357、自由の町デネブ 〜王宮からの使者?
泥ネズミの解説によると、竜神様の子達は、自分の抜け殻をまるっと飲み込んだようだ。他の個体の抜け殻は、食べないみたいだ。
しかし、コイツら……。
泥だらけで体当たり……まぁ、いっか。教会内でも中庭でもダメって言うと、道に出て行ってしまうかな。
僕は、叱ろうと思ったけど、諦めた。
そして、水魔法で水の玉を作り、泥まみれの子達の頭からパシャリとかけた。
「キュ〜ッ!」
喜んだのか、飛び跳ねているうちに、また泥だらけだ。次は、風魔法も使おうか。
再び、水魔法で水の玉を作ると、白い不思議な奴らは、自ら飛び込んでくる。はぁ……遊びのつもりだろうか。
僕は、すかさず風魔法で、水分を飛ばそうと考えた。いや、だが、皮膚が乾きすぎると、コイツらは辛いのか。
もう、いっか。
泥だらけで、体当たりをしてくる。ふぅん、なるほど、そっちがその気なら……。
僕は、泥だらけにされたジャケットを脱ぎ、体当たりしてくる奴をジャケットで包んで捕まえた。すると、何かに包まれるのが好きな奴らは、他の個体もジャケットに飛び込んできた。
まさかのおとなしい個体も、飛び込んできて、泥まみれだ。はぁ、ほんとにコイツら……。
ビリビリとジャケットが破れる音がする。もうこれはダメだな。腕の部分を縛ると、なんだか不思議な巾着袋が出来上がった。
振っても落ちない。コイツらが、服にしがみついているのだろうか。皮膚の特徴かもしれない。
「キュ〜ッ!」
振ると楽しそうな表情をするんだよな。あはは、なんだか、面白い。だけど、3体を振り回していると、腕がしびれてくる。
昨日より、さらに重くなっているような気がする。成長したのかな。いや、まさかね。
『我が王! それは、何なのでございますですか?』
ありゃ、リーダーくんが目をキラキラさせている。そっか、ハンモックが好きだもんね。
「この子達が、僕を泥だらけにするから、捕まえたんだよ」
『ぬぉぉっ、我が王を泥だらけにすると、捕まえっこ遊びができるので……ぶふぉっ』
あはは、リーダーくんに、賢そうな個体が飛び蹴りをしているよ。身の程をわきまえろと、怒鳴っている。
賢そうな個体は、主人が神官家の誰かだから、泥ネズミとしての諜報などの役割に徹する、固いところがあるんだよな。
一方、リーダーくんは、僕の従属だから、なんというか自由なんだよね。
泥ネズミ達の一部は、ほんと、無邪気なんだ。小屋の裏庭に、泥ネズミ達の遊び場を作ったからかな。リーダーくんっぽい子が、それなりの数いることがわかった。
「リーダーくん、この子達に、身体の汚れの落とし方も、教えてやって。泥だらけで体当たりすると、教会に来る人が困ってしまうよ」
『我が王! かしこまりましたでございますです! ぶるぶるができないので、教えるのでございますですっ』
ふふっ、リーダーくんは、子守りに向いているかもしれない。ただ、賢そうな個体がついていてくれないと不安だけど。
そう考えていると、賢そうな個体は、僕に深々と頭を下げている。任せろってことかな。ふふっ、いいコンビだよね。
「ちょっと、ヴァン、そんな格好で何をしているの?」
振り返ると、枯れた花を持つ神官様がいた。入れ替えが終わったみたいだな。
「えーっと……」
「その服ではダメよ。着替えてから行きなさいよ」
彼女は、そう言うと、僕に何かの包みを差し出した。
「これって?」
「簡単なサンドにしたわ。時間のあるときに食べなさい」
紙で包まれた何かを受け取った。パンの香りがする。ま、まさか、神官様が僕のために?
