335、自由の町デネブ 〜告白、そして邪魔者
神官様が、神官らしくない言葉を、普通の女性のように叫ぶと、教会にいた人達は、一気に騒がしくなった。
僕は、いろいろな感情で、頭の中が大混乱中だ。
「ふっ、やっと、まともな告白ができたな」
ゼクトさんがそう言うと、パラパラと拍手が聞こえてくる。そして、いつしか教会の中にいる全員に、拍手の波が広がっていった。
近くにいた人が、僕の背中を押した。
ちょ、ちょっと……。
ズイズイと、僕は、彼女のそばへと、押しやられていく。この拍手は、僕達を祝ってくれているのだと感じた。
まずいな、顔が熱い。
そんな僕の方を見て、神官様は、口を押さえて真っ赤な顔をしている。
どうしよう、かわいい。
だけど教会で、しかも、たくさんの人の前で、そんな無防備な顔をしていていいのか?
神官らしくない彼女の表情に、教会にいた人達は、口々にいろいろなことを言っているみたいだ。
だけど、みんな、にこやかな笑みだな。神官様が未熟だとか思われていないかな。大丈夫なのだろうか。
「ヴァン、黙っていて、ごめんなさい」
「いえ、僕の方こそ、いろいろと……。あの、いつから、僕は伴侶になったんですか」
「えっ? あ、あの、前に、この場所に来たときよ。ヴァンが、その……想いを私に告げて、あの……」
彼女は、真っ赤な顔をしてうつむいてしまった。話しにくいことなのかな。たくさんの人がいるからか。
「ヴァンさん、ここでフラン様に告白したのですか」
近くにいた若い女性に尋ねられた。
「あ、はい。まだ、建物の外観しか出来ていなかったときですが……」
「きゃーっ、素敵だわ」
「ほんと、憧れちゃう」
「私も、彼を連れて来ようかしら、きゃっ」
なんだろう? 若い女性が盛り上がっている。
「神の像の下で、愛を告白して、相手がそれを受け入れると、稀に神の祝福が得られるのよね」
「言葉にしなくても、キスをすればいいのよね。素敵だわ〜」
えっ? もしかして、あの時、神官様が涙を流したのは……。
彼女の方に視線を移すと、居心地が悪そうに、なんだかモジモジしている。いつも凛としているのに、こんな顔をするなんて……。
「フラン様……」
「な、何よっ」
ぷくりと膨れっ面をする彼女。まだ、顔が赤い。照れているのだろうか。
なんだか、こんな彼女って……。
「貴女を愛しています。僕と結婚してください」
「ちょ、もう、伴侶になってるって知ってるでしょっ」
ぷいっと横を向く彼女。ほんと、素直じゃないんだよね。バレバレですよ? 頬がさらに赤くなってる。
「貴女の言葉で聞きたいんです。僕と結婚してくださいますか?」
「もうっ! バッカじゃないの。結婚してあげるに決まってるでしょ!」
僕は、思わず、彼女を抱きしめた。
そして……。
真っ赤な彼女の顔に、僕の顔を近づけて、そっとキスをした。
ポワンとした表情をしていた彼女だけど、すぐに人目があることを思い出したみたいだ。
「ちょっと、ヴァン! あなたねー」
「はい、なんですか?」
僕が、ジッと見つめると、彼女は僕の腕をほどこうと、ジタバタし始めた。
「もうっ!」
今度は、彼女の方から、僕の唇に彼女の唇を重ねた。
「きゃ〜っ、素敵だわ〜」
「神の像が、すっごく輝いてるぅ」
若い女性は、きゃーきゃー騒ぎながらも、めちゃくちゃガッツリ見てるんだよな。
再び、自然に、パチパチと拍手が起こった。
まさか、夢じゃないよな?
僕は、ついに、僕は!!
神の像を見上げると、キラキラと輝いている。神の祝福かぁ。本当に、本当なんだよな?
腕の中の彼女に視線を移すと、彼女も神の像を見上げていた。
僕は、彼女をキュッと抱きしめた。
『我が王! た、た、大変でございますです〜』
はい? リーダーくん?
