表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

358/574

358、自由の町デネブ 〜ノレア神父の怒り

 ギルドの隣の建物の二階には、ノレア神父以外にも、たくさんの人が集まっている。


 マルクの姿もあるし、見たことのある貴族の人達もいる。この町に別邸のある主要な人達を集めたのか。



「おまえ、竜神様から、何かを託されたらしいな」


 ノレア神父は、敵意を隠さない。


「あー、はい、まぁ」


 彼が何のことを言っているか、わからない。下手なことは言えないよな。また、嫌味だと言われそうだ。


 それに、さっき、マルクにひどい言い方をしていたことも気になる。一体、何があり得ないんだ?



「それは、北の大陸の調査か?」


 あれ? 竜神様の子のことじゃないのか。


 僕は、チラッとマルクの方を見た。マルクは、かすかに頷いている。ノレア神父は、この件で、あんなことを言っていたのか。


「ノレア様、精霊ノレア様から、聞かれたのではないですか? こんな町に出向いて来られたのは、何のためですか」


 マルクが手でバツを作っている。うん? 精霊ノレア様の話をしてはいけなかったのかな。


 ノレア神父は、ものすごい怒りの形相だ。ノレアの坊やが拗ねていると考えると、なんだか可愛らしくも見える。


「おまえ! 何様のつもりだ!? ワシに一度ならずも二度も、そんな口を叩くとは」


 ノレア神父が、そこまで怒りに震えている理由がわからない。精霊ノレア様に、何か叱られたのだろうか。


 見た目を初老の姿にしているということは、敬意を払われたいという気持ちの裏返しだろう。彼は、精霊としては、まだ子供だ。


 そんな子供が、神官三家の取りまとめなど、できるわけがないんだ。


 精霊ノレア様が、以前に言っていた言葉を否定するつもりはない。だけど、未熟なノレア神父を神官三家が助け合って支えていくという構造は、けがれなき精霊様の理想だ。人間は、どんな人間も、何かの欲に取り憑かれてしまうんだ。



「おまえは、完全に悪霊に心を支配されているようだな。なぜ、精霊師でいられる? あの悪霊が手を回しているのか」


 意味がわからない。


 マルクの方を見ると、苦笑いだ。なるほど、絡まれているだけなんだ。ノレア神父には、多くの貴族は反論さえできない。マルクが何か反論したとも考えにくい。


「ノレア神父、僕が遅くなったことはお詫びします。申し訳ありません。ですが、一体、何をそんなに怒っておられるのですか?」


「は? おまえが無礼なことばかり……」


「ノレア神父は、お忙しい方ですよね。ご用件をおっしゃってください」


「お、おまえ、なめた口の利き方を……」


 ノレア神父の怒りに、集まっていた人達は、ハラハラしている。だけど、なぜか僕は、怖くないんだよな。



 しばらく、重苦しい沈黙が続く。


 耐えられなくなったのか、王宮の魔導士が、口を開いた。


「ヴァンさん、ここでは、漁師町リゲルの報告会を行っていました。そして、復興のための役割を決め、それについての、王宮としての許可をノレア神父が代行されています」


「なるほど、適任ですね」


 僕は、素直にそう言ったのに、ノレア様は、キッと僕を睨む。彼の余裕のない行動に、少し疑問を感じる。


「具体的な復興についての話は、決まりました。いま、ノレア神父が話されていた件について、不明な点が多く、話し合いが止まってしまいまして……」


「おい! 魔導士。何も不明だとは言っていない。ルファスの黒魔導士が、頭のおかしなことを口にするから、話が止まっただけだ」


 なるほど……ノレア神父が、話の進行を止めてしまったのか。面倒くさい人だな。



 マルクの方をチラッと見ると、少し疲れた顔をしている。だよね、マルクには、精霊ブリリアント様の加護しかない。悪意ある言葉には、輝きの精霊は無力だ。


 しかし、こんな風にマウントを取りたがるノレア神父なら、僕が下級『神官』のスキルを得たことを使えば、圧倒的に、権力を誇示できるんじゃないのか?


 僕は、神官としては、最下位だ。一方、ノレア神父は、神官三家を取りまとめる最高の権力者なんだから。


 こんなことを考えていても、ノレア神父は気づかない。


 あー、そっか。それがイライラの原因なんだ。きっと、デュラハンが僕の考えを隠している。そのデュラハンの術を突破できないから、こんなに敵意をむき出しにしているのか。



「ノレア神父、精霊の子として、そのような言動はいかがなものでしょう? 堕ちた精霊が見せるような悪意ですね。お気づきですか」


 僕は、ガツンと嫌味を言ってやった。デュラハンが、そう言えと言ったからなんだけど……うん? 