「ありがとうございます! 作ってくださったんですか」
「作ったってほどじゃないわ。挟んだだけだもの」
「嬉しいです!!」
「王宮の使者から、すぐにギルドに来てほしいと、催促の連絡が来たわ。服は、ちゃんとしなさいよ。背中も泥だらけよ」
神官様は、少し照れたのか、早口でそう言うと、教会の中へと戻っていった。
不思議な巾着袋を木の枝に引っかけ、僕は、紙を少し開けてみた。大きなパンに、何かを挟んであるようだ。食べやすくするために、紙で包んであるのか。
「キュッ?」
「キュ〜ッ」
『我が王! この庭の木にも、もっとたくさん袋を吊るして……ふぎゃっ』
リーダーくんは、竜神様の子達が木の枝を揺らしていることが、羨ましいらしい。だけど、教会にハンモックはダメだろう。
「リーダーくん、ハンモックは、僕の小屋の裏庭だけのおもちゃだよ。これは、僕の服だから、すぐに破れてしまうよ」
『ここにもあると、楽しいのでございますですが……』
ふふっ、残念そうな顔だな。一方、そんなリーダーくんを見て、賢そうな個体は、ため息をついている。
「じゃあ、僕は、ギルドへ行かなければいけないから、この子達の世話、お願いするね」
僕がそう言うと、泥ネズミ達は頷いているんだけど……リーダーくんは、僕の破れたジャケットの不思議なハンモックを、羨ましそうに眺めている。
ふふっ、面白い。竜神様の子と、精神年齢が近いのかもしれないな。
◇◇◇
僕は、服を着替え、歩いてギルドへと向かった。
途中、とんでもない空腹を感じ、神官様に作ってもらったサンドパンをかじる。紙で包んであるから、歩きながらでも食べやすい。
パンの中には、焼いたハムとポテトサラダが詰まっていた。ハムは、少し焦げていて苦い部分もある。急いで作ってくれたみたいだ。
ポテトサラダをパンに挟むというのは、初めてだ。彼女は、冒険者のときは、こんな軽食を食べているのだろうか。
彼女の知らなかった一面を知ることができて、少し嬉しい。でも、できれば、一緒に食事をしたいよね。
「あっ、ヴァンさん、いま、別の者が、お迎えに行ったんですよ」
池が見えてきた頃、見たことのある顔に声をかけられた。冒険者ギルドの職員さんか。
「こんにちは。入れ違いになってしまいましたね。僕は、朝食を食べながら歩いてきたので」
「えっ? 朝食?」
「あー、あはは。ちょっと爆睡してしまって、今さっき、起きたばかりなんです」
僕がそう答えると、彼は、何かピンときたような表情を浮かべた。
いや、それは勘違いですよ? 僕は、ソファで一人で爆睡してしまったんだから。
だけど、ソファのまわりは、竜神様の子達の抜け殻だらけだったよな。アイツら、もしかして、僕の上で寝てたのか?
「王宮からの使者というのは?」
僕は、意味深な笑みを浮かべる職員さんに、あえて仕事の話をしてみた。すると、やっと変な笑みは消えてくれた。
「漁師町の件です。ほとんどの対応は、ルファス様がされていたのですが、ヴァンさんにも直接尋ねたいことがあるそうです」
「それって、尋ねたいんじゃなくて、仕事を押し付けたいってことでしょうか」
「おそらく、そうだと思います。冒険者ギルドにも、大量の依頼をされたので、漁師町の再建についての話だと思います」
この職員さんは、知らないのか。おそらく、北の大陸の件だろうな。
漁師町リゲルの再建なら、僕にできる仕事はない。僕のスキル『木工職人』は、まだ中級だからな。
その職員さんに、ギルドの隣の建物へと案内された。新しく増設した事務所だっけ。冒険者は、立ち入ることのない建物だ。
一階は、ギルドの事務所と、王宮の魔導士や兵の詰め所になっているようだ。
「ヴァンさん、二階へ、お願いします」
そう言うと、僕を案内してくれた職員さんは、事務所の中へと入っていった。なんだか、逃げるような感じだな。二階へは、上がりたくないのか。
僕は、階段をのぼっていく。すると、何か声が聞こえてきた。
「だから、あり得ないと言っているだろう。洗脳でもされたか? 精霊師が、何と情けないことだ」
うわっ、この声……。
僕は、思わず引き返したくなった。だけど……。
「遅い! どれだけ待たせる気だ? 調子に乗っているようだが、身の程をわきまえろよ!」
初老の姿をした、ノレア神父だ。
まだ、階段をのぼっている途中なのに……まぁ、バレるか。
「ノレア様がいらっしゃるとは知りませんでした。僕は、ちょっと爆睡していまして……」
「ふん、ワシがこの町に来たことは、おまえの悪霊は気づいているはずだが?」
悪霊? どっちだ? ノレア様が言うなら、デュラハンのことか。
「すみません、僕が眠っていたから、知らせてこなかったようです。ノレア様が、わざわざ、どうなさったのですか」
僕がそう尋ねると、マルクが何か合図をしてきた。何? ダメ?
「さすが悪霊の主人だな。このワシに嫌味を言うか」
げっ、怒った?
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次回は、11月29日(月)に更新予定です。
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