342、自由の町デネブ 〜【講習会】(1)何から作る?
僕の指示を、商人らしき人達は無視するんだよな。貴族らしき人達も、僕に媚びた視線を向けない人は、僕の素性を知らないらしい。僕を睨みつけている。
彼らから見れば、17歳の僕は、ただのガキだ。生意気に指示しやがって、と気分を害したのだろうか。
まぁ、別に構わない。彼らは、この講習会の対象者ではない。邪魔されるより、無視してくれる方がいい。
冒険者っぽい人達は、皆、立ち上がった。冒険者達を立たせているのは、ハンターパーティ、ラプトルのメンバーだ。特にディックさんが睨むと、みんなスッと立ち上がるんだよな。
僕と目が合うと、ディックさんはニヤリと笑った。
興味本位で来たのか。いや、獣人保護に力を入れている人達だから、奴隷だった人達を守るために参加したのかもしれない。
「さぁ、ご起立いただいた皆さんには、クイズに答えてもらいますよ。間違えたら着席していただきます」
僕がいきなりクイズと言ったためか、ザワザワと騒がしくなった。でも、それでいい。
僕は魔法袋から、薬草と、カベルネのぶどうを取り出した。そして、みんなに見えるように高く掲げた。
「皆さん、ワインが何から作られるか、ご存知ですか?」
そう尋ねると、子供達だけでなく、大人の多くも頭を抱えている。座っている貴族らしき人の中にも、首を傾げている人がいる。想像以上に、知られていないんだ。
みんな、薬草は、わかっているみたいだな。カベルネの黒ぶどうを見て、木の実なのか果物なのかとヒソヒソ話をしている。
子供達は、巨大な鳥の魔物のフンだと言っているんだよな。まさか、ぶどうをフンだと言われるとは思わなかった。
これは、質問を変える方がいいか。
「では、皆さんにクイズです。ポーションの材料は、どちらでしょう。この緑色の草だと思う人は手をグーに、こちらの黒い果物だと思う人は手をパーにして挙げてください」
すると、子供達は勢いよく手をグーにして挙げている。それを真似るように、奴隷だった人達も、また、ラプトルのメンバーも挙げている。むりやり立たされた冒険者は無視しているんだよな。
ほとんどがグーだけど、手を挙げろと言ったからか、パーの人もいる。条件反射だろうか。
「はい、正解は、グーです。パーの人と手を挙げられなかった人は残念でした。着席してください。ポーションは、薬草から作られています。皆さんも、ポーションを飲んだことがありますよね?」
僕は、そう話しながら、黒服に、正方形のゼリー状ポーションを渡した。
「黒服さん、立っている人達に、ひとつずつ配ってください」
「えっ? ヴァンさん、これは……無料で配ってもいいのですか」
「はい、構いません。この後の試飲で、ワインを飲んでもらうので、体力が減っている人は、酔って気分が悪くなるかもしれませんから」
「かしこまりました」
レモネ家の黒服が、数人で手分けして、素早くクイズの景品を配ってくれた。
受け取ってすぐに口に入れる子もいたけど、ほとんどの人が持って帰りたいと考えたのか、周りの様子を窺っているようだ。
奴隷だった人達の中には、かなり弱っている人がいるから、いま食べて欲しいんだけどな。
よし、じゃあ……。
「皆さん、食べてくださいね。食べ終わった人と、残念だった人には、次のクイズに挑戦してもらいます」
僕がそう言うと、皆、パッと口に入れた。何人かの、食べて欲しかった人達も、無事に回復している。
初めて食べた人が多かったのか、ザワザワと大騒ぎになった。噂の少年のポーションだという声も聞こえる。僕は、いつまで、少年と呼ばれるのだろう。
「それでは、次のクイズです。皆さん、ご起立ください」
すると、さっきクイズに参加しなかった冒険者は、ラプトルのメンバーに促されなくても、すぐに立ち上がった。
それに、僕を無視していた貴族や商人の一部も、立っている。へぇ、景品があると参加するのか。
僕は魔法袋から、りんごとシャルドネの白ぶどうを取り出し、みんなに見えるように高く掲げた。
昨夜、バーバラさんがいろいろと用意してくれたんだ。ワインを飲み慣れない子供がいれば、果物やジュースを混ぜたサングリアを作りたいと、僕が言ったからなんだけど。
