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350、自由の町デネブ 〜マルクのネズミくん

「マルク、なぜ、聞こえるんだよ?」


 僕は、思わず強い口調になってしまった。泥ネズミ達からの念話は、特殊なスキルを持つ人以外には、聞かれることはないと安心していたためだ。


 マルクは僕の口調に、少し驚いたような表情を見せた。マズイ……別に、僕は怒っているわけじゃないんだけど。


「あぁ、言ってなかったっけ。俺にも、従属のネズミくんがいるんだ」


 マルクは、いつもと変わらない口調だ。よかった。はぁ、口調に気をつけなきゃ。こういう場所だと、僕は、変に緊張してしまうのかもしれない。



 彼が上着のポケットを開けると、中には、泥ネズミが入っていた。なんだか、震えているようだ。僕が怒っていると感じたのか。


 王都付近の泥ネズミと土ネズミには、すべて僕の覇王効果が及んでいる。ネズミ達からすれば、僕は恐ろしい存在なんだよな。


「そっか、驚いたよ。念話が聞かれるとは思ってなかったから。名前はあるの?」


「あはは、名前はつけてないよ。ネズミくんって呼んでる。まさか、ヴァンは名付けてるの?」


「僕が、従属を使った子は、リーダーくんって呼んでる。お笑い担当なんだけどね。だから、フォローしてくれる子が一緒にいるんだよ。二人の掛け合いが、面白すぎるんだよね」


