338、自由の町デネブ 〜次の約束
冒険者ギルドの仮所長ボレロさんは、教会に来ていた兵を、王都へと強制転移してくれた。彼らは、命令がないと、自分達で勝手な判断ができないらしい。
研修中のギルマスは、魔導ローブを着ていたアウスレーゼ家の神官を捕らえたようだ。
ただ、その罪状が、事実とは少し違う。教会への襲撃という行為は、不問にするみたいだ。
彼が悪しき洗脳を受けていて、町に害があるという理由だけだそうだ。そうすることで、ギルマスの権限で、町の牢獄へ入れることができるらしい。
ボレロさんとギルマスのおかげで、王都からの兵の件は、すっかり片付いた。
だけど、教会の騒ぎは……。
「私も、触ってもいいかしら」
「貴女、ちゃんと並びなさいよ」
「女ばかりが独占するなよ。精霊様の分身が宿る家だぞ」
「何よ、恋が叶う壺よ! 恋をしていないオジサンは、引っ込んでなさいよ」
「は? 触れると、光の精霊様の加護が得られるかもしれない壺だ。恋など、自分で何とでもできるじゃないか」
「わかってないわね。そんなんだから、モテないんじゃないの?」
なんだか、ケンカになっている。すると、神官様が、優しい笑顔で口を開く。
「あら、ダメよ、そんなことを言っていると、精霊様が力を貸してくださらないわ」
「そ、それは、困るわ。神官様、ごめんなさい」
壺が大人気なんだ。大人気すぎるんだ。
神官様は、そんな人達の様子に優しい眼差しを向けている。
僕としては、彼女と二人で、いろいろな話がしたい。神の像がキラキラと輝いている下で、もっと、僕の気持ちを伝えたい。
いや、それよりも今は、これから一緒に暮らせるのか、どこに住むのか、これからのことも話すべきだよな。
だけど、教会がこの騒ぎでは……。
「ふっ、ヴァン、とりあえず、オールスの容態を確認しに行くか。それに、レモネ家にも、この件は伝えておくべきだろう」
ゼクトさんが、そう提案してくれた。わかっている。それが、当然、今、必要なことだ。
「そうですね……わかりました」
「クックッ、おまえ、わかりませんって顔をしてるぜ」
晴れやかな笑顔で、人々の世話をする神官様は、輝いてみえる。ずっと努力してきて、独立しても命を狙われることもあって……今、初めて、いろいろな不安から解放されたんだもんな。
「いえ、わかってます……」
僕がそう言うと、ゼクトさんはニヤッと笑った。
「フラン! ヴァンは連れて行くぞ。オールスの状態を診てもらいたいからな」
ゼクトさんは、大きな声で叫んだ。
神官様や、彼女を囲んでいた人達は、一斉にこちらを向いた。壺で盛り上がる人達の邪魔をしてしまった気分だ。
「わかったわ。レモネ家ね」
「はい、フラン様。レモネ家の旦那様とは、別の件の打ち合わせもありますから……」
「そう。ヴァン、別に私のことは気にしなくていいわよ。貴方は貴方の仕事をしなさい。ジョブの仕事、最近あまりやってないわよね?」
「あー、はい。その件の打ち合わせです」
神官様は、片眉をあげた。えっ、僕がごまかしたと思ってる? 本当にジョブ『ソムリエ』の仕事なのに。
すると、ゼクトさんは、ニヤニヤしながら、口を開く。
「フラン、こいつ、女の店で働こうかと言ってたぜ」
なっ? こんなに注目されているのに、ゼクトさんは、何を言ってるんだ。
「女? 私以外にも好きな人がいるの?」
「ち、違います! カラサギ亭のマスターが、この町に店を出すから、その店長が女性だというだけです」
「ふぅん、そう」
また、片眉があがった。こ、これは、何だ? 僕のことを疑っている?
「へぇ、フラン、おまえは女としての自信がないのか?」
「な、何をおっしゃっているのかしら?」
神官様の片眉があがらない。こ、これは、マジで怒っているんじゃ?
