表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

344/574

344、自由の町デネブ 〜パーティを開催する目的は

「この後は、隣の部屋で、転移魔法陣の設置記念パーティがあります。皆様、移動をお願いします」


 レモネ家の年配の黒服が、そう案内すると、貴族や商人らしき人達は、スッと立ち上がった。やはり彼らは、パーティのついでに、ワイン講習会に出席したようだ。


 子供達は、レモネ家のシルビア奥様の方へと集まっている。彼女に指示を仰ぐのだろう。パーティによっては、子供を参加させないこともあるためか。


 奴隷だった人達は、戸惑いの表情を浮かべて、ジッと座っている。互いに顔を見合わせて、行くべきかどうかを無言で相談しているかのようだ。



「パーティは、講習会に出席した人全員が、対象ですか?」


 僕は、わざと大きな声で、年配の黒服に尋ねた。


「はい、ヴァンさんも、是非参加してください。この屋敷とスピカの屋敷を結ぶ転移魔法陣の完成パーティなので、講習会に参加されるすべての人が対象です」


 彼は、僕の意図を察して、後半部分は声を張って話してくれた。やはり、この人はできる。


 だが、奴隷だった人達の表情は曇っている。おそらく、パーティが怖いのだろう。これまでに、嫌な思いをしたことがあるのか。いや、そもそも出席したことがないか。


「じゃあ、僕は、さっきの続きに興味がある人達と、料理とワインの相性実験をしようかな? 僕は、農家の生まれだから、貴族や商人との社交場での交流は、苦手なんですよね」


「おや、そうは見えませんが……」


 察してくださいよ、黒服さん。


「ヴァンくんは、お子ちゃまグループね。うふふっ」


 シルビア奥様は、なんだか嬉しそうなんだよな。そうか、僕が、子供達の世話をすると言ったように聞こえたのかな。どちらかといえば、奴隷だった人達の世話をしようと思ったんだけど。


