359、自由の町デネブ 〜所長ボレロのお願い
漁師町リゲルの復興について話し合っていた集まりは、ノレア神父が帰ったことで、無事に解散となったようだ。
「ヴァンさん、貴方が、ノレア神父にあのようなことを言うとは……いや、驚きました」
新人のギルマスが、近寄ってきた。ボレロさんは、居ないみたいだな。
「あはは、はぁ、まぁ」
下手なことは言えないよな。
「ヴァンも俺も、精霊師のスキルがありますからね。ノレア神父は、優秀な精霊師を王宮に集めているので、それなりに、衝突することがあるんですよ」
マルクが、彼にそう説明してくれた。
衝突というより、一方的に敵視されているんだけどな。まぁ、ノレアの坊やだから、仕方ない。
マルクと共に、階段を降りていく。
「ヴァン、竜神様の子は、どんな感じ?」
「あぁ、うん、僕が起きたときに脱皮しててさ〜。干からびて死んでしまったのかと思って、めちゃくちゃ焦った」
僕が、一連の話をすると、マルクはケラケラと笑った。こういうときのマルクって、ほんと、子供みたいなんだよな。
「脱皮するってことは、竜神様が力を使ったからだね。竜というか、ヘビっぽい見た目だもんな。あははは」
「マルク、笑いすぎ」
「いや、だって、あははは」
マルクが階段で立ち止まって爆笑していると、貴族の何人かは不思議そうな表情で、僕達の横を通っていった。
ルファス家の顔と、ドルチェ家の顔を持つマルクは、貴族の人達の中では、こんな風に笑うことはないんだろうな。
そういえば、僕も神官家の一員になったんだ。
新たな神官家だけど、ドゥ家は、第四の神官家として、国王様から認められている。僕も、しっかりしないといけないよな。
リースリング村には、この件は知らせていない。婆ちゃんは、驚くだろうな。父さんは、どんな顔をするだろう。あまり、良い反応は想像できない。
だけど、そのうち知らせないといけないか。
階段を降りた一階の事務所には、ボレロさんがいた。そして、ボレロさんの横には、不機嫌そうなゼクトさんがいる。
「わっ! ゼクトさん、どうしたんですか〜」
僕は、思わず声をかけていた。
すると、ゼクトさんは、僕の方を向いて、フッと笑った。
「狂人が笑った」
二階から降りて来た貴族達が、驚きの表情を浮かべ、足早に去っていく。やはり、まだまだゼクトさんは、狂人扱いか。
「ボレロ、俺よりも、コイツらに言え。超級薬師と、探知器コレクターだ」
探査器コレクター? マルクのことだろうか。マルクは、苦笑いなんだよな。
「ヴァンさん、マルクさん、お疲れ様です。ゼクトさん、急ぎなんですよ。この町では、まともな薬草ハンターの登録がありません」
「薬草採取の報酬を10倍にすれば、あちこちからまともな薬草ハンターが集まるぜ」
「そのうち薬草畑も作っていきますが、超薬草は、栽培できないですから。お願いします! ゼクトさんしか、居ないんですよ」
ボレロさんは、珍しく必死だ。相手がゼクトさんだからなのかな。いつもは、もっと余裕のある話し方をするのに。
「ボレロさん、超薬草が必要なんですか? 薬なら、調合しますけど……」
「ヴァンさん、それもお願いしたいのですが、圧倒的に足りないんですよ。ヴァンさんに、ずっと薬を作り続けてもらうわけにもいかないですし」
「足りない? そんなにたくさんの重傷者が?」
確かに、漁師町リゲルの住人に、怪我人は少なくない。だけど、マルクが渡していたポーションで、とりあえずは何とか改善できているはずだ。
少なくとも、超薬草が必要な人は、昨夜はいなかったよな。
「漁師町リゲルの人達に、何かあったんですか」
僕がそう尋ねると、ボレロさんは首を横に振っている。そして、なぜかキョロキョロして、口を開く。
「ヴァンさん、この町って、とっても安全じゃないですか〜」
「へ? あ、はぁ」
「それに、ドルチェ家が何店も出店していますし」
ボレロさんは、マルクの方をチラッと見た。マルクは、何か、ピンときたみたいだ。
「ボレロさん、もしかして、集まってきてます?」
「ええ、集まってきてます。この町には極級薬師は居ないのに、王都から呼びつけてるようです」
マルクは、やはりというような表情をしている。何が集まってきているんだ? ドルチェ家を狙った暗殺者?
「ボレロ、それを先に言えよ」
ゼクトさんは、ニヤリと笑った。何か、企んでいる?
