356、自由の町デネブ 〜ヴァン、めちゃくちゃ焦る
ゴーン! ゴーン!
僕は、教会の何かを知らせる鐘の音で、目が覚めた。えーっと……神官様を待っていて、ソファで眠ってしまったのか。
僕の身体には、草色のブランケットがかけられている。ふわりと、神官様の髪の香りがする……ような気がする。
上体を起こして窓の方を見ると、朝の日差しではない。昼を過ぎているかもしれないな。
さっきの鐘の音は、昼を告げる鐘だったのか。めちゃくちゃ爆睡してしまったじゃないか。
食卓の上には、パンの入ったバスケットが置いてあるようだ。僕が食べてもいいのかなぁ?
ソファから立ち上がろうとして、床を見ると、白い何かが落ちていた。大きなタオル? いや……。
「う、うわぁ!!」
僕は、その白いモノを手に取り、思わず叫んでしまった。周りをキョロキョロと探すと、草色のブランケットの上にも一つ、そして、床に、もう一つ落ちている。
僕の頭から、サーッと血の気が引いていく。
「どうしました!? 旦那様!」
慌てた様子で、子供が二人、食卓のある部屋に駆け込んできた。は、恥ずかしい。だけど……。
「竜神様の子が、干からびてしまったんだ。どうしよう」
僕は、手に持つ白いモノを子供達に見せた。片親が水辺の魔物だから、やはり、乾燥に弱いんだ。
まだ、少し重さは残っているけど、モチモチ感もツヤもない。突いても、全く動かないんだ。
薬師の目を使ってみたけど、生体反応はない。わずかな魔力を秘めているけど、卵の状態で干からびてしまったんだ。
「あ、あの旦那様……」
子供達が不安そうな顔をしている。
「みんな、ごめん。ちょっと、僕、いま、余裕がない」
「は、はい……」
冷たい言い方になってしまったか。子供達は、コソコソと相談しているようだ。
はぁ、僕は、もう……。
しかし、どうしよう。竜神様から託されたのに、たった一晩で、死なせてしまった。
あっ、そうだ! ラスクさんなら、蘇生できるだろうか。
僕は、白く干からびた竜神様の子を拾い、神官様の屋敷から出て、教会へと歩いて行く。後ろから、心配して子供達がついて来てくれるんだよな。
やばい、涙が出そうになる。
外の道へは、教会を通り抜けないと出られない。誰にも会いたくないけど、仕方ないか。
教会の中へと入っていくと、神官様は、柱にかけてある花瓶の花を入れ替えているようだった。
たくさんの花を持つ彼女は、美しい。
涙で景色がにじんでくる。
「あら、ヴァン、やっと起きたのね。もう、昼を過ぎているよ」
「は、はい……」
返事をするだけで、精一杯だった。とにかく、早くラスクさんと連絡を取らなければ! 時間が経つと、蘇生魔法の成功率が下がってしまう。
神官様の横を通り過ぎようとすると、彼女は首を傾げた。
「ヴァン、そんなものを抱えて、どこに行くの?」
なっ!? そ、そんなもの?
神官様は、これが竜神様の子だとは、わかってないのか? それとも、彼女にとって、白い不思議な奴らは、その程度の存在なのか。
昨夜は、僕が親になるなら、私も親だと言ってくれたのに……。あまりにも、冷たい。彼女は、そんな人だったのか?
僕の目からは、ツツ〜ッと涙があふれてきた。
はぁ、まただ。かっこ悪い。だけど彼女が、そんなことを言うなんて……信じられない!
「ちょっと、ヴァン、なぜ泣いているのよ?」
神官様は、キョトンとして首を傾げる。かわいい。いや、違う。なぜ、そんなに無神経でいられるんだ!
僕が口を開こうとしたとき、子供達が、神官様に何か耳打ちをしているのが見えた。さっき、僕が叫んだことを報告しているのか。
チラチラとこちらを見ながら話されると、疎外感を感じる。僕は、この教会では、よそ者だもんな。
彼女は、なんだか、面白そうな表情をしている。
僕が、竜神様の子を死なせてしまったことが、そんなに面白いのか。彼女が、そんな人だなんて……。
「キュッ?」
えっ? アイツらの声が聞こえた? 生きている?
腕に抱えた白く干からびたモノに、視線を落とす。だけど、全く動かない。空耳だったのか。
「フラン様、ラスクさんは、どこにいるかわかりますか」
「えっ? えーっと、王宮から使者が来ているから、ドルチェ家の屋敷じゃないかしら。ヴァンも、起きたら来るようにと、呼ばれているけど……」
「そうですか……」
僕は、教会の中を通り、外へと向かった。
「ちょっと、ヴァン! ごはんくらい食べて行きなさい」
「そんな気になれません」
なんだか、彼女が笑っているような気がして、僕は、さらにイラついた。いや、悲しくなってきた。なぜ、笑っていられるんだよ?
