355、自由の町デネブ 〜竜神の子と泥ネズミ
「フラン様、漁師町の件が片付いたので、いま、戻ってきたんです」
教会の中には、数人の人がいる。昼間とは違って、不安そうな元気のない人ばかりだ。こんなに遅い時間なのに、教会は開けているのか。
「ヴァン、もう片付いたの? 数日はかかると聞いていたけど」
「はい、竜神様が、片付けてくださいました」
「まぁっ! なぜ竜神様が、人間の町に関わるようなことを?」
確かにそうだ。なぜ、竜神様が現れたのか、何も聞くことができなかった。
「海竜のマリンさんが居たから、彼女が呼んだのかも」
すると神官様は、ツカツカと近寄ってきた。その表情は、不安げに見える。
「ヴァン、もしかして、白き海竜が犠牲になったの? 深夜だけど、ラスクさんを呼んでみようか?」
「へ? なぜ、ラスクさん?」
「ラスクさんなら、蘇生魔法が使えるわ。時間が経つと成功率が下がっていく。急がないと!」
うん? 神官様は何か勘違いしている。
「フラン様、マリンさんは無事です。怪我もしていません」
「えっ? じゃあ、他の海竜が犠牲に?」
「いえ……無事です」
神官様は、首を傾げている。そして、僕が抱えている白い魔物に視線を移した。彼女は、さらに首を傾げた。
「ヴァン、それは何?」
「あ、はい。竜神様の子だそうです。親が死んだ3体は、僕が親になって育てろと言われました」
僕は、白い魔物の重さで手がしびれながらも、漁師町での経緯を話した。
彼女は、目を見開き、信じられないという表情で、話を聞いてくれた。僕も信じられないもんな。
「わかったわ。その子達を宿した親が殺されたから、竜神様が出て来られたのね」
「そうかもしれません。竜神様が、この子達を、親の腹から取り出したみたいです」
まぁ、勝手に切り裂いて出てきたけど。
それに、その後は、自分の親を丸呑みしたんだ。その点の話はしていない。怖がらせてしまうもんな。
「へぇ、不思議な生き物ね。なんだか、大きな白いパンみたい。互いにくっついていると安心するのかしら。おとなしいわね」
確かにおとなしい。いや、眠っているようだ。これは、どこかに、そっと閉じ込めておこうかな。
そう考えていると、1体が目を覚ましたらしい。コイツら、僕の考えが見えているのか?
「キュ〜ッ!」
はぁ、1体が起きると、他の2体も起きるんだよな。僕の腕の中から出ようとしているのか、3体揃ってウネウネしている。
お、重い……やめてくれ。
「キュッ?」
かわいい鳴き声に、教会にいた人達の視線が集まる。
「ヴァン、床に、放してあげたら?」
「でも、コイツら、こんなに長椅子がたくさんあると、遭難します」
「えっ? 遭難?」
神官様は、思いっきり首を傾げている。あぁ、伝わらない。うわっ! 1体が、腕から脱走した! すると、他の2体もそれに続く。
「まぁ、かわいい! ヘビっぽいけど、すっごく短いのね」
やはり、ポヨンポヨンと、あちこちに体当たりしている。長椅子を倒せないくらいの弱い体当たりだけど、コイツらが成長すると、大変なことになるかもしれない。
「こら! 部屋の中では、体当たりしちゃダメだよ!」
僕が怒ると、奴らは動きを止めた。言葉を理解するんだな。
「キュ〜ッ」
だけど、コイツらが何を言っているのか、わからない。泥ネズミなら、わかるのだろうか。
『じゃじゃーん! で、ございますですよ〜』
突然、頭の上に、ポテッと柔らかいものが落ちてきた。そして、僕が手を出すと、手のひらに移動してくる。すかさず、賢そうな個体も現れた。
「リーダーくん、すぐに気づいてくれたんだ。ありがとう」
『にゃははは、ぬふふふふ……ふげっ』
ふふっ、また、殴られてお腹を押さえている。このやり取り、相変わらず面白すぎる。
『我が王、我々は、我が王の呼びかけが聞こえると、瞬時に転移ができるのです。この奇妙な奴らの言葉を通訳します』
「キミも、いつもありがとうね」
『い、いえ……』
あっ、賢そうな個体が照れた。ふふっ、この子は、クールだけど照れ屋さんだよな。
「キュ〜ッ!」
僕に抗議をするかのような視線を向けてくる。竜神様の子達は、なんだかウズウズしているようだ。
まさか、泥ネズミ達のことが、餌に見えているんじゃないよな?
