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349、自由の町デネブ 〜北の大陸

 顔見知りの王宮の魔導士は、さらに言葉を続けた。


「王都に本邸がある方々は、すぐさま王都に戻ってください。我々は、王宮の守りしかできません!」


 それを聞いた貴族の多くは、その表情を引きつらせている。この魔導士が話している件について、事情を知っているみたいだ。


 僕には、全くわからない。上陸して来たって何だよ? 海の魔物が押し寄せてくるのか?



 レモネ家の旦那様が、パーティの終了を告げた。すると、貴族や商人は、足早に会場を出て行く。


 緊急事態なのだということが伝わってくる。会場内に取り残された子供達や奴隷だった人達が、不安げにオロオロしている。



「皆さん、この町の中にいれば、大丈夫ですよ。精霊様が守ってくださいます。それに、堕天使が強靭な結界を張っていますからね」


 神官様は、穏やかな表情でゆったりと話している。すると、会場内の緊張感は、一気にゆるんだようだ。


 やはり、彼女はすごいな。




「ルファス様もいらっしゃいましたか。あの……」


 王宮の魔導士は、何か、言葉を探しているようだ。


 マルクのルファス家は、魔導系の有力貴族だもんな。それに、奥さんのフリージアさんは、王都で最有力の商人貴族ドルチェ家だ。


 王宮の魔導士といえども、簡単に頼み事なんて、できないのだろうか。



「俺は、王宮には協力しないよ」


 ピシャリとマルクが言った。えっ? 協力しないのか? それがわかっているから、王宮の魔導士は、言葉に困っていたんだ。


「はい、あの、ヴァンさん……」


「キミ、わかっていると思うけど、ヴァンに任されているのは、この町の治安維持だろう。それに、ヴァンは、ドゥ家の人間だよ? 神官家に対する言葉って、それでいいのかい」


 なんだか別人のようなマルクに、僕は戸惑うばかりだ。


「えっ? ヴァンさんが、ドゥ家……」


 王宮の魔導士は、知らなかったみたいだ。僕も、知ったばかりだもんな。


 マルクは、もしかしたら、僕に、神官家としての振る舞い方を教えてくれているのだろうか。



 すると、神官様は、少し困ったような笑顔を浮かべて、口を開く。


「マルクさん、ヴァンは、そういうことは苦手なので、これまで通りにしてやってください。それ以前に、私も彼も、北の大陸の話は、よく知らないのですが」


 北の大陸? いやいや、この世界には、大陸は一つしかないはずだ。魔導学校で、そう習った。


 この町の北にある漁師町は、海賊が住む治安の悪い町だ。大きな漁港があり、王都で食べられる魚は、その漁師町から水揚げされていると聞く。


 北の海には、幾つもの小さな島がある。だけど、それを大陸と呼ぶのはおかしいよな。


 さらに北へ行くと、氷に閉ざされた未開の島が点在するらしい。そこには、未知の魔物が棲むとか、未知の種族がいるとか……。


 だけど実際には、ただ、海が凍っているだけなんだ。そして、海で亡くなった人の悪霊が集まっているため、様々な憶測から物語が生まれているらしい。



「あー、王都に本邸がある貴族と神官三家の上層部しか、知らない話ですね。ヴァンは、知っているかと思ってたんだけどな」


 マルクは苦笑いだ。泥ネズミや土ネズミは、知っていることなのかもしれない。だけど、僕が何も尋ねないからか、そんな情報は、入ってこないんだよな。



『我が王! 入っていっちゃダメなのです〜』


 うん? また、リーダーくんの声だ。この件を伝えに来てくれたのか。


 さすがに、パーティ会場に、泥ネズミはダメだよね。食べ物がある場所をネズミがウロウロすると、衛生面で問題になる。



「北の大陸とは、氷の神獣テンウッドを祀る小島のことですよ。その小島を中心として、厚い氷の大陸が生まれています。ずっと氷の壁に覆われていて、未開の地だった場所です」


 マルクの説明に、神官様は頷いている。僕には、知らない話が混ざっていた。


 氷の神獣テンウッド? 初耳だ。


 そもそも、神獣は、火、水、風、土の四属性しかいないはずだ。堕ちた神獣は、闇属性だから、五属性か。


「テンウッドは、神獣なのですか? 私は堕天使だと思っていました。神によって、永遠に溶けない氷に封じられたのかと……」


 堕天使テンウッド? それも知らない。


「テンウッドは、天兎ではなく獣だそうです。だから、堕天使にはならないようです。まぁ、ブラビィのように、人工的な偽神獣の例外もありますけど」


「そうですか。伝承は、必ずしも正確だとは限りませんね。その氷の神獣が、どうしたのですか? まさか、出てきたとか?」


 ちょ、また、神獣騒ぎ?


