336、自由の町デネブ 〜ドゥ教会の役割
「おまえは何者だ?」
神官様を背にかばうように前に出た僕を、王都からやってきた兵達は、まるで値踏みをするかのように睨んでいる。
バカにしたような表情にも見えるか。僕のステイタスがわかっているんだ。
「僕は、彼女の夫です」
こんな状況だけど、自分が発した言葉に照れてしまう。
「は? 何の冗談だ。おまえのような子供が……なっ!? 何者だ?」
兵の視線の先には誰もいない。彼の表情からすると、何かの霊だろうか?
だけど、僕は精霊師のチカラを使わなくても、精霊も妖精も悪霊も見える。僕に見えないなんて……。
あれ? ゼクトさんがニヤッと笑った。何かしたのかな。
「へぇ、誰の顔が見えているんだ? 王命だと言っていたな。おまえは、国王の顔を知らないのか」
どういうこと? 兵は、何か混乱しているように見える。
「チッ、幻影か。悪霊なんかを使いやがって」
魔導ローブを着た神官らしき人が、何かの術を使った。すると、兵が見ていた何かが消えたらしい。
「悪霊じゃねぇよ。言霊だ。その兵が王命だと言い切るから、命じた者の姿を見せたまでだ。兵が知らない顔らしいな。ノレアの坊やじゃなかったか」
ゼクトさんは、ノレア様が神官様を捕らえさせようとしていると、考えたのか。たぶん、ノレア様は違う。彼は、彼女のことなんて、眼中にない。
「狂人! おまえが主犯か! 堕天使の主人は、どこに隠れている?」
あぁ、やはりそうだ。この人は、アウスレーゼ家の神官なんだ。そして、なぜか、僕がその主人だとは気づかないらしい。誰かが、僕の何かを隠しているのか。
「また、妙な術を使って悪霊を呼び寄せやがって」
うん? 魔導ローブを着た人が、僕の背後に視線を向けた。一応、振り返ってみる。
あっ! な、なぜ?
兵の何人かが、僕の背後を指差している。精霊が見える人は、何人か、いるんだな。
ゼクトさんは、チラッと視線を向け、ニヤッと笑った。
「ふん、悪霊に見えるのか? 重症だな」
「何をほざいている。こんなチカラなき悪霊など、我が手で消し去るのみ!」
魔導ローブを着た人は、何かの詠唱を始めた。
ちょ、待てよ。マズイじゃないか。なぜ、ゼクトさんは、精霊シルフィ様を呼んだんだ?
『ヴァン、その者の目は、濁ってしまっているよ』
えっ? 精霊ブリリアント様?
『あぁ、六精霊を使いなさい。急いで!』
は、はい。
僕は、六精霊に、来てほしいと念じる。
『火、水、風、土、光、闇、六属性精霊召喚!』
僕の身体に魔法陣が現れ、6つの光が飛び出した。そして、僕の前に、次々と精霊様が現れる。
なんだか、登場スピードが速くなってないか? 急いでくれたのだろうか。
「ふぁっ?」
詠唱をしていた神官らしき人に、精霊様の誰かが何かしたみたいだ。彼の集めていた魔力がかき消され、その反動で床に転がっている。
精霊様達は、人の倍の背があるから、僕の前に立たれると、まるで壁のようで、何が起こったのか見えなかった。
風の精霊様が、シルフィ様を守るように、彼女の前に立った。
『あたし達も、悪霊に見えるのかしらっ!』
転がった神官に向かって、ビシッと指差す幼女……じゃなかった、光の精霊様。
教会内に居る人達がザワザワしている。そして、キョロキョロしているんだ。
そうか、ブラビィが、ここにいる人達に、精霊様たちの声を届けているんだ。
でも、魔導ローブの男の言葉を信じ、悪霊がいると恐れている人もいる。
精霊や妖精の姿が見える人は、悪霊でないとわかっている。驚いて、固まってるけど。
うーん、みんなに精霊様の姿が見えるようには、できないのかな。
すると、天井が一瞬強く光った。
ちょ、なんだか、嫌な予感がする。
わあっと歓声があがる。
あぁ、やっぱり……。
バサバサと翼をはためかせ、神の像の近くに堕天使が現れた。ちょ、神様に叱られるよ?
僕は、精霊や妖精が見えるようにって……えっ?
堕天使から、何かキラキラしたものが吹き出し、教会内に降り注ぐ。何してんの? キラキラ演出?
すると人々は、目を見開き、キョロキョロしている。
「精霊が見えるようにしてやったぜ」
確かに、みんなの目に見えているようだ。いろいろな声があがる。特に、光の精霊様に、視線が集まるようだ。
それには彼女も、気づいたらしい。
『ヴァン、みんながあたしを見るのは……』
「かわいいからですよ」
『違うわっ!』
えっ? 外した?