『我が王、この奇妙な奴らは、飛び跳ねたいようです』
「うん? ずっとポヨンポヨンとしてたけど」
『ジッとしていられないようです。身体が、かゆいようです』
「身体がかゆい? だから、体当たりしてるの?」
『はい、それに、飛び跳ねていると、我が王が構ってくださるのが嬉しいようです。まだ、コイツらは卵ですね』
「うん? 卵? あ、まだ生まれていないはずだからか」
『竜神の子は、同時に何体か生まれます。ですが、この奇妙な奴らは、竜神様が干渉されたため、先に生まれています』
確かに、竜神様も、この子達は、他とは異なってしまうと言っていたっけ。本来ならこの子達は、まだ胎内にいるはずだったんだ。
「そっか、竜神の子についての知識が僕にはないから、助かるよ。魔獣使いの知識には、含まれていないんだよね」
『竜神の子は、同じ種族が授かっても、異なるモノが生まれるようです。同時に生まれる奴らは同じなのですが……この奇妙な奴らは、同じになるかはわかりません』
「竜神様は、この子達は、他の子とは違ってしまうとおっしゃっていたよ。だから僕に、この子達の親になって育てろと言われたんだ」
『他と違う子は、喰われるからですね』
「えっ? 兄弟姉妹を喰うの?」
『はい、竜神の子は、少数の異なるモノを喰います。おそらく、そうすることで、おかしな変異種を排除するようです』
「なるほど、そんな仕組みになっているんだ。あっ、コイツらは、何を食べるかわかる? 人間を丸呑みしたりしないかな」
そう尋ねると、賢そうな個体は、ウズウズしている白い魔物の方を向いた。
あれ? リーダーくんがいない。
『あの奇妙な奴らは、生きているモノの狩りは、まだできません。雑食です』
「そっか、よかった。じゃあ、ここで放し飼いにしても、人に危険はないね。だけど、アイツら、遭難するんだよね」
『庭に放していただければ、我々が見張っておきます。おそらく、遭難するのは、わざとです。我が王に構ってもらいたくて、バカなことをしています。あー、あのバカが……』
賢そうな個体が、ガクリとうなだれている。
あれ? 白い魔物達が床を転がっている。いや、床に身体をこすりつけているのか。それを指導しているのは、リーダーくんだ。
あはは、体当たりを禁じたから、床スリスリか。変な体液が教会の床に付着しそうだよな。
「ヴァン、あの子達、床の拭き掃除をしているの?」
神官様には、そう見えるのか。
「いえ、遊んでいるようです。体当たりを禁止したから、床に身体をこすりつけています。かゆいらしいです」
「ヘビのような皮膚だものね。水辺の魔物が親なら、この場所は乾燥して、かゆいのかもしれないわね」
あー、それでかゆいのか。
「フラン様、あの子達をどうしたらいいでしょう?」
「うん? うーん、ヴァンが親になったってことは、私も親なのよね。そうねぇ……」
なっ!? そ、そうか、神官様もアイツらの親……。僕は、頬が熱くなるのを感じた。
いや、うん、そうだよな。僕は、彼女の伴侶なんだ。まだ、そういうことは何もしていないけど……。
「何? ヴァン。なんだか変な顔をしてるよ?」
「えっ? あ、いえ、何でもないです。ちょ、その、疲れたから、そろそろ寝たいなぁって思ってたり……」
僕は、下心が顔に出ないように気をつけて、さりげなく、少し眠そうなフリをしてしみた。
「そうね、ヴァンは、疲れているわよね。奥の屋敷を使いなさい。案内させるわ」
えっ……案内、させる?
神官様が合図をすると、壁際で掃除をしていた子供達が、駆け寄ってきた。あれ? この子達って……。
「旦那様、ご無沙汰しています。王都の宿泊所から、ドゥ家に引き取っていただきました」
ベーレン家の無料宿泊所にいた奴隷の子供達だ。
「みんな、元気そうでよかったよ。僕が、この姿でもわかるんだね」
「はい、管理人さんから、教育を受けました。ご案内します。こちらへどうぞ」
バーバラさんか。
チラッと、神官様の方を見ると、元気のない人達に話しかけている。はぁ、そうだよな。まだ、彼女は仕事中なんだ。
僕は、子供達に案内され、神官様の屋敷へと移動した。
「旦那様、お食事は?」
「大丈夫だよ、ありがとう」
食卓のある部屋のソファに座った。彼女の仕事が終わるのを待っていよう。




