347、自由の町デネブ 〜第四番目の神官家
神官様とマルクが会場に入って来たことで、静かだった室内は、騒然としている。
デュラハンの畏怖のオーラにやられている人達には、彼女達は救世主に見えたのかもしれない。
「ヴァン、そのオーラを引っ込めなさい!」
神官様は、めちゃくちゃ怒ってる。
僕は、加護を弱めてくれって言ったんだ。だけどデュラハンが、このままの方がいいって……。
えっ? 引っ込めた!?
僕の姿が、元に戻る。
すると、神官様は、片眉をあげた。こ、これは、めちゃくちゃ怒ってる眉だ。やばい。どうしよう。
「神官様、あの、僕……」
どうしよう。何をどう言っても、つまらない言い訳だ。
そもそも、僕がデュラハンの加護を使って、貴族や商人を黙らせようとした事実は、変わらない。
彼女は、そんな僕の気持ちをわかっているのか、大きなため息をついた。
「神官様じゃないわよ。貴方も神官でしょ。もっと自覚を持ちなさい!」
ピシャリと叱られ、僕は完全に反論すべき言葉を奪われた。そうだ、神官下級のスキルを得たんだ。僕は……。
思わず、しょんぼりしてしまったのだと思う。
彼女は、そんな僕から、拡声の魔道具を奪った。
「皆様、私の夫が失礼いたしました。レモネ家の皆様、レモネ家に関わりのある皆様、本日は、おめでとうございます。この町の教会の神官、フラン・ドゥ・アウスレーゼです。大変遅くなり申し訳ございません」
凛としたよく通る声だ。彼女は神官の顔をしている。気高く美しい。僕は、少し頬が熱くなるのを感じた。照れなのか羞恥なのか、その理由はわからない。
一方で、会場内は、一気に騒然とした。さっきまでの騒がしさとは違う。なんだか異様なザワつきだ、
彼女は、やわらかな笑みを浮かべ、そんな人々に優しい視線を向けている。
次第に、彼女の話を聞こうと、静かになってくる。僕とは、真逆だ。僕は、恐怖心で黙らせたんだ。
器の違いを強く感じる。
恥ずかしい……穴があったら入りたい。
「フランちゃん、いま、夫と言ったかい?」
「おい、そんな呼び方は失礼だろう。彼女は、この町の治安を任された新たな神官家の当主だ」
「新たに独立した神官家は、星の数ほどあるじゃないか。下級貴族と同じだ」
「いや、ドゥ家は、王宮から、新たな役割を得たと聞くが……」
貴族や商人は、彼女のことをよく知っているんだな。新たな神官家と自分達の地位の、どちらが上かを気にしているのか。
「皆様、この集まりは、レモネ家の転移魔法陣設置のお祝いパーティですよね。ご存知でしたか」
神官様が、静かに話を続けた。何人かの貴族や商人が少し気まずそうに、視線を逸らした。なぜだろう?
「このパーティの主役は、レモネ家の講習会を利用する人達のはずです。貴族のパーティとあらば、何でも顔を出して交流を広げようとすることは、悪いことではありません。ですが、パーティの主題は頭に入れておくべきですよ」
彼女は、貴族や商人を、招かれざる客だと言っているのか。彼らの表情が、少し敵意あるものに変わった。
だけど彼女は、全く気にする様子はない。戦う力は弱いのに、気高く強い人だな。
「そして、私の夫が、闇の精霊を使うということは、彼を怒らせたということでしょう。彼は、つまらないことには腹を立てない。皆様の誰かが、パーティの主役もしくは主催者に、何かをしたのでしょうか」
神官様が、僕を擁護してくれた!
