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340、自由の町デネブ 〜ヴァン、考える

 僕は、レモネ家のワイン講習会の準備のために、すぐ近くのカベルネ村とシャルドネ村を訪ねた。


 もう暗くなり、ぶどうの妖精達が寝てしまっているためか、見たことのある住人と会っても、僕だと気付かれることはなかった。お気楽うさぎが、何かの術をかけているのかもしれないけど。


 下手に騒がれるのも嫌なので、僕は、ホッとしていた。そして、貴族の家の使いのフリをして、収穫して保管されていたぶどうを少し買い取ってきた。


 ぶどうからワインができるということを知らないなら、もしかすると、ぶどうを見たことがないかもしれないと思ったんだ。


 赤ワインと白ワインなら、荒野のガメイ畑と、リースリング村に行けばいいんだけど、そんな気にはなれなかった。


 荒野のガメイに行けば、畑の所有者だからと気を遣われる。そして、リースリング村に戻ると、家族にいろいろと話さなければならないことがあるから、講習会の準備ができない気がしたんだ。


 準備と言っても、もうこれ以上、手に入れなければならないものはない。だけど、どう話せばいいかを考えなければ……。





 僕は、ぼんやりと歩いていた。気がつくと、畑の横の細長い小屋の前だった。神官様の教会には、やはり足が向かなかったんだよな。


 レモネ家に行くと言ったのに、自分の領地というか畑の小屋に戻って来てしまった。彼女は、まだ忙しくしているのだろうか。もしくは、レモネ家へ向かう頃だろうか。


 だけど、もう夜も更けてきたよな。




「お兄さん、おかえりなさい」


「ただいま、あれ? バーバラさん、何か、変えた?」


 僕が出入りする扉を開くと、なんだか貴族の食事の間のような雰囲気になっていた。家具が変わっただけじゃなくて、仕切りも変えてあるようだ。


「はい、お兄さんが、新たな神官家の名を得たと教えられたので、それに相応しいように、少し変えました。ドゥ家の当主の伴侶になったんですよね」


 バーバラさんは、なぜ、知っているんだ?


「誰に聞いたの?」


「そうかもしれないという話は、以前から、泥ネズミが言っていました。でも、お兄さんは、そう思っていないから、間違えているかもしれないって聞きました。だけど、さっき、精霊の祝福の風が届いたので……」


 あー、落書きが、ここにも?


「そっか、バーバラさん、ありがとう。光の精霊様の落書きは、どこに描いてあるかな?」


 僕が落書きと言ったことが面白かったのか、彼女は、クスクスと笑っている。見た目は年配の女性だけど、笑うと年相応だよな。


 土ネズミの変異種である魔女と呼ばれる彼女達は、ベーレン家によって人工的に創られた存在だ。


 だけど、バーバラさんは、まだ8歳くらいだっけ。


 人間と同じくらいの寿命があるのに、ずっとこの姿だなんて、可哀想だ。なんとかしてあげたいんだけどな。



「こちらです」


 バーバラさんは、精霊の森への、一つだけの扉を開いた。その先の庭は、泥ネズミ達の遊び場になっている。


 多すぎるかと思いつつも作りすぎ、たくさんの遊具で埋め尽くされている。


 やはり、高い場所が好きなのか、高い位置につるしたハンモックだらけの木が、人気のようだ。夜には、下から見上げると、泥ネズミが実る木に見えるもんな。



「うわぁ……ちょっと、ひどくない?」


 僕が思わず絶句していると、バーバラさんはクスクスと笑った。


 精霊の森側の、丸太小屋の壁一面に、意味不明なマルやいびつな線や、ぐちゃぐちゃな何かが描かれている。


 もしかして、教会の壁に描くことを断られた腹いせだろうか。



「私には、何が描いてあるのかわからないんですが、お兄さんの歴史だと、光の精霊から教えていただきました」


「あはは、僕にも、何が描いてあるか、全くわからないよ。もしかして、光の精霊様がここを訪ねて来たの?」


「はい、あと、階段はもらうとおっしゃって、何かを持って行かれたようです」


「階段?」


 そんなものは、ないんだけどな。


「はい、水路の方の……。泥ネズミが怒っていましたが」


 何だっけ? 


 水路の方へ移動すると、この庭に水が流れ込みすぎないようにと作っていた、小さな水車が消えていた。


 そういえば、泥ネズミ達が、なぜか水車に乗って遊んでいたっけ。


 光の精霊様のおもちゃになるのか? さすがに、光の精霊様は、水車には乗れないと思うけど。だけど、階段?



