334、自由の町デネブ 〜ジョブの印の変化
「フラン、おまえ、他に言い方はないのか? 愛の表現もない最低の告白だな。やり直しだ!」
ゼクトさんがそう言うと、何人かがクスクスと笑った。僕が、笑われたのか? いや、神官様が? 僕の頭は、完全に思考停止中だ。
神官様は、ゼクトさんに感情の読めない視線を向けている。戸惑っているのだろうか。
「泣き虫なジョブ『ソムリエ』って、泣き虫ヴァンのことかな」
「それは、どこかのぶどう農家の子だろう?」
周りから、コソコソと話している声が聞こえてくる。
なぜ、泣き虫ヴァンって……こんな遠い町にまで伝わっているんだよ。リースリングの妖精が、僕をからかうときに使う呼び名だ。
「あー、ちょっと待て! こんな場所で野暮なことをする気か。無駄だぜ」
突然、ゼクトさんが叫んだ。その視線は、神官様の近くの人に向いている。
「チッ! 狂人か。だが、もう遅い」
人々の中から、数人がローブをパッと飛ばして、神官様の方へと近づく。嫌な予感がする。
僕は、駆け寄ろうとしたけど、間に合わない!
キン!
何かを弾く音が聞こえた。
「チッ! 何だ?」
彼女に近寄ろうとした数人が、立ち止まる。
何が起こった?
「ふん、だから、無駄だと教えてやっただろ。アウスレーゼ家は、まだコソコソと、フランを暗殺しようと動いているのか」
ゼクトさんは、何が起こったか、完全にわかっているようだ。
神官様は、平静を装っているけど、顔色が真っ白だ。
アイツらが、彼女を……暗殺?
僕は、一気に頭に血がのぼった。だが、神官様は無事だ。それに、ここは教会だ。ゼクトさんを見習って、余裕のあるフリをしなければ。
「ヴァン、だいたい、おまえが、自分のことを隠すから、神官三家になめられるんだよ」
「えっ……僕?」
なぜ、僕のせいなんだ? ゼクトさんは、ニヤリと笑って、大きく息を吸った。
「この教会に出入りする者に、教えておいてやる」
耳が痛くなるような、大きな声だ。
「この教会は、安全だ。特にヴァンがいるときはな」
そう言って、ゼクトさんは僕の背中をポンと叩いた。話をふられたのか? 無理だ。ゼクトさんが何を言いたいのか、わからない。
「ヴァンは、極級『魔獣使い』だ。しかも、覇王持ちだからな」
ちょ、覇王の話は……。
みんなの僕を見る目に、一気に恐怖の色が混じる。魔道具メガネを使わなくてもわかるほど、凍りついているのを感じる。
「つまり、空に映った堕天使の主人は、このヴァンだということだ。それに、王都のすべてのネズミにも、ヴァンの覇王効果が及んでいる。魔女も従属だったな」
シーンと静まり返っている。重苦しい静けさだ。
「王宮の神殿教会のノレア神父は、ヴァンに嫉妬して、何度も暗殺しようとした。だが、主人想いの堕天使が、徹底的に排除している。今は天兎だが、その前は闇属性の偽神獣の悪霊だったからな」
あー、もう、これで、誰も教会に来なくなるよ。
「だが、一方で、ヴァンは精霊師でもある。超級だったか。だから、暗殺者ピオンとも呼ばれているが、意味のない暗殺はしない。精霊師のスキルが消えるからな」
ちょ、ピオンの話まで……。
「精霊師として、デュラハンとの契約もある。デュラハンは、ヴァンのおかげで首を取り戻して精霊になった。だから、ヴァン自身が何も命じなくても、従属や精霊が、勝手にコイツを守っている。そして、伴侶となったフランのこともな」
あっ、みんなの目つきが少し変わった。
「あ、あの……教会が安全だというのは、精霊様が守ってくださるからという理解で正しいのかな」
一人の年配の男性が、恐る恐るゼクトさんに話しかけた。他の人達が、話を聞こうと集中したのを感じる。
「さぁ、誰が守るかは知らん。過剰すぎる防衛力があるからな。だから、俺は、元ギルマスの療養地に、この町を選んだ。暗殺貴族レーモンド家の屋敷もあるから、貴族が無茶をすることもないだろうからな」
一気に騒がしくなった。でも、人々の表情は明るい。レーモンド家って、やっぱり有名なんだ。高価な服を着た人が、ブルブルッと震えている。
その騒がしさに紛れて、神官様を襲撃した数人は姿を消した。逃げたんだ、いいのかな。