 なぜか予想とは違って、ノレア神父は反論してこない。反論されたら、言い返す言葉を用意してあるんだけどな。



「それが理由か……竜神様が、ワシではなく、おまえに託すのは……」


 ノレア神父は、今にも泣き出しそうな表情を見せている。初老の姿をしていることを、忘れているのかな。


「北の大陸の件でしたら、僕が無断でやらかしたことの罰のような感じで、竜神様から命じられました」


 竜神様の子を勝手に増やしたから、黒い氷をなんとかしろと言われたもんな。罰のつもりじゃないだろうけど。


 おそらく、海竜を守るために、竜を統べる者として当然の仕事をしろと、言われただけだ。


 だけど、僕のこの言い方は、ノレア神父には……。


「フフフ、なるほどな、理解した。フフフ、所詮は悪霊の主人だ。北の大陸の件については、どうにもできまい」


 予想以上に、喜んでいらっしゃる。



 一応、少し弁解しておこうかな。


「まだ、何も調査どころか、現地を見ていないので……」


「おまえには不可能だ! 竜神様は、おまえが失敗して、永久に溶けぬ氷に閉じ込められる、と考えての命令だろう。いかに悪霊の加護があっても、人間があの氷に囚われれば、即死だ」


「えっ、即死……」


 僕が動揺したことで、ノレア神父はニヤリと笑った。この人、本当に闇堕ちしてないか?


「当然だ。神の怒りに触れると、精霊の加護など何の役にも立たない。堕天使も無理じゃぞ? 天兎ではなく、奴は悪霊だからな。フフフ、精霊や天兎、そして神官でなければ、即死だ」


 ノレア神父は、ゲラゲラと笑っていらっしゃる。楽しそうだねー。ほんと、闇堕ちしてないか?


 僕は、今の言葉で、少し落ち着いた。僕には、下級だけど『神官』のスキルがある。溶けない氷に触れてしまっても、即死はしないのだろう。


 北の大陸を作ったのは、北の海に捨てられたベーレン家などに生まれた人間だ。彼らの中には、何人も神官のジョブを持つ者がいただろう。


 氷の神獣テンウッドを閉じ込めている氷の檻を砕き、それを利用して北の大陸を作り上げたのは、ジョブ神官の奴らだ。


 溶けない氷に直接触れないようにしていたかもしれないけど、神官のスキルには、氷の檻に使われている溶けない氷への耐性があるんだ。



 僕が黙っていたことで、部屋の中では、機嫌の良さそうなノレア神父の笑い声だけが響いている。



「ふん、そうと決まれば、こんな場所にいる必要はない。帰るぞ」


 ノレア神父は、王宮の魔導士達に声をかけた。


「あ、あの、ノレア神父……」


 新人のギルマスが、ノレア様に声をかけた。彼もここに居たんだ。気づかなかった。


「なんだ? まだ、何か用か?」


「話し合いが途中になっています。漁師町の……」


「漁師町リゲルのことは、すべて承認したではないか。北の大陸のことについては、おまえ達には無理だ。手出しを禁じる」


「では、北の海での死者の捜索や、漁の再開については……」


「そんなものは、ワシが承認するまでもないだろう。好きにすればいい。ただし、北の大陸には、近寄るな。北の大陸付近に漁場があるかは知らんが、近寄って遭難しても、王宮は助けない」


「か、かしこまりました」


 ノレア神父は、先程とは違って、機嫌の良さそうな表情で、集まった人をぐるっと見回した。


「ルファス、そして悪霊の主人、わかったな?」


 念を押すように僕達にそう言うと、ノレア神父と供の王宮の魔導士達は、姿を消した。



 一気に、部屋の中の空気感がゆるんだ。



「はぁぁ、もう、ヴァン、ヒヤヒヤしたよ」


 マルクは、げんなりした表情だ。


「マルク、ごめん。合図の意味がわからなかった」


「ノレア神父の機嫌が悪いから、無難にっていう合図だよ。まぁ、結果的には良かったのかもしれない」


「竜神様の子のことで、来られたのかと思ったよ」


「あぁ、それなら、ノレア神父は気づいてないよ。気づいたとしても、気にしないんじゃないかな。海にいる竜神様には、子が多いからさ」


 マルクは、安心したのか、ヘナヘナと座り込んだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