「はい? お笑い担当? ほのぼのしてるんだな。あー、最初に話していた言葉遣いの変わった個体のこと?」


 リーダーくんの存在感は際立つから、マルクも気づいてたみたいだ。


「うん、そうそう。焦っていると言葉がグダグダになって面白いんだ。だけど胆力があるというか、ビビらないし、いつも元気で明るいんだよ」


「なるほど、リーダーとしての資質は高そうだね。あはは、褒められていると溶けるんだな」


 マルクは、僕の手に視線を向けて笑っている。


 リーダーくんは、照れているのか、チカラが抜けているのか、ペチャリと突っ伏している。ふふっ、確かに溶けてるね。



 僕達が、ネズミの話で盛り上がっていると、王宮の魔導士が、少しイラつき始めたようだ。


 だけど、マルクがこんな話を続けるということには、きっと理由がある。すぐに行くつもりなら、ここで話はしない。




「あ、あの……ヴァンさん……」


 王宮の魔導士は、苛立ちを抑えながら、僕を促すかのように声をかけてきた。


「はい、何でしょう」


「えっ、あ、あの、その、手を貸していただきたく……」


 彼は、マルクを気にしながら、僕に話している。本当は、僕じゃなくて、マルクの力を借りたいんじゃないかな。


「僕に、何を依頼したいのですか。王命でしょうか」


「いえ、王命ではありません。この町の治安を守る者として、その……」


 うん? なにかあるのかな。言いたいけど言えないというような……。



 すると、マルクが口を開く。


「ヴァンは、王兵ではないですよ。ここに彼がいることで、この町は絶対に安全です。これ以上、何を要求するつもりですか」


 マルクの強い言葉に、王宮の魔導士は、小さな舌打ちをした。ちょ、マルク、敵をつくるような言い方は……。


 それに、マルクは、さっき、行くだろ? と言っていた。それは、スピカを守りに行くという意味なのかな。それとも、漁師町への加勢だろうか。



 チラッと、神官様の方に視線を移すと、彼女は、部屋に残されている子供達を近くに呼び寄せ、話をしているようだ。


 何かのときのために、一ヶ所にまとめているんだな。


 少し離れた場所には、奴隷だった人達が、ラプトルのメンバーと話している。獣人保護の活動をしているというけど、獣人ではない人達の世話もしているみたいだ。




「マルク、お待たせしたわね。あら、ヴァンさん」


 赤ん坊を抱いて、まさかのフリージアさんが現れた。転移をしてきたのか、突然の登場にマルクも少し驚いた顔をしている。


「フリージアさんが直接来なくてもいいんだよ?」


 奥さんからマルクは何かを受け取っている。マルクは、ドルチェ家の使いを待っていたのか。


「ふふっ、だって、最近は会う人みんなに驚かれるから、楽しいのよ」


 そうだ、フリージアさんは、かなり痩せたもんな。それに、若返ったようにも見える。ヒート毒のポーションを使って痩せたらしいけど。


「だからって、カインを連れて歩くのは、あぶないよ」


「見せたいんだもの」


 そう言うとフリージアさんは、愛おしそうに、赤ん坊カインくんのおでこにキスをしている。


 その様子を眺めるマルクは、すっかり父親の顔だ。


 カインくんだけじゃなく、フリージアさんのことも心配なんだろうな。ドルチェ家の後継争いのせいで、大量の裏ギルドへの依頼があるだろうし。


 部屋の外には、テトさんの姿も見える。テトさんは、マルク専属の黒服だけど、今は、フリージアさんの護衛もしているのかな。


 いや、カインくんの護衛か。



「あの、ご婦人、ここはレモネ家の別邸ですよ? しかも、許可なく転移など……」


 王宮の魔導士が、フリージアさんを追い出したいらしい。彼は、僕達に何かをさせたがっているもんな。


「あら、私、取引先の皆様には、転移可能な場所への転移許可はすべて頂いていますわよ」


「そのような戯言を……」


 真っ向から否定する王宮の魔導士の言葉を、フリージアさんは、楽しんでいるかのようだ。



「もしかして、フリージア・ドルチェ様でしょうか? 私の木の実友達の……」


 きのみ友達? 


 レモネ家の奥様シルビアさんの問いかけに、フリージアさんは振り返り、ニンマリと笑っている。


「ちょ、ちょっと、どうされたのですかっ!! ご病気? では、なさそうですわね。ちょ、ちょ、それに、息子さん? すっごいイケメンじゃないですかーっ!」


 あちゃ、シルビア奥様は、絶叫だよ。


「うふふ、シルビアさん、ご無沙汰ね。貴女は、相変わらず可愛らしいわね」


「ちょっと、一体、どうなさったの? 痩せて、お美しくなられて……あっ、そっか、マルクさんが……ええ〜っ!?」


 シルビア奥様が、きゃーきゃーと騒ぐことで、部屋の中の雰囲気は、一気にゆるんでいる。


「これはね、ちょっと不思議なポーションを使っているのよ。この子には、綺麗なお母様と言われたいじゃない?」


「どんなポーションなのですかーっ? そんな不思議なポーションって……ヴァンくんの仕業ね?」


 はい? 仕業って……。


 シルビア奥様は、僕の方に視線を移し、なんだか意味深に、ニヤニヤされている。嫌な予感がする。


「入手は、ファシルド家からよ。私も作り手から買いたいのですけど、いろいろな事情があるみたいでね」


 フリージアさんも、僕の方を向いてニヤニヤしている。なんだか、貴族らしくない笑顔だよな、二人とも。




「フリージアさん、ヴァンが困っているよ。俺達、そろそろ行くから、テトの言うことを聞いてよ?」


「うふふ、はーい。聞いても、従うとは限らないけど」


「また、そんなこと言って〜。カインに笑われるよ?」


「まぁ、大変! それは困るわ」


 何だか、だんだんマルクの方が、しっかりしてきているよね。フリージアさんの恋する乙女のような目は相変わらずだ。


 だけど、こんな二人の様子に、シルビア奥様は、ポカンとした表情を浮かべている。


 そっか、フリージアさんって、公式な場では、商人の顔をした隙のないオバサンって感じだったっけ。




「ヴァン、揃ったから、そろそろ行くよ」


 ちょ、マルクくん、どこへ行くんですか? とは、尋ねにくい雰囲気だ。僕は、軽く頷いた。


 神官様に視線を移すと、彼女は僕の方を見ていた。少し、心配そうに見える。



 それに気づいたマルクは、彼女に向かって口を開く。


「フランさん、ヴァンと一緒に、漁師町に行ってきます。王宮から何か言ってきても、無視でいいですよ」


 ちょ、マルク。王宮の魔導士がいるよ?


「わかりました。私に手伝えることはあるかしら?」


「この町に逃げて来る人達に、六精霊の試練を」


 六精霊の試練? あー、あの壺に触れると、洗脳されているかがわかるんだっけ。


「そうですね。精霊シルフィ様にも、お力をお借りしてみます」


 マルクは、柔らかく微笑んでいる。ちょ、奥さんがいる前で、女性にそんな表情を向けても大丈夫?


「ちょっと、マルク!」


 ありゃ。フリージアさんが不機嫌になったじゃん。


「うん? 何?」


「私に紹介はないのかしら」


 完全に誤解しているよ。なんだか、フリージアさんから、怒気のオーラが見えるような気がする。


「紹介しなくても知ってるでしょ。フランさんは、ヴァンの奥さんだよ。仲良くしてくれよ」


「あら、まぁっ」


 フリージアさんは、パッと笑顔を浮かべた。


「じゃ、俺達は、行ってくる」



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