うん? ドルチェ家?
中庭に出た所で、僕は立ち止まった。どのドルチェ家だろう? この町には、ドルチェ家の別邸は、複数あるはずだ。
王宮の使者が来ているなら、当主の屋敷かな。だけど、マルクを訪ねてくるなら、フリージアさんの屋敷?
そういえば、マルクの別邸がどこにあるか、知らないんだよな。池の近くに、店を出すとか言っていたっけ?
『我が王! にゃはははは〜。今朝来た、王宮の使いでしたら、ギルドにいるのでございますです! にゃははは』
うん? リーダーくん? なんだか、変な笑い方をしているよね。
姿を探すと、奥の花壇で飛び跳ねる泥ネズミ達の姿を見つけた。花壇といっても、まだ花が植えられていない花壇だ。
何かが飛び交っている。泥だんご?
『にゃははは〜、当たらないのでございますよ。しゅたたたた〜って……ふぎゃっ』
僕の方に、何かをアピールしていたリーダーくんの頭に泥だんごが命中したようだ。
「キュ〜ッ!」
「キュッキュ〜ッ!」
えっ? 竜神様の子の声? だけど、白い姿は見えない。
「キュ〜ッ」
うん? 背後からも、声がした。
振り返ると……居た!!
僕のすぐ後ろに、白く太短い竜神様の子が1体。
「えっ……な、なぜ? ええっ? これは……」
僕の腕の中には、白く干からびた竜神様の子がいる。いや、ちょっと待った。これって……。
「キュ〜ッ、キュッ」
何? 何を言ってるの?
『我が王、この個体は、泥遊びが嫌だそうです』
目の前に、賢そうな個体が現れた。
「そうなの? あの花壇で、何してるの?」
『はい、あのバカが、神官様におねだりをして、花壇に水を投入してもらって、泥の投げ合いを……』
よく見ると、花壇では、泥ネズミ達よりも、かなり大きめの何かも飛び跳ねている。
「キュ〜ッ!」
「キュ、キュッ」
「えっ? 何て言った?」
『泥まみれの2体が、我が王の足にくっついている個体に、泥遊びへの参加を誘っています』
「あの花壇にいる少し大きめな土色の何かが、竜神様の子?」
『はい、今朝早くから、ずっと、あんな調子です。あのバカのバカが移ったのかもしれません。心配です』
「そ、そっかぁ、よかった」
僕は、力が抜けて、思わず地面にへたり込んでしまった。
よく考えれば、コイツらは脱皮したのか。ヘビみたいだもんな。抜け殻を見て、僕はコイツらが干からびたと勘違いしたんだ。
だから、神官様は笑ってたんだ。
はぁぁ、恥ずかしい。穴があったら、入りたい。
だいたい抜け殻をあんな場所に放置するから、僕は血の気が引いたんだ。コイツら、雑食なんだよね?
僕にすり寄ってくる子に触れると、ちゃんとモチモチしている。はぁ、よかったよ、死んでなくて。
「キュッ?」
キョトンとしているこの子は、他の2体とは違って、少しおとなしいのかもしれない。
「この子達って、抜け殻は、食べられないかな?」
賢そうな個体に尋ねてみる。すると、彼は、キリッとした表情で、ピシッと後ろ足だけで立った。
ふふっ、張り切ってる。
『我が王、コイツらは雑食です。ただ、自分の抜け殻には、興味はないようです。おそらく乾燥しているのと、不純物が多く含まれるからだと考えられます』
「なるほど、確かに、ちょっと毒素が含まれているかも。身体からの老廃物かな。それがなければ、食べるかな?」
『はい、魔力を宿していますので、抜け殻を食べる種族は多いです。コイツらも、食事を与えられなければ、抜け殻を食べていたと思われます』
「よくわかったよ。ありがとう」
僕がお礼を口にすると、賢そうな個体は一瞬ニヤけるんだよね。ふふっ、かわいい。
僕は、水魔法を使って、抜け殻を洗った。毒素を含む部分は、薬師の改良を使って、性質を変えた。
「キュッ?」
すると、僕にすり寄っていた個体が、抜け殻に興味を持ったらしい。その一つをつかむと、まるっと飲み込んだ。
「キュ〜ッ!」
うわっ……他の2体が、体当たりしてきた。僕まで、泥まみれじゃん。