「ゼクトさんに、そう言うと、絶対に断るじゃないですか。貴族も神官家も、関わりたくないって……」
あれ? 暗殺者じゃない?
「ククッ、間抜けな顔をしてるコイツを助手に付けるなら、引き受けてやってもいい。ただ、オールスの飯の世話をおまえがやるという条件付きだ」
間抜けな顔?
「助かります。ぜひ、それでお願いします! ヴァンさんも、今から行けますか?」
「へ? えーっと、僕も、餌やりが……」
「餌って、何だ? あー、竜神の子を押し付けられたってやつか」
ゼクトさんは、ニヤニヤと面白そうな顔をしている。まさか、さっきの脱皮事件の話が聞こえていたんじゃないよな?
「はぁ、まぁ」
「片親は、何だ? 魔物か? あー、ウォーグだな。ドルチェ家の倉庫で飼うらしいが」
「はい、そうなんです」
「ウォーグか。死んだ親の体内から、竜神が取り出したか」
「竜神様は、何かの術を使われて……子供達は、腹を引き裂いて、自分で出てきて、親を丸呑みして……」
「じゃあ、そいつらは、育てば人化する。見た目は獣人だろうが、片親がウォーグなら、結構強くなるぜ」
ゼクトさんの言葉に、ボレロさんは目を輝かせた。
「ヴァンさん、子供達も、ぜひボレロが担当させていただきた……痛っ!」
ボレロさんは、ゼクトさんにゴチンと殴られている。ゼクトさんが、こういう行動をするってことは、彼を信頼しているということだろう。
「ボレロ、気の早い話をするな。竜神の子は、ハズレが多いぞ。キチンと育てないと、ボックス山脈送りだな」
ボックス山脈送りって……害獣ってこと?
「ゼクトさん、それって……」
「だから、おまえに託したんだろ。竜神が託すということは、危険な力を秘めているということだ」
そんな……責任重大だ。
「ヴァンさんは、極級『魔獣使い』ですもんね」
ボレロさんがそう言うと、ゼクトさんがキッと睨んでいる。あまり言いふらすなということだよな。
「ボレロ、それを竜神の前で言うと、命の保証はないぞ。竜神の子を、魔物や獣だと言うとはな」
「あっ……た、確かに……」
焦るボレロさんの姿を見て、僕は苦笑いをするしかなかった。僕は、言ってしまったんだよな、タブーだなんて知らなかったから。
「じゃあ、ボレロ、さっさと手続きをしろ。ルファスの黒魔導士、おまえも行くか?」
「どこに集めに行くのですか」
ゼクトさんは、マルクのことを、ルファスって呼ぶんだよな。以前は、黒魔導士としか言わなかったから、進歩なのかもしれないけど。
「そうだな、まぁ、ボックス山脈だな。あまり時間をかけていられない。ボックス山脈なら、何でもあるだろ」
超薬草を集めるなら、薬草の平原に行く方がいいんじゃないかな? 何か、他に目的があるのか。
「そうですか、それなら、俺も同行させてください」
えっ? マルクも行くの? ゼクトさんのこと、イマイチ苦手みたいだけど。
「ボレロ、聞いたか? さっさと依頼書!」
「はい、今、やってます。ヴァンさん、ランク上げます?」
「上げません!」
僕は、当然、即答だ。
「あはは、かしこまりました」
なんだか、報酬は、ボレロさんの裁量で決まるみたいだな。まぁ、ボレロさんは、この町の冒険者ギルドの所長だけど。
冒険者カードを一瞬、提示して、受注完了だ。内容は、ざっくりしていて、可能な限りの超薬草の採取。報酬は、超薬草の適切な買取価格を上乗せされるらしい。
ゼクトさんとマルクと一緒にボックス山脈に行くなんて、夢みたいだ。ワクワクが止まらない。
ギルド横の建物を出ると、ゼクトさんは、すぐに転移魔法を唱えた。
「えっ? ゼクトさん?」
到着したのは、ドゥ教会の前だ。ボックス山脈に行くんじゃないのか?
「おまえの子供も連れて行くぞ」
ニヤニヤしながら、ゼクトさんがそんなことを言う。キョトンとしていたマルクは、なるほどと頷いた。
「意味がわからないんですけど……もしかして、ボックス山脈送りですか」
「バカか、おまえ。いいから、連れてこい。気の強い嫁にも、言っておけよ」
「ちょ……」
ゼクトさんまで、僕が神官様と伴侶になったことを知っているんだ。
僕は、教会の中へと、入って行った。