 彼女は、パーティ主催の貴族レモネ家の奥様だもんな。ずっと、子供達の相手はしていられないだろう。




 隣室に移動すると、貴族の屋敷でよくある立食パーティのような形式だった。休憩用の椅子も、壁沿いに並んでいる。


 料理が並ぶ細長いテーブルが二つ、そして飲み物を提供するカウンターが一つある。


 会場の広さから考えると、招待客は、500人くらいを予定しているみたいだ。ワイン講習会には、100人以上いたけど、確かに、全員を対象にしているとわかる。



 細長いテーブルには、一定間隔で黒服がついている。どこかで会ったことのある派遣執事も数人いるようだ。


 カウンターには、カウンター内と外に、黒服がついているようだ。こちらは全員がレモネ家の黒服かな。


 僕が、派遣執事の仕事で貴族の屋敷で働いているときは、よく、飲み物カウンターを任されたんだよな。


 パーティの中盤あたりから、酔った客が絡みにくるから、ソムリエというより、薬師の仕事が多くなる。僕は、その対応ができるからだと思う。


 だけど正直なところ、貴族のパーティでは嫌な思い出しかない。貴族同士の……なんとも言えない醜い場面に遭遇することが多いためだ。



 講習会に出席しなかった貴族は、既に、軽く飲んでいるようだ。レモネ家の旦那様の姿も見える。


 僕のイメージする貴族のパーティとは、客層が随分と違う。レモネ家は学者貴族だから、同じく学者っぽい人達も多いようだ。


 聞こえてくる話は、貴族特有の自慢話ではない。僕には理解できない難しい会話だ。学者が多いなら、おとなしいパーティになるかもしれないな。




「皆さん、あちら側にテーブル席も用意しています。立食パーティが初めての方は、ご利用くださいね」


 レモネ家の黒服が、シルビア奥様の側に集まる子供達に、声をかけてきた。子供達よりも、奴隷だった人達を案内してあげる方がいいのにな。


 会場のステージから遠い場所に、テーブル席が用意されたようだ。貴族や商人とは、居場所を分ける作戦なのか。


 確かにその方が、トラブルを回避できる。だがそれなら、テーブル席はステージに近い方がいい。あんな端に追いやるのは、はっきり言って、招かれざる客への対応だ。


 だけど、まぁ、レモネ家は貴族だもんな。パーティに子供達や奴隷だった人達を招くということだけでも、大きな決断かもしれない。



「じゃあ、お子ちゃまグループは、こっちに来て」


 シルビア奥様がテーブル席へと子供達を案内し始めた。彼女は、子供達のことしか見えていないみたいだ。



 僕は、戸惑っている奴隷だった人達に声をかけた。


「料理とワインの相性実験に興味がある方は、テーブル席の方へお願いします。講習会のときみたいな、口の中が大変なことになる組み合わせを探してほしいんです」


「えっ? 相性の悪いものを探すのですか?」


 ひとりが僕に問いかけてくれた。だけど、すぐにぺこぺこと謝るように頭を下げる。もう奴隷じゃないのにな。


「はい、こんなパーティは、子供達には退屈でしょう? 変な組み合わせを探すゲームは、子供達は喜ぶと思うんです。酔ってしまわないように、解毒薬も作らなきゃいけないですね。魔力のある方には、解毒薬を作ってもらおうかな」


「解毒薬だなんて、そんなスキル……」


 反論したと感じたのか、また、口を押さえて、ぺこぺこしている。こういう仕草が癖になっているのかな。


「薬草から解毒薬を作るのは、簡単です。僕が教えますよ。解毒薬作りに興味がある方も、テーブル席へどうぞ」


 僕は笑顔で、彼ら一人一人に視線を送る。たぶんこれで、決断できるはずだ。ちょっと威圧的になってしまったけど、仕方ない。




 パーティの開宴の挨拶があり、会場内には楽器を演奏する人も現れた。珍しいな。とても上品な音楽が流れる。


「今回のパーティの主賓は、転移魔法陣を描いてくださった方なのですが、パーティの後半にお越しくださるそうです。それまでは、ご自由にお楽しみください」


 年配の黒服が、司会進行をしているようだ。彼は、何でもできるんだな。



 子供達は、少し緊張した様子で、料理を取りに行っている。だが、招待された貴族は、良い顔をしない。


 ワイン講習会に出席していたのは、下級貴族のようだな。彼らも、立派な身なりの人達には萎縮しているようだ。


 貴族同士のことは、好きにしてもらえばいい。だけど、招かれた子供達との間で、トラブルになると困る。奴隷だった人達は、わきまえているのか、料理を取りに行けないようだ。


 ふと、以前のラスクさんの話を思い出した。


 レモネ家のパーティに、奴隷だった人達を参加させることで、何かを学ばせたいんだよな。たぶん奴隷だった人達ではなく、貴族の人達に学ばせたいんだ。じゃなきゃ、子供達まで招かないだろう。


 ここは、僕が仕掛けるしかないか。



 僕は、奴隷だった人を一人連れて、飲み物カウンターへと移動した。レモネ家の黒服ばかりだから、こちらの方が、交渉しやすい。


「あっ、ヴァンさん、何をお入れしましょう?」


「ボトルのままで、テーブル席に数本持って行きたいんです。数の多いワインでいいのですが。ちょっと在庫を見せてもらいますね」


「は、はい」


 僕は、カウンター内に入り、ワイン用の保管庫を見てみた。種類は多くはない。いろいろな料理に合わせやすい汎用性の高いワインが揃っている。


「この品揃えは、さすがですね。料理とケンカしないものが多いな」


「下級ソムリエのスキルを持つ者が、厳選いたしました。ヴァンさんに褒めていただけて光栄です」


「あぁ、シルビア奥様が爺と呼ばれている方ですね。さすがです。うーむ、困ったな」


「えっ、な、何か不手際が……」


「いえ、料理と合わせにくいワインが欲しかったんですが……まぁ、これにしよっかな」


 僕の呟きに、黒服は首を傾げている。


「さっきの講習会の続きを、遊びにしようと思いましてね。子供達が緊張しているようだから」


「あぁ、なるほど。それで合わせにくいワインですか」


「はい、合わない組み合わせの方が、子供達は面白がるでしょう? シルビア奥様も、かもしれませんが」


 僕がそう言うと、黒服達は、ふふっとやわらかな笑みを浮かべた。


「お兄さん、これをあちらのテーブルへお願いします。あっ、ソムリエナイフも一つ借りますね」


 奴隷だった人は、仕事の指示をされると安心するようだ。僕が選んだワインをテーブル席へと運んでくれた。



 ふと、年配の黒服と目が合った。何か、意味深に頷かれたんだけど、意味はわからない。ただの許可だろうか。




「さぁ、ワインを開けますよ。開け方を見ていてくださいね。2本目からは、やってもらいますよ〜」



 テーブル席で僕がそう言うと、真剣な眼差しが集まった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