「ちょ、ゼクトさん、早く行きましょう。フラン様、失礼します」
僕は、ニヤニヤするゼクトさんの腕を引き、教会の出入り口へと向かった。ゼクトさんは、なぜか僕に引っ張られて、まるで連行されるかのように歩くんだよな。
僕達が通る道を、人々が開けてくれる。
狂人でさえ敵わないのか、とか、あの狂人を手懐けている、とか、いろいろな声が聞こえてくる。
なんだか、僕が、とんでもなく恐ろしい者のように……ゼクトさんが演出しているんだ。
確かに、僕が怖がられることで、教会は安全になるかもしれない。特に、神官家や貴族には、有効だろうな。舐められるから、襲撃されるんだ。襲撃できないと思わせることが、何よりの防御になる。
はぁぁ……まぁ、いっか。
教会を出たところで、ゼクトさんは転移魔法を使った。そして、僕達は、倉庫通りにあるレモネ家の別邸へと戻ってきた。
「間抜けなオールス、容体はどうだ?」
ゼクトさんが倉庫前で何かの魔道具を操作し、僕達は、オールスさんの部屋へと直接移動した。
この方法だと、レモネ家の人達には、出入りを知られないだろうな。いちいち倉庫を通るのも大変だし、大通りの方から、ここまで上がってくるのも大変だ。
ゼクトさんって、どれだけの魔道具を持っているんだろう? 極級ハンターってことは、トレジャーハンターも超級以上なのかもしれない。僕は、まだ中級なんだよな。
「おう、食ったら出ることを思い出したぜ」
「誰が、糞の話をしろと言った? ヴァン、こいつは放置でいいぜ」
「クソは、まだ出ていない」
「じゃあ、糞がでるような肉でも食うか」
「ゼクト、おまえバカだろ。いきなり消化できねぇよ」
「肉を消化できねーほど、やわじゃねぇだろ」
「はぁ、おまえなー、そんなに俺のクソが見たいのか」
「は? 誰がそんなもん見たいんだ? 糞の話を始めたのは、おまえだろ、オールス」
「これだから狂人は困るんだよ。俺は、ションベンの話をしたんだ。ちゃんと人の話を聞けよ」
うん、二人は、仲が良いね。排泄物で盛り上がっているのも、わざとだろうな。
「あー、ちょっと診せてもらいますね」
僕は、笑いをこらえながら、薬師の目を使った。スープか何かを飲んだのかな。循環器系は、さっきの薬で、腐食は綺麗に消えて、本来の機能を取り戻している。
マナの循環を上手くできるようになったのか、腐食部分の広がりは抑えられているようだ。さすがギルマスだな。
だけど、まだ、両足と右腕は、危険な状態だ。切断された部分の腐敗は改善されていないし、その部位からの腐食も、マナの循環を止めると一気に身体に広がるだろう。
心臓付近を守っていた神獣ヤークの気配はない。やはり、ボックス山脈に戻ったみたいだな。
ギルマス自身が、神獣ヤークの助けなしに、身体をこれ以上の腐食が進まないように、維持していかなければならない。
「循環器系は、今のところ大丈夫みたいですが、右腕と両足は、良くないですね。今は、マナの循環が上手くできていますけど、神獣ヤークはもういませんから、気を抜かないでください」
僕は、正方形のゼリー状ポーションを、テーブルの上に無造作に置いてあった菓子皿に、山盛りに出しておいた。
菓子皿だから、お菓子に見えるよな。
「マナの循環には、体力も使うから、適当にこれも食べておいてください」
「うひゃ、なんだか、至れり尽くせりだぜ」
ギルマスは、大げさに喜び、ポーションを一つ口に放り込んでいる。左腕の状態は、問題なさそうだな。
「オールス、動けるようになったら、金を払えよ?」
「ケチくさいことを言うなよ。せっかく、ヴァンが善意で俺にくれたというのに。言っておくが、ギルマスの報酬は、安いんだぜ?」
「は? おまえ、いつまでギルマス気分なんだ? 今は、冒険者だろーが。ったく、間抜けどころじゃねぇな」
やはり、仲が良い。ギルマスと話しているときのゼクトさんは、イキイキしているんだよな。
「あー、ヴァン、レモネ家の主人が呼んでるぜ? 正確に言えば、ラスクが呼んでる。講習会の件じゃねぇか」
「えっ? あ、ゼクトさん、ありがとうございます。えーっと……」
「その通路の壁に触れたら出られる。あとは、わかるな?」
「あ、はい、大丈夫です。では、オールスさん、お大事に」
「おう! 余裕だぜ」
ギルマスの表情は明るい。作り笑顔ではなく、本当に楽しそうに笑う。まだまだ危険な状態なのに、強い人だな。
「それから、ヴァン、レモネ家の用事の合間に、ボックス山脈に行くぞ。薬草ハンターの神矢なら残っている」
「は、はい!」
僕は、また、ゼクトさんと神矢集めに行けるんだ! その前に、ジョブの仕事だよな。
僕は、彼らに軽く会釈をして、レモネ家の屋敷の方へと通路を移動した。