ゼクトさんが何も言わないということは、逃がして正解なのか。きっと、今、聞いた話を、依頼主……アウスレーゼ家に伝えるはずだ。
「さて、邪魔者は消えたようだ。フラン、話すべきことがあるだろう?」
ゼクトさんが、神官様に視線を移した。教会にいる人達の視線も、彼女に集まる。
神官様は、ふーっと息を吐き、ゼクトさんを睨んでいる。
教会にいる人達からは、なぜ僕が伴侶となったことを知らないのかと、コソコソ話が聞こえてくる。
確かに、僕は、いつ、神官様の伴侶になったのだろう? さっき、薬を作ったときか? いや、違う。その前から、神の像は輝いていた。
でも、以前、この場所に来たときには、神の像なんてなかったよな。暗くて気づかなかっただけかもしれないけど……気づかないということは、輝いていなかったんだよな。
「ヴァン……」
すぐ近くから、神官様の声が聞こえた。彼女は、僕のすぐ横に立っていた。だけどその視線は、僕には向いていない。あちこち、さまよっている。
他に暗殺者がいないか、警戒しているのだろうか。でも、ゼクトさんは、邪魔者は居なくなったって言っていたよな。
教会にいる人々の視線も集まる。
彼女は、この教会の神官様なのに、ゼクトさんは、何を言わせるつもりなんだ? 彼は、何かを促すような仕草をしている。
「ヴァン、正直に話すわ。神の像と、そして私の教会の信者の人達の前で」
神官様は、やわらかな笑みを浮かべている。綺麗だ。凛としていて気高い美しさがある。本当に僕は、彼女の伴侶になったのだろうか。なぜ……。
「私は、リースリング村に、成人の儀で訪れたとき、ヴァンの印を見て驚いたわ。あの頃には、独立しようと意志を固めていたから、神がくださった贈り物だと思ったわ」
「へ? あ、変な反応ですみません」
僕は、間抜けな声を出してしまった。でも、彼女は、何の反応もない。何か変だな。緊張しているのだろうか。
「ヴァンの印は、私と同じ増幅の印。そして同じ種類だから、利用価値が高いと感じたわ。手懐けて、何番目かの伴侶にすれば、私のジョブの力が増幅される」
えっ……利用?
「いわゆる相乗効果ね。実際、ヴァンが伴侶となったことで、ジョブの印には、変化が現れたわ。そして、私は独立する条件を得たのよ」
意味がわからない。僕が首を傾げていると、ゼクトさんが口を開いた。
「ヴァンの印にも、変化が現れていたぜ。だが、フランの印の方が弱いな。ただのスコーピオンか。ヴァンには、たいした恩恵はないみたいだ」
「えっ? 僕の印?」
「さっき、見ただろーが。マナを蓄えていただろ。増幅効果の発動率も増幅率も、上がっているはずだ」
「印が薄く見えたアレですか?」
「あぁ、サソリの尾が二つになっていただけだ。おそらく、フランの印には、毒サソリの牙が生えてるんじゃねぇか」
ゼクトさんがそう言うと、神官様は首を横に振った。
「私の印には、巨大なカマのような武器が加わりました。牙が備わるかと想像していましたが……」
その言葉に、ゼクトさんは目を見開いた。そして、からかうように、ふふんと笑ったんだ。
「それで、フランは恐ろしくなったのか。武器の絵は、諸刃の剣。その縁を切ると、報復を受ける恐れがあるってか? だが、それは事実ではない。強者が弱者を縛るためのデマだ」
「えっ……いえ、ノレア様の経典にも……」
「ノレアの坊やだろ? 精霊ノレアじゃねぇだろ」
「た、確かに……」
神官様は、戸惑っているようだ。教会にいた人達も、少しザワザワしている。僕には、全く理解できない話だ。
「フラン、別に縁を切っても報復は受けない。おそらく、その武器も消えないだろう。どうする? 辞めるなら、今だぜ? もしもの場合、俺なら対処できる」
ちょ、ゼクトさんは、潰す気なのか? でも確かに、なぜ伴侶になっているのか、わからないもんな。
「嫌……そんなの嫌よ」
神官様は、はっきりと断った? えっ、何が嫌なんだ?
彼女は、僕を真っ直ぐに見ている。
「私は、フロリスを救ってくれたときから、ヴァンを伴侶にしようと決めていたわ。打算ではなく……その……」
何か言った? その声は聞こえない。
「フラン、聞こえねーぞ」
ゼクトさんが煽るように言うと、彼女はキッと睨んだ。
「ヴァンのことが好きになっちゃったんだから、仕方ないでしょ!」




