表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

353/574

353、漁師町リゲル 〜竜神の怒り

 僕は、マルクをかばうように、その背後に立った。いや、正確には、背後に浮かんでいる。


 魔物達が突撃してきたら、マルクをつかんで、空へと回避するつもりだ。


 マルクなら、優れた黒魔導士だから、魔物達にやられることはないだろう。だけど、こんな場所では、強い魔法は使えないからな。



「本物の竜神様なら、こんな町に干渉するわけがない!」


「そうだ、偽物だ!」



 なんだか、マルクの交渉が上手くいっていないみたいだ。だけど、マルクは、自分のことを竜神様の使者だとは言っていないはずだ。


 勝手に誤解して、勝手に偽物だと言っているのか。


 まぁ、僕達が、彼らに誤解させるように行動しているとも言えるんだけど。



「神に仕えていた者も多いのではありませんか! 魔物を操り、漁港を襲い、さらには王都を潰そうとする行為に、正義があるのか?」


 マルクの言葉は、いつもとは違う。何かの術を使っているのだろうか。重く、ズシンと心に響くような言葉だ。



 ドドドドッ!


 魔物達が近づいてくる。僕は、マルクを守ろうと身構えた。ニヤリと笑うのは、魔獣使いか。


 だけど魔物達の行動は、僕の予想とは違った。身構えたマルクも、一瞬、ポカンとしている。


 魔物達は、僕達を背にかばうようにして、北の大陸からの侵略者達に向かって、牙をむいたのだ。


 魔獣使いの輝きが一層強くなった。


 さらに、覇王を重ねたんだ。だけど、魔物ウォーグ達の様子は変わらない。


 魔物達は、北の大陸からの侵略者を襲い始めた。




「ヴァン、こいつらに覇王を使った?」


 マルクが、ポカンとして、僕に尋ねた。


「使ってないよ。変化へんげ中だから、従属でもない奴に、新たに覇王は使えない」


「そうだよな。一体、どういうこと? あの魔獣使いも、ヤバイ技能を使っているのに」


「あの輝きは、覇王だよ。ベーレン家には、覇王持ちが何人もいるのかもしれない。あの人は、ジョブ神官だと思う」


 僕達が話しているうちに、魔物対襲撃者という形になってきた。


 動ける海賊達も、呆然と、その光景を眺めている。



 すると、襲撃者の数人が、一斉に魔法を使った。



 ドゥゥン!!



 衝撃波からマルクを守るために、僕は、マルクを掴んで空へと退避した。


 マルクは、近くにいた海賊達に、バリアを張っている。


「なっ? だ、旦那……」


 海賊達は、マルクの素性を知っているようだ。そして、自分達をマルクが救おうとしていることも、察している。


 衝撃波の後に襲ってきた炎の爆風が、彼らを通り抜けても、海賊達は無事だ。はるか後ろの船が燃え上がっていることからも、その威力の凄まじさがわかる。



「マルク、その体勢からのバリアって、すごいね」


「海賊も、一応、この町の住人だからな」


 そう言いながら、マルクは、木いちごのエリクサーをポイっと僕の口に放り込んだ。マルク自身も食べている。




「ヴァン、炎を消さなきゃ。ちょっと長い詠唱に入るよ。俺を守ってて」


「うん、わかった。しかし酷いな。さっきの衝撃波……」


 マルクは、軽く頷き、魔法の詠唱を始めた。


 そんなに長い詠唱って……それに、マルクに守ってくれと言われたのは、初めてだ。


 なんだか、嫌な予感がする。無理をするんじゃないだろうな?