「その、彼は、勝手に我々を脅して……」
貴族の一人が、彼女に反論する。だけど、彼女がやわらかな視線を向けると、ゴニョゴニョと言葉にならないものに変わった。
「そうですね。ヴァンは、まだ、自覚が足りません。神官下級のスキルを得たと言えば、闇の精霊を使わずとも、皆様が話を聞こうとしてくださるはずなのに」
えっ? そうなのか。
彼女は、僕にチラッと視線を向けた。その表情は読めない。片眉が動かないこともあるんだ。
「フランさん、その、ヴァンさんが伴侶なのか? 王族の誰かではないのか」
「確かに、とんでもないバケモノを統べる者だが、なぜ、そんな男を選ぶ? なぜ、その男に神官のスキルが?」
「独立した神官家の子供なんじゃないか? ジョブではなくスキルなら、死んで蘇生されたのだろう」
「だがそれなら、下級にまで落ちるか? 彼女は、下級神官と言ったぞ」
貴族の人達が、口々に一斉に話し始めた。また、少し騒然としたけど、彼女は、笑顔でそれを静めるんだ。
なんだか以前の彼女とは、違うような気がする。何かのチカラが備わったのだろうか。
僕は、以前、神官様が多くのピオンに囲まれていた頃のことを思い出した。あのときは、彼女が必死で何かを言っていても、全然、聞こうとしなかったよな。
あれは、裏ギルドに出入りする人達だから、だろうか。貴族や商人なら、違うのかな。
「皆様、彼は農家の生まれです。私が彼の成人の儀をとり行いました。その縁で知り合い、そして今に至ります。神官は基本的にはジョブしか存在しません。ですが、ある条件を満たすことで、スキルとして取得することもあるのですよ」
神官様が、優しい口調で話し始めると、やはり、みんな静かになる。何だろう? 不思議な力を感じる。でも、魔法でもないよな。
「彼が皆様に提案したことに加えて、私からもお話したいことがあります」
げっ、さっきの話を聞いていたのか。
神官様は、テーブル席の方に視線を向けた。そして、会場内をぐるりと見渡すように眺めている。
その表情は、神々しさを感じるほど、凛としていて美しい。僕は、こんな彼女の夫だと、堂々と言えるだろうか。あまりにも僕は幼稚だ。
「私は、あるレア技能を授かりました。ドゥ教会に、六精霊の宿る壺があることを知る人は、ご存知でしょう」
な、何? レア技能? 知らないよ。
「王宮から今朝、遣いの方が訪ねて来ました。私に授かったレア技能を活かして、今後、第四番目の神官家となるようにとの王命です」
会場内が、どよめいた。
僕は、理解が追いついていない。第四番目の神官家って、神官三家が、神官四家になるってこと? でも、彼女は、アウスレーゼを名乗っていたのに?
「神の使徒ですか? もしくは精霊の使徒?」
なんだかよくわからない言葉が飛び交う。レア技能なら、口に出すわけないじゃないか。
「私に授かったレア技能は、創造伝道ですよ」
言った!?
神官の技能はよくわからないけど、伝道ってありそうだよな。レア技能には聞こえない。
だが、貴族の何人かは、驚きに目を見開いている。
「ご存知ない方も多いでしょう。精霊ノレア様が直接授けられる、新家の創造主たる技能です。神官三家の初代の当主にも授けられたそうですよ」
ええっ!?
会場内は、シーンとしてしまった。神官家の創造主って、な、何なんだ!?
彼女は、こちらを向き、少し困惑したような笑顔を浮かべている。僕の顔を見て、呆れたのか。確かに、間抜けな顔をしている自覚はある。
「私の夫も、ポカンとしていますので、ご説明します。この技能により、私は、神官の下位スキルに当たる幾つかのスキルを、与えるための教育ができるようになります。ですので、これが私からの提案です」
神官様は、テーブル席の方を見ている。
「私のドゥ家は、様々なやり直しを助けることを目的としています。ベーレン家に近い役割ですが、もっと気軽な教会でありたいと考えています。ベーレン家のように、孤児を奴隷にすることはありません。孤児となった子供達が、自らの力で自立できるように、応援していきたいと考えています」
あれ? 恋の応援じゃなかったのか?
「私の考えに賛同してくださる方には、教会の運営を手伝っていただきたいのです。ドゥ教会で働くことで、神官の下位スキルを得て、いずれ、下級神官へと成長できる道もあります」
わぁっと歓声があがった。僕の話よりも、みんな笑顔なんだよな。
「ちょっと、フランさん、俺にも時間くださいよ」
マルクが、彼女に近寄ると、神官様はマルクに、拡声の魔道具を譲っている。あらかじめ、打ち合わせをしていたのだろうか。
「皆さん、こんにちは、マルク・ルファスです。俺も、スカウトに来たんですよ」
うん? スカウト?
「レモネ家の講習会では、新たに、妻が講師をするものが始まります。それに出席し、センスがあると認めた人を、ドルチェ家の店にスカウトしたいそうですよ。商人として働いてみたい人は、参加してください。もちろん、ヴァンの講習会も、商人として必要な知識が得られますよ」
な、なんだか、スカウト合戦?




