351、漁師町の入り口 〜状況把握
僕達はマルクの転移魔法で、漁師町が見える高台へとやってきた。キラキラとした青い海が見える。
「ヴァン、どうしよっか」
マルクは、さっきまでとは違う。僕と一緒に冒険者をしているときのような、少し幼く見える表情だ。
「うん? マルクに、何か作戦があるんじゃないの?」
そう尋ねると、マルクは苦笑いだ。
「一応、フリージアさんには、王命の書類を手に入れてもらったんだけどさ。漁師町の海賊は、これで黙っても、北の大陸から上陸してきた奴らには通用しない」
なっ? 王命の書類?
マルクの貴族としての力の強さに、僕は思わず言葉を失った。でも、そうか、その書類があることで、僕達が何かをしても、侵略者扱いはされないか。
「マルク、すごいね。でも、うーむ、どうすればいいか、わからないよ。僕としては、天兎のぷぅちゃんが狙われると、ファシルド家が巻き添えになるだろうから、それは避けたい」
「ほとんどの天兎は、対人戦闘力が低いからね。ぷぅちゃんは、天兎のハンターだっけ。神獣を抑える役割だもんな」
天兎のハンターの役割か……。ぷぅちゃんは、フロリスちゃんを守ることしか頭にないはずだけど。
そういえば、フロリスちゃんは、もう一体、天兎を飼っていたよな。あの天兎は、そろそろ成体になっているだろうか。
海が妖しく光った。
すると、海岸付近に何かが現れた。あの光は、転移魔法の光か。北の大陸から、次々と送り込まれてくるようだ。でも、なぜ、漁師町なんだ?
「マルク、奴らは、転移魔法が使えるなら、なぜ直接、王都に行かないんだろう?」
そう尋ねると、マルクはポカンとした顔だ。久しぶりに見たな、このポカン顔。
「ヴァンが、そうさせてるんじゃないの? 最近は、転移魔法陣を使わないと、長距離の集団転移はできないよ。だから、レモネ家も、別邸に転移魔法陣を作ることにしたんだ」
「えっ? 僕?」
「そうか、ヴァンの従属達が勝手にやってるのか。あはは、主人の指示なく、こんなに強烈な転移阻害ができるなんて、びっくりだよ」
「うん? 主人の指示?」
「あぁ、主人に指示されたことや、主人を守るためのことなら、従属は、その力が増幅するだろ。ヴァンが命じると、完全に転移封じができるのかな」
えーっと、誰のことを言ってるんだ?
「マルク、それって、堕天使ブラビィのこと?」
「いや、これは、複合結界だから、術者は二人以上いるよ。あはは、なんだか、楽しい」
マルクは、急にゲラゲラと笑い出した。ちょ、マルクが壊れた?
「何を笑ってんの?」
「いやいや、あははは、俺、ヴァンと一緒だと、楽だからさ」
「うん?」
気楽ってことなのかな。
「あはは、俺達、二人で一人前だけど、最強だよな」
なんだか、マルクは少年のような表情をしている。魔導学校の学生の頃に戻ったかのようだ。
「マルクは、もう立派に、一人前じゃないか」
「ちょ、そんな寂しいことを言うなよ〜。俺達は、二人で一人前だろ」
なんですか、マルクくん? マルクは、反抗期の子供のように、拗ねた表情を浮かべている。
「マルク、なんだか、その顔、ガキっぽいよ」
「ククッ、それでいいよ。俺はガキだから、ヴァンが俺を助けてよね」
はい? なんだか、マルクがおかしい。やっぱ、壊れた?
海がまた妖しく光った。
一定間隔で、北の大陸から転移して来るのか。
「俺としては、漁師町が乗っ取られるのも困るんだよな。ドルチェ家は、漁港のほとんどの船と契約している。だから、海賊達が完全に潰されたら、行こうか」
「えっ? 海賊が潰されるのを待ってるの?」
そう尋ねると、マルクは頷いた。
「漁師町を海賊が占領しているんだ。ドルチェ家が契約しているのは、海賊ではなく漁師だからね。中途半端なタイミングだと、誰が敵だかわからなくなる」
「ということは、海賊と北の大陸からの奴らを両方とも排除したいんだ」
「あぁ、そうすれば、元の漁港に戻るだろ。ただ、北の大陸に隠れ住む奴らの方が、圧倒的に数が多い。最悪なのは、海賊が奴らに取り込まれることなんだよな」
『我が主人、そろそろのようです』
うん? 聞き覚えのない囁き声が聞こえた。
「わかった、ネズミくんはデネブに戻って」
『かしこまりました!』
ネズミくん?