『人間には、無理よ』


 白き海竜が、マルクの邪魔をするように、海水をバシャッとかけてきた。


 あっ、マルクの詠唱が中断され、集めていたマナが散っていく。


「ちょ……はぁ、また、最初からだ」


 マルクは、木いちごのエリクサーを口に放り込んだ。



「マルク、ちょっとその魔法、待って」


「うん?」


「無茶なことをしようとしてない? 海竜のマリンさんが、人間には無理だと言って、邪魔したんだよ。ただの炎じゃないのかも」


「わかってる。ただの炎なら、雨を降らせれば消える。だけど、あの炎は、数人で発動する特殊魔法だ。極級魔導士のレア技能だけど、俺の魔力でギリギリ……」



 すると、パッと目の前に、人の姿をしたマリンさんが現れた。


「マルクさん、人間には不可能よ。これを消そうとすれば、貴方の命が削られるわよ〜」


「ええっ!? マルク、そんな危険な魔法……」


 マルクは、それがわかっていて使うつもりだったのか、驚く様子はない。ちょ、どうすれば……。



 漁師町に広がった炎は、住居の並ぶ場所では、逃げられなかった住人が必死に水を撒いている。


 だが、衝撃波で壊れた町の大部分は、まるで、衝撃波が残した跡を焼き尽くすかのように、水をかけても、炎は下から湧き上がってくるようだ。


 僕は、だんだん、この魔法の恐ろしさがわかってきた。


 簡単には、消せないんだ。


 最初の衝撃波は、いわゆる炎を誘導するためのもの、いや、炎を維持するための燃料の役割を果たすのか。



 北の大陸からの襲撃者たちは、この魔法でのダメージは受けていないようだ。


 漁師町の住人と、そして奴らが連れてきた魔物ウォーグが、この炎の犠牲になる。



 許せない! 逆恨みから、こんなことを……。


 こうなるとわかっていたから、王命で、奴らは北の海に捨てられたんだ。



 神官の下級スキルを得たから、新たに、僕には見える別の視点ができた。


 奴らをこのまま生かしていても、考えは変えないだろう。堕ちた神獣ゲナードの影響を受けたんだ。おそらく、日々、ゲナードの怨みに飲み込まれ、侵食されていく。


 数が少なければ、精霊による浄化が可能だ。だけど、これだけの数になると、無理だ。ただでさえ、精霊や妖精は、ゲナードが現れたことで、大幅に数を減らしてしまったんだ。


 奴らを救うためにも、殺すしかない。


 ゲナードの呪縛から解き放たれた魂は、穢れのない新たな生命となって、大地に降り立つだろう。


 神官的な見方だ。農家に生まれた僕としては、受け入れられない視点だ。


 だけど、何かの影響で縛られた魂は、堕ちるしかない。神官家の視点は、その人物の今ではなく、もっと長い視点なんだ。


 救済のために、北の海、だったんだ。海で死ぬと、生まれ変わりが早いと言われている。おそらく、海を守る海竜の力、いや、竜神様の加護があるためだ。


 それならば、僕は……。


 竜神様の姿を借りる者……竜を統べる者としての覚悟をしなければならない。




「ヴァン、このままだと、俺達が来た意味がなくなる。俺は、ルファス家の優秀な黒魔導士だから、大丈夫だ」


 僕が、考えている間に、マルクも何かを覚悟したらしい。いや、マルクは、もともと覚悟を決めていたんだ。


「マルク、ここは、僕がやるよ。炎を消すのではない。町を、奴らと一緒に焼き尽くす」


「へっ!? ちょ、ヴァン、正気?」


「うん、ちゃんと考えた。マルクは、逃げ遅れた住人にバリアを張ってあげて」



 僕が、マルクを掴んでいた手を緩めると、マルクは、浮遊魔法を使った。そして、僕を心配そうに見ている。


 マルクのこんな表情は、久しぶりだ。僕がまだ、何もできなかった頃、こんな顔をしていたよな。



 僕は、再び、スキル『道化師』の変化へんげを使う。


 漁師町に上陸している者達を覆うバリアを打ち消し、奴らが自ら放った炎によって、燃え尽きるように。


 あわよくば、北の海での死者として、早く新たに生まれ変わることができるようにと祈る。


 ボンッと音がして、僕の姿は変わった。

 やはり、これか。



「えっ……ヴァン、分裂した?」


 マルクがなんだか、変なことを言っている。僕の姿は、赤く燃える竜に変わっている。竜神様が怒り、そしてすべてを焼き払うときの破壊竜だ。



 僕は、無言で、燃える炎の中へと入っていく。



「ひっ! ほ、本物じゃないか」


「竜神様が怒っている」


「この町を捨てるぞ。新しい町デネブに向かえ!」


 そんなことは、させない。



『愚かな者達、北の海へ沈め!』


 僕の声は、二重に聞こえる。テンションがおかしいのかな。そして、全てを焼き払う炎を吐こうとしたその時、大地が揺れた。



 ドッパァン!



 突然、巨大な波が町をのみ込んだ。


 えっ? 何? まさか、マリンさん?


 変化へんげした僕の身体を遥かに越える高い波が、漁師町を覆ったんだ。



 振り返ると、そこには、今の僕と同じ姿をした赤く燃える竜がいた。


 ええっ!? 竜神様!?



 ザーッと、波が引くと、淡い光がいくつも残っていた。その光の中には、この町の住人がいるようだ。



 あっ! マルクは!?


 慌てて、マルクの姿を捜すと、ポカンとした表情で魔物ウォーグに乗っているマルクの姿を見つけた。


 よかった、無事だ。



 僕は、変化へんげを解除した。

 そして、竜神様を見上げた。


「竜神様……あの……」


 何を言えばいいのか、思い浮かばない。



『竜を統べる者、勝手にワシの子を増やすでない!』


「へっ?」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