「分岐路の水車が無くなっているよ。泥ネズミ達が気に入っていたなら、また、そのうち作っておくよ」


「ふふっ、お兄さんは、優しいです」


 バーバラさん達には、何もしてあげられてないんだよな。なんだか、少し、心が痛い。



「バーバラさん、もう晩ごはん食べたかな?」


「いえ、あの、お食事でしたら、すぐに用意させます」


 バーバラさんは、念話を始めたようだ。だけど、無料宿泊所の食堂は、いま、忙しいだろう。


「違うんだ。僕は、明日、レモネ家のワイン講習会をすることになったんだけどさ。ちょっと試作品に協力してくれないかな」


「えーっと、私は、ワインはわからないです」


「ワインを作るんじゃなくて、ワインに合う料理を作るんだ。食べた感想が欲しい」


 僕がそう言うと、バーバラさんは、嬉しそうな少しはにかんだような笑顔を浮かべた。


「はい、お兄さんのお手伝いができれば嬉しいです」


「じゃあ、厨房を使うね」


「では、私は、食堂の準備を済ませてしまいます」


 そう言うとバーバラさんは、小走りで、畑の作業の人達に開放している食堂の方へと去っていった。ワープじゃなくて、バタバタと走っていく姿は、初めて見たな。


 バーバラさんに、いつものお礼に、何か食べてもらいたいと考えていたことが、バレてしまったのかもしれない。




 僕は、バーバラさんのための夕食を用意した。とは言っても、彼女ひとり分ではない。数人分を用意しておいた。


 ベーレン家の無料宿泊所にいる魔女二人が、来るかもしれないし、もしかすると、神官様が来るかもしれない。



「さぁ、バーバラさん、どうぞ」


「わぁっ、お兄さんが黒服だなんて、びっくりです」


 僕は、久しぶりに黒服を着た。ファシルド家でもらったものが、まだ使えているんだ。


「これでも、派遣執事をやっているからね。最近は、サボってるけど」


「うふふっ」


 バーバラさんを給仕していると、彼女は少女のように笑う。くすぐったそうにも見える笑顔だ。おそらく、こんな風に扱われることは、初めてだろうな。


「お兄さん、美味しいです」


「ほんとに? お世辞は言わなくていいよ? 僕、調子に乗ってしまうから」


「えーっと、もう少しだけソースをかけてもいいかも……あっ、うふふ」


 肉料理に追加のソースをかけると、バーバラさんは、嬉しそうに微笑んでいる。


「さぁ、お嬢様、どうぞ。お好みで、こちらのソースもお試しください」


 丁寧にお辞儀をしてみせると、彼女は、くすぐったそうに笑う。



 そうか、これでいこうか。



 レモネ家の講習会に来るのは、みな、奴隷だった人達だ。まずは、笑顔にさせることが、第一歩だよな。


 バーバラさんは、美味しいと言って笑顔で食べてくれるけど、きっと、料理が口に合うわけではないだろう。


 土ネズミは、雑食だ。おそらく料理を楽しむという感覚もない。もしかすると味覚も、ほとんどないのかもしれない。


 だけど、こうして僕が給仕をすることで、楽しそうに笑ってくれる。大切にされているという感覚が、最高の調味料になるんだ。



 ラスクさんは、僕に、道化師としてのスキルを期待しているみたいだった。だけど、きっと、違うよな。


 奴隷だった人達が、この町に逃げてきて、そして、裏ギルドにしか居場所がなくなる……。


 そんなことにならないように、ラスクさんは彼らの意識改革をしようと考えているんだ。


 だけど、それは貴族から見た視点だと思う。


 僕のような、農家に生まれた一般人は、裏ギルドなんて、怖くて行けない。冒険者として、細々と生きていけるなら、地味なミッションでも何でも受注する。


 そして、今の神矢の【富】は、ワインだ。


 冒険者をするのが怖い人に必要なのは、やはり、神矢の富に関する知識だ。


 使える何かが増えてくれば、きっと気持ちは変わっていく。彼らが生きるためには、特別な難しいことは何もいらない。そう、教えてあげることも、きっと大切なんだ。



「お嬢様、デザートにオレンジクレープはいかがですか?」


「うふふっ、ありがとう」


 お嬢様扱いをすると、それに合わせて、バーバラさんの口調も自然に変わる。


 とても、重要なヒントをもらった気がする。


「こちらこそ、バーバラさん、ありがとうね」



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