「ワインの材料に使うことができる果物は、どちらでしょう? この緑色の果物だと思う人は手をグーに、こちらの赤い果物だと思う人は手をパーにして挙げてください。正解した人には、さっきのポーションをひとつ、お土産に差し上げます」
ザワザワと子供達は相談している。大人もかな。クイズを相談するって……まぁ、いっか。
さっきのカベルネの黒ぶどうを、鳥のフンだと言っていた子供達は、黄緑色のフンと言っている。果物だと教えたはずなんだけどな。
今回は、手の挙がる勢いが悪い。ぶどうは知られてなくても、みんな、りんごはわかるはずだけどな。ワインがぶどうから作られていることを、本当に知らないんだ。
まぁ、どちらも正解なんだけど。
「はい、正解は……両方とも正解です。黒服さん、お願いします」
レモネ家の黒服は、一瞬、驚いた表情を浮かべたが、立っている人達に、ポーションを配ってくれた。
きゃーきゃーと騒ぐ声が少し静まるのを待った。
「皆さん、ワインは、普通は、ぶどうから作られています。ですが、りんごから作るワインもあるのです」
関心が無さそうだった人達が、僕の声に耳を傾け始めたようだ。
「簡単に言えば、ぶどうを絞ってジュースを作り、醸造するとワインになります。りんごを絞ってジュースを作り、醸造するとシードルと呼ばれるりんごのワインになります」
あっ、商人が食いついた? シードルがワインだと知らなかったらしい。シードルは安い。これをワインとして売れば、大儲けができるという囁き声が聞こえる。
「ワインからは、さらに蒸留することで、ブランデーができます。シードルも、さらに蒸留するとカルバドスというブランデーになります」
貴族が食いついたみたいだ。へぇ、ブランデーを知っているんだな。そっか、王都の近くには、蒸留酒の生産をする大きな村があるからか。
「さて、話が逸れてしまいました。ワインに話を戻しましょう。皆さんは、ぶどうのジュースを飲んだことがありますか? 薄い琥珀色のものと、濃い紫色のものがあるんですよ」
僕は魔法袋から、マスカットのジュースと、マスカットベリーAのジュースを取り出した。そして、黒服に、みんなに少しずつ配ってもらうよう、お願いした。
バーバラさんが王都で買ってきてくれたジュースなんだけど、名前が紛らわしいんだよな。しかも、マスカットベリーAは、王都近郊だけでしか栽培されていないぶどうだ。
僕が手に入れたぶどうとは種類が違うから、少し迷ったけど、ここは話術だよな。ポーカーフェイスで、上手く乗り切らなけば。
あちこちから、マスカットのジュースだという歓声があがる。確か、値段が高いはずだ。オレンジジュースの百倍近いかも。
「皆さん、今、飲んでもらったジュースは、飲みやすくするために、砂糖やいろいろなものが入っています。ワインの材料として使うときには、基本的に砂糖は入れません。絞ったままのジュースを使うんです」
話し始めると、みんながこちらを向いてくれた。僕は、シャルドネのぶどうを高く掲げた。
「これは、シャルドネ村で買ってきたシャルドネのぶどうです。今、飲んでもらった薄い琥珀色のジュースも、これと同じ色のぶどうから作られています」
すると、シルビア奥様がパッと手を挙げた。ちょ、な、何ですか?
「ヴァン先生〜、シャルドネ村は白ワインの産地なのに、緑色のぶどうなの? 白いぶどうじゃないの?」
これは、わざと僕を困らせようとしている?
「その質問に答える前に、こちらの説明をさせてください」
僕がそう言うと、シルビア奥様は、目をキラキラと輝かせている。
僕は、もう一方の手で、カベルネ村のぶどうを高く掲げた。
「これは、カベルネ村で買ってきたカベルネのぶどうです。飲んでもらった濃い紫色のジュースは、これと同じ色のぶどうから作られています」
また、シルビア奥様が手を挙げた。
「ヴァン先生〜、カベルネ村は赤ワインの産地なのに、黒色のぶどうなの? ジュースは紫色だし、変だわ」
彼女は、無邪気な笑顔なんだよな。
「先程の質問と合わせて、お答えしますね。紫色のジュースは、ワインに醸造すると、赤く化けるんです。そして、この濃い色素を含まないぶどうを、白ぶどうと呼んでいます」