「テンウッドは、出られないですよ。神が作った氷の檻の中です。そのチカラも、檻の外へは使えないそうです。ただ、その場所を利用しようとした者により、氷の一部が砕かれ、氷の大陸が生まれたようです」


 うん? 神獣ではない?


「溶けない氷を砕き、海に撒いたということかしら」


「ええ、そのようです。氷の神獣を閉じ込めている檻は、砕かれてもすぐに再生する。それを海に撒いたことで、小島と海の間をふさぎ、氷の大陸へと変わったようです」


 寒そうだよな。


「その大陸を作ったのは、まさか……」


 神官様が、口に手を当てている。なんだろう、何かに怯えているかのような仕草だ。


「そうです。そんなことができるのは、知の神官家しかありえません。ベーレン家が、ゲナードに影響を受けた者達を追放しました。死ねとばかりに、北の海へ」


 ちょ、また、ゲナード……。


「だから、私の耳には入って来なかったのですね。神官家の恥になる。おそらく、ベーレン家だけではありませんね。トロッケン家も、アウスレーゼ家も……」


 神官様の手が震えている。マルクは、少し戸惑っていたけど、やがてゆっくりと頷いた。


「圧倒的に数が多いのは、冒険者パーティ、レピュールを追放されたベーレン家に関わる者達です。北の大陸に隠れ住むのであれば、まだよかったのですが……」


「追放を命じた王宮に、復讐しようということね。なんという愚かなことを……」


 彼女は、怒りからか、ぶるっと震えた。



『我が王! 我が王! ちょちょちょちょ……』


 うん? また、リーダーくんの声だ。


 キョロキョロと見回すと、扉の上にいるのを見つけた。ギリギリ会場には、入っていないけど、尻尾がぷらぷらしてるんだよな。



「マルク、僕に伝言があるみたいだ。ちょっと外すね」


「うん? あぁ、どこにいるの?」


「会場には、ギリギリ入ってないとこ」


「へぇ、よく躾けてるね」


 マルクは、そう言って感心しているけど、僕には、泥ネズミ達を躾けた記憶はないんだけどな。




 王宮の魔導士の横をすり抜けて、会場から一歩外へ出ると、僕の頭の上に、ポテッと柔らかいものが落ちてきた。


 なんか、僕の頭に乗るの、好きだよね。


 手のひらを出すと、リーダーくんは、僕の手に飛び移ってきた。賢そうな個体も、すかさず現れた。



『我が王! お、お、お魚の町が、戦乱なのでございますです』


「リーダーくん、それって北の漁港かな?」


『ぎょ、ギョギョッ、ぎょっ……ぐふっ』


 ふふっ、いつもの展開だ。漁港が発音できなかったのかな? 涙目でお腹を押さえているリーダーくんに代わって、賢そうな個体が、口を開く。


『我が王、漁港の海賊達と、交戦中のようです。海竜のマリン様からの話によると、ゲナードの影響を受けていた人間達は、テンウッドの影響も受けているようです』


「えっ? テンウッドは、神によって、氷の檻に閉じ込められているんでしょ? そのチカラは、氷の檻の外には……」


『北の大陸と呼ぶ氷の大地の一部には、テンウッドの思念を伝える場所があるようです。海竜のマリン様は、黒い氷と、おっしゃっていました』


「黒い氷? やばそうに聞こえる」


『はい、やばいです。なぜ、そんなものがあるかは、海竜のマリン様にもわからないそうです。ただ、北の大陸には、マリン様以外の海竜は、近寄れなくなったとのことです』


「そっか。もしかして、海竜達にも悪影響が……」


『近寄らなければ、大丈夫だそうです。奴らは、王宮を潰すだけでなく、天兎と堕天使も討つ気です。だから、この町を守るブラビィ様も危険です』


「えっ? 天兎も討つ? それって……」


 スピカのファシルド家も狙われるってこと? ブラビィは、元偽神獣だから、人間との交戦も可能だ。だけど、天兎のぷぅちゃんには、人間と戦う力はない。



 チラッと、神官様に視線を移すと、彼女は顔面蒼白だった。僕の言葉から、話を想像できたのだろう。



「ヴァン、行くだろ? しかし、すごい情報網だな。海竜まで……」


 えっ? なぜ、聞こえるんだ?




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