「じゃあ、暗い場所だから、光の精霊様は目立つのだと思います」
『何を言ってるのっ。あたしが、リーダーだからよっ。ヴァンってば、久しぶりすぎて忘れちゃったの?』
あー、そういえば、リーダーごっこ……。
『ヴァン! リーダーごっこじゃなくて、ヴァンが呼び出したときは、あたしがリーダーなのっ。もうっ、全然かわいくないんだから〜っ』
何も言ってないんだけどな。勝手に頭の中を覗いて、怒られても困る。
うん? 僕が呼び出したら? 誰が呼び出すかで、何か変わるのだろうか。
バサバサと、わざと翼をはためかせて、堕天使が僕の前に降り立った。
そして、ニヤッと笑い、なぜか僕にひざまずく。絶対、敬意なんてこもってないよな。
『ちょっと、あんた! あたしが話してるのに、勝手に割り込んでこないでよねっ』
「あ? チビすぎて見えなかったぜ」
いやいや、光の精霊様でも、普通の人間より大きいから。
『ムキーっ! 天兎のくせに偉そうにしないでっ。ちょっとイケメンだからって、いろいろ役に立ってるからって、調子に乗ってるでしょ。ぜーんぜん、かわいくないんだから』
光の精霊様は、ブラビィを褒めているのか?
「フン、別に可愛さなんて求めてねぇよ。で? オレの主人に何の用だ? 堕ちた神獣に毒された神官」
えっ? 堕ちた神獣にって……。
『ちょっと! あたしがリーダーなんだからねっ、勝手に話を進めないことっ。ほんと、かわいくないんだからっ。で? あたし達が悪霊に見えるのかしらっ』
光の精霊様は、あちこちをビシッと指を差して、くるくると忙しそうに回っている。
「光の精霊……なぜ悪霊を引き連れていらっしゃる? 闇に堕ちたか」
魔導ローブを着た男は、光の精霊様以外は、すべて悪霊に見えるのか? 闇の精霊様のことを悪霊と勘違いするなら、まだわかるけど……。
『ちょっと、ヴァン、この人、頭、大丈夫?』
「なんだか、誤解があるみたいですね」
すると、堕天使ブラビィが、兵の方へと歩いていく。いや、教会にいる人達に、自分の姿を見せているのか。
若い女性の視線を集めて、満足そうなんだよね。
「まさか、おまえが堕天使の主人なのか? そんな、何の力もない弱い子供が? あり得ない。おまえは、ゲナード様を封じた人間ではない。本物の主人をどこに隠した?」
この人、頭、大丈夫だろうか?
「貴方達は、この教会に何をしに来たのです?」
神官様が、強い口調で兵に尋ねた。
「あ、いや、この教会が、神官三家への謀反を企てているから、神官を捕らえよと……王命ではなかったのか?」
『ちょっと、あんた!』
光の精霊様が近寄ると、兵はビクッとしている。ガチガチに緊張しているようだ。
『なぜ、この町の教会を潰そうとするのよっ。シルフィちゃんのことを悪霊だとか、意味わかんないんだけどっ』
「えっ、シルフィ様は、風の精霊様です」
『じゃあ、そっちの頭が心配な人間を連れて、さっさと帰りなさいよっ』
「で、ですが、この教会の……ドゥ家の目的が……」
兵は、報告しなければいけないのか。でもきっと、彼は、帰りたいんだ。
これはどう見ても、王都の兵の侵略行為だからな。王命ではないと気づいた兵達の様子は、ガラリと変わった。
六精霊や堕天使に、怯えているのかもしれない。
『教会の目的? そんなの決まっているじゃないっ。神の像がピッカピカなのよ? あんた、わからないの?』
「は、はぁ。申し訳ございません」
僕もわからない。
すると、光の精霊様は、堕天使ブラビィに見惚れている女性達をビシッと指差した。
『アナタ達っ! この教会の役割を言えるわよねっ』
えっ? 無理でしょ。
「きゃあ、光の精霊様に話しかけられたわ」
「素敵ね、かわいいわ」
かわいいと褒められて、光の精霊様は、勝ち誇ったかのように堕天使を見ている。何の競争だろう?
『アナタ達っ! こんなに神の像がピッカピカなのよ? この教会は、愛が満ち溢れてるのっ。好きな人に告白するなら、ここよっ』
はい? 何をおっしゃって……。
「きゃあ、告白教会だなんて、素敵だわ」
「神の像が、導いてくださるのね。きゃあぁ」
ドヤ顔の光の精霊様……ちょ、どうするんだよ。