その声は、僕にしか聞こえない。みんな、僕達を祝ってくれている。
僕が下を向くと、ゼクトさんが何か気づいたみたいだ。足元には居ないな。
『た、た、た、た、たぁいへん……ふぎゃっ』
リーダーくんが蹴られたのだろうか。キョロキョロと辺りを探していると、神官様が変な顔をしている。
だよね。突然、キョロキョロしていると不審だよな。
「ヴァン、何?」
「あ、はい、ちょっと声が聞こえて……」
「まさか、神の声?」
「いえ……」
すると、ゼクトさんが口を開く。
「偵察している従属か?」
「あ、はい。気のせいかな……あっ」
頭の上に、ポテッと何か柔らかいものが落ちてきた。
『我が王! 大変なのでございますです〜』
僕が手を出すと、手の上に乗ってきた。すると、その手を狙ったかのように、もう一体が降ってきた。
「フラン様、気のせいじゃなかったみたいです」
「お祝いに来てくれたのかしら?」
「いえ、何も考えていないかと……」
すると、賢そうな個体が、神官様に一礼している。リーダーくんも、慌てて真似をしているんだよな。
『我が王! た、たたた大変たたた……げふっ』
リーダーくんって、興奮すると、喋れなくなるよね。だけど今の声は、なんだか、すごく耳に響いた。
リーダーくんは、お腹を押さえて、僕の手のひらでうずくまっているよ。
『我が王! 大切な場をお邪魔してしまい、申し訳ありません。火急の報告でございます』
賢そうな個体は、キリッとした顔で話している。でも、妙に声が響くんだよな。教会だからかな。
「どうしたの?」
『はっ、王都から、この教会に神官家の人間が来ます。この教会が、神官三家に対して謀反を起こす危険な集会所となっているため、排除すると』
「えっ? 教会を排除?」
『この教会を潰し、神官を処刑すると……もう、来ます。この町に着きました』
「わかった、ありがとう。キミ達は、精霊の森を守って。精霊シルフィ様が、恐れないように」
『御意!』
返事をすると、リーダーくんの頭を殴り、賢そうな個体は、床へ飛んだ。
僕は、リーダーくんに正方形のゼリー状ポーションを渡して、そっと床に下ろした。すると、ポーションを抱えて、スタタタと壁の方へと走り去った。元気じゃん。
立ち上がり、この件を神官様に伝えようとすると……彼女は、顔面蒼白で立ち尽くしていた。
それに、教会にいる人達も、様子がおかしい。
「ヴァン、誰かが泥ネズミの声を流してたぜ」
「えっ? 聞こえたんですか。あっ、だから音が響いてたのか」
ブラビィか。なぜ、そんな……いや、この件については、みんなに知らせる方がいい。
この教会が謀反の集会所だなんて、そんなことは、言いがかりでしかない。
「さっきの暗殺者が失敗したからだな。俺が居るとわかっていて狙ってくるとは、いい度胸をしているじゃねぇか」
ゼクトさんは、なんだか少し楽しそうに見える。
「もしかしたら、ゼクトさんも……」
僕は、そう言いかけて、言葉を飲み込んだ。教会の入り口に、兵が次々に現れたんだ。
教会にいる人達は、引きつった表情をしている。だけど、兵の登場に、それほど慌てているわけではない。やはり、事前に知らせておいたブラビィの作戦は、正解だな。
神官様は、必死に平静を装っているけど……震えている。
これまでにも、何度も命を狙われてきたんだ。その恐怖がよみがえってきたのかもしれない。
せっかく独立できたのに、潰そうとするか? しかも、神官様を処刑するだなんて、誰が黒幕なんだ?
まさかとは思うけど、彼女の表情からして、アウスレーゼ家なのか?
コツコツと、靴音を鳴らして、兵が入ってくる。兵だけじゃないな。魔導ローブを身につけた神官らしき人もいる。
「こちらの教会の神官は?」
兵の問いかけに、神官様が数歩前に進んだ。
「私ですわ。教会に入るときには、鎧は遠慮してくださいますか」
「それはできぬ。神官三家への謀反を企てるドゥ家の主人フラン、おまえを捕らえよとの王命が下った」
王命? 怪しいな。
チラッと神の像に、視線を移すと、わずかに点滅したような気がした。その意味はわからない。だけど、神が、兵の言葉を否定したような気がした。
ゼクトさんが動こうとしたのを、僕は視線で制した。
「それは誤解ですわ。この教会は、この町の移民の不安を取り除くためのもの。神官三家とは役割が異なります」
神官様は、少し震える声で、だけど凛とした態度で、兵の言葉を否定した。
「王命に逆らうというのか?」
おかしいな。この場には、僕がいることも、知られているはずだ。彼女を捕まえたいなら、逆に僕やゼクトさんが居ない時を狙うはず。
ということは、やはり狙いは、僕か……。
僕は、彼女の前に出た。
「えっ、ヴァン?」
「ここは、僕にお任せください。おそらく、真の狙いは、僕の方でしょう」