「マルク、いま、声が聞こえたんだけど……マルクの従属の子の声かな」
「えっ? あー、そうか。拡張を使わなくても聞こえるんだよな、ヴァンの場合」
「うん?」
「いや、さっき、レモネ家の別邸では、俺が従属に拡張を使っていたから、ネズミくんの近くにいる泥ネズミの声を拾えたんだ」
あー、そういうことか。
従属のネズミくんが、いちいちマルクに伝えたなら、タイムラグが生じる。マルクは、リーダーくんや賢そうな個体の声を直接聞いていたかのようだったもんな。
「まぁ、覇王は、勝手に拡張効果付きだからね」
「ぶっ壊れ技能だよな、あはは、やっぱ楽しい」
また、マルクが笑っている。
「マルク、今日は、よく笑うね」
「だって、誰かに頼るって楽しいじゃん。俺、いつも、自分が何とかしなければというプレッシャーに、押しつぶされそうになっているんだぜ」
「へ? まさか、僕に頼る気? 僕は、マルクがいれば安心だと思ってるんだけど」
「あはは、やっぱり俺達は、二人で一人前じゃないか」
マルクは、ニヤニヤと、少年のように笑っている。
そうか、さっきからの、マルクの壊れたような変な笑いの原因は、これか。僕を信用して、頼ってくれているんだ。
ちょっと嬉しい。
僕は、その辺の新人冒険者より弱いのにな。
また、海が妖しく光った。
「ヴァン、あれが、武装団の最終だよ。行こうか」
マルクは、全員の転移を待っていたのか。
「うん、でも、どうする? 作戦は……」
「ないっ!」
「はい? ちょ、マルク〜」
「あはは、おぉ〜、スゲー」
マルクは、空を見上げて、ニヤニヤしている。
「何? 何も見えないよ?」
「中距離転移まで封じられたよ。あはは、あの場所まで、3回以上転移しないと行けないみたい」
「へ? ちょ……勝手に転移を封じてんの? 誰?」
「ヴァン、これでいい。奴らは、実質、徒歩でしか進めなくなったよ。こんな短距離転移を繰り返すと、魔力切れで、デネブにさえたどり着けない」
「それなら、いいけど」
僕に何も言わないって……まぁ、いいけど。たぶん、僕が、ぶつぶつと文句を言うのを待ってるんだろう。
「じゃあ、ヴァン、行くぜ」
僕が軽く頷くと、景色が揺れた。本当だ、ほとんど進まないじゃん。見える範囲への転移しかできないみたいだ。
でも、マルクは、楽しそうなんだよな。
◇◇◇
漁師町の門に近寄ると、逃げ出したらしい人達が集まっていた。マルクは、貴族の顔に戻っている。僕は、気を引き締めた。
「あぁ、ドルチェ家の……」
マルクの知り合いか。
「皆さん、大丈夫ですか。怪我をしている人は?」
マルクは、そう言うと、正方形のゼリー状ポーションがたくさん入った容器を取り出した。
「これを皆さんで分けてください」
「あぁ、ですが、何も持たずに……」
「お代は、いりませんよ。いつも世話になっていますから。それより、町の様子を教えてください」
マルクは、そう言って、住人から話を聞いている。だけど、既に、僕達が知っていることばかりだ。
それをマルクは、初めて聞くかのように、あいづちを打ちながら、優しい顔で聞いている。その笑顔に釣られるように、みんな、どんどん喋るんだよな。
「ドルチェ家の旦那様、船もすべて奪われてしまいます。我々は、これからどうすれば……」
屈強な男性も、マルクにすがりつくように、助けを求めている。漁師なんだろうな。
「だいたいの事情は、わかりました。俺達が、排除しますよ」
「えっ!? 海からは、数万人の武装した奴らが……」
「それに、海の魔物も何体も操っているようです」
ちょ、数万人!?
だけど、マルクは、その数もわかっていたのか、笑顔を崩さない。
「大丈夫ですよ。俺は、ルファス家の黒魔導士、そして彼は、極級『魔獣使い』ですよ」
マルクがそう言うと、人々は、ホッとした表情を浮かべた。
「じゃあ、ヴァン、何かに化けてよ」
「はい? いま、魔獣使いって紹介しなかった?」
すると、マルクは、悪戯っ子のようにクスクスと笑う。
「先手必勝だろ。派手にいこうぜ!」
マルクは、魔導ローブ姿に一瞬で着替えた。インパクトを狙っているのか。
「わかったよ」
僕は、スキル『道化師』の変化を使う。襲撃者達に最も有効な何か……。
ボンッと音がして、僕の視点は高くなった。
うん? 何これ?
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次回は、11月22日(月)に更新予定です。
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