をつかんだまま、湖の上からふわふわと湖岸へ移動した。ふぅ、やっと足が地面についたよ。長い時間、浮かんでいたな。マルクは、ぶどうのエリクサーを食べた。そうか、マルクにかなりの負担をかけたんだ。


「マルク、ありがとう」


「はい? あぁ、まぁ、うん」


 マルクはなんだか照れたみたいだ。そっか、マルクもいろいろとやってあげても、魔導士だから当然だと思われていたのかもしれない。魔導学校で、いつも冷めた目をしていたのも、そういうことなんじゃないかな。


 ゼクトさんと似た部分があるのかもしれない。ということは、ゼクトさんもきっと、ありがとうを言われたら嬉しいんじゃないかな。彼は感情がない幽霊みたいだと、マルクは言っていたけど。



「薬師のスキル持ちのお兄さん、手伝って! そっちのキミは魔導士かしら? 治癒魔法は使える?」


 薬師学校で講師をしていると言っていた女性が、僕達に声をかけてきた。確か、レミーさんだっけ? マルクは、彼女は有名なトレジャーハンターだと言っていた。


「あ、はい」


「怪我人は、一ヶ所に集められますか? 動けない重傷者もいますよね」


 マルクは、彼女に問いかけた。


「軽傷者なら集められるけど、治療が遅れて死にかけている人も多いわね。あれ? キミ、もしかしてルファス家の坊やじゃない?」


 マルクは、そう尋ねられても、ただ曖昧な笑顔を浮かべているだけだった。でも、それって肯定しているのと同じだ。


 彼女は、ホッとした顔をした。


「助かったわ。使える白魔導士がいないのよ。こんな場所には、ガッツリパーティなんか組んでこないからね」


「俺は、黒魔導士です。回復系の魔法はあまり使えません」


「でも、少しは使えるでしょ? とにかく足りないのよ。付近に生えていた薬草は、魔物のせいでダメになったからね。私達は、昨夜はほとんど摘んでいなかったから、全然足りないの」


 あー、確かに草花が元どおりになったように見えるけど、薬草はない。レミーさんは、何かを思い出したように僕の顔を見た。


「そうだわ。ヴァンくん、昨日摘んでいた薬草はあるかしら? 買い取りたいの」


 マルクをチラッと見ると、頷いている。うん、こんな状況だから、仕方ない。


「レミーさん、薬草はあまり持ってないです。摘んだ薬草は、すべてポーションにしてあります」


 僕がそう言うと、彼女は目を輝かせた。すると、マルクが口を開いた。


「ヴァンが作ったことを内密にしてくれるなら、そのポーションを提供しますよ。トレジャーハンターの貴女が持っているなら不思議ではない」


「わかったわ。上級のポーションなのかしら。ということは、ヴァンくんは、私と同じなのね」


 超級だとバレた? 三十歳前後に見える彼女のジョブが『薬師』ってことは、きっと今は超級以上だよね。ジョブ『農家』なら約十年で超級になるんだから。


「違いますよ。ヴァン、グミみたいなやつ、たくさん出して」


「う、うん」


「グミ? ポーションが必要なのよ?」


 僕は、ここの薬草で作った正方形のゼリー状のポーションを、マルクが広げた麻布の上にすべて出した。


「こんなにたくさんは、いらないんじゃない?」


 あ、マルクは、僕がすべて出したのだと思ったのかな。


「売ろうと思って、ここの薬草で作っていた分を全部出したんだけど、多すぎる?」


 すると、マルクは僕が言いたいことがわかったみたいだ。僕は、手持ちのすべてを出したわけじゃない。


「そっか、多すぎると思うけど、まぁ、ここで必要とする冒険者に売ればいいね。すべて買ってくれますか? トレジャーハンターさん」


「わかったわ。ひとつ食べてみてもいいかしら? 薬草で作ったと言われても、薬草のグミなら困るもの」


「試食してください」


 彼女は、ひとつ、口の中に放り込んだ。そして、左手を見て驚いた顔をしている。怪我をしていたのかな。


「ヴァンくん、貴方、超級ね。これは……知られてはいけないわ。私が特別ルートで手に入れたことにしておく」



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