333、自由の町デネブ 〜何度目かの告白
「ククッ、いくら呼んでもスルーしてたくせに、やっと来たか」
ゼクトさんは、嬉しそうな顔をしている。その反面、神官様は、片眉をあげて不機嫌そうなんだよね。
この二人の関係って、年齢とは逆なんだな。ゼクトさんが少年のようで、彼女は悪戯っ子に呆れるお姉さんみたいだ。
なぜか、ゼクトさんに、ゴチンと叩かれた。僕の考えを覗いて怒ってる?
「ちょ、ゼクトさん、僕の頭の中を勝手に覗いて、勝手に怒らないでくださいよ」
「おまえなー、勘違いも、そこまで酷いと笑えないぜ」
何が、勘違いなんだよ? 悪戯っ子のようだと思っていたことに怒ったのか。だけど実際、少年みたいな顔をしてるじゃん。
「何を騒いでいるのかしら。用事がないなら、帰りなさい」
ほら、神官様に怒られた。やっぱり、ゼクトさんの方が子供みたいな……痛っ。
また、ゴチンと殴られた。
「ちょ、ゼクトさん!」
「はぁ、おまえら、なんか面倒くさいことになっとるけど……フランがウジウジしすぎじゃねーか」
また、神官様を呼び捨てにするし。仲良いのは、もうわかったよ。
「はい? 私の何が……」
「フラン、なぜ、こいつにキチンと説明しないんだ? 何を恐れている?」
ゼクトさんがそう言うと、神官様はハッとした顔をした。
「まさか、話したの?」
彼女は、ゼクトさんを睨みつけている。いや、見つめている? 何だよ、僕はお邪魔じゃないか。
「俺から、話してもいいのか? なぜ、超級薬師のヴァンが、断罪草を一発で作れたのか。なぜ、神官の下級スキルを得たのか」
ゼクトさんは、少し強い口調だ。
しかも、声が大きいから、教会にいる人達にも聞こえている。
神官様を守ろうと、護衛の人が駆け寄ってきた。だけど、ゼクトさんが視線を向けると、その場から動けなくなったみたいだ。
何か、スキルを使ったのかもしれない。
「はぁ、もう……ほんと、嫌な人ね」
夫婦げんかだ。
「ヴァン、おまえ、バカだろ」
「何を突然……」
ゼクトさんの表情から、からかわれているわけでもないとわかる。
彼は、周りに集まる人達に、視線を走らせた。そして、ニヤッと笑った。
「フラン、おまえの伴侶は誰だ? ここで言ってみろ」
「ちょっと、やめなさい」
「おまえがその気なら、神の祝福を断ち切ることもできる。いや、ウジウジしすぎていると、神に愛想をつかされるんじゃないか」
ゼクトさんは、真顔だ。
こんな顔をしたのは初めて見た。痛そうな辛そうな……悟り切ったような表情。神官様の心がわかっているからか。
神官様は、スッと視線を逸らした。
まずいんじゃないか? 本格的な夫婦げんか……痛っ。
また、ゴチンと殴られた。なんだよ、僕に、八つ当たりしないでくれ。
「ヴァン、おまえは、フランのこと、どう思ってるんだ?」
ちょ、何? 大勢の前で、何だよ。一瞬、カチンときた。だけど、ゼクトさんは、真顔だ。
「僕が、神官様のことをどう思っているかは、ゼクトさん、知っているじゃないですか」
「忘れた〜」
はい? 僕に何を言わせる気だよ。
「もう、やめなさい。貴方達、おかしいわよ」
ほら、叱られた。神官様が呆れているじゃないか。
「おかしいのは、おまえの方だ、フラン。何がそんなに怖い? このままで、いいのか」
「いずれ、時が来れば……」
「そんなもん、来ねぇぞ。逃げてばかりで、向き合う気がない愚か者にはな」
ゼクトさんが、怒っている? なんだか……様子がおかしい。
神官様は、下を向いてしまった。
どうしよう。
シーンとしている。教会の中にいる全員が、二人の話に注目しているんだ。
ここは……どう乗り切れば?
あっ、スキル『道化師』の何か? でも、何を使えばいいのかわからない。
どうしよう。
ゼクトさんが、僕に何か言えと合図をしてくる。そんな無茶振り……。
あっ、そうだ。
「神官様、あの……」
声をかけると、彼女は、明らかにギクッとしたようだ。肩が跳ね上がるように動いた。
教会にいる人、みんなに注目されている。
神官様に、恥をかかせてはいけない。ここは、神官様が独立して建てた彼女の教会だ。
「神官様、だいぶ前のことですが、フロリス様の部屋で、僕に話してくれたことを覚えていますか? あのときは、僕は、意味がわからなかった。神官家や貴族の、二番目の伴侶の意味……マルクが教えてくれたんです。好きな人は、二番目の伴侶に選ぶって」
「そう」
そっけない返事だ。僕は、心が折れそうになりながらも、必死に自分を奮い立たせる。
ゼクトさんをチラッと見ても、続きを促すような仕草をする。旦那様の前で話すことじゃない。
でも、なんだか、今、話さなければならないような気がするんだ。
神の像に目を移すと、優しい光を放っているように見える。そうだ、ここは教会だ。神官様に、思っていることを打ち明け、懺悔するに相応しい。
「神官様、僕は今までに、貴女に隠し事をしたり、気持ち悪い行動をしたり……情けないことをたくさんしてきました。でも、僕は、ずっと貴女のことが好きです。きっと、これからも、ずっと貴女のことが好きです」
彼女は、パッと顔をあげた。
ヤバイ、綺麗だ。思わず抱きしめてしまいそうになる。また、キスしてしまいそうになる。
ダメだダメだダメだー!
僕は、スゥハァと深呼吸をした。もう、同じ失敗はしない。もう、情けなく泣いたりしない。
「だから、僕は、神官様の……フラン様の二人目の伴侶に、立候補させてください」
よし、言った!
抱きついていないし、失礼なこともしていない。今回の僕は、失敗していない。
彼女は、ボーっとした感情の読めない表情をしている。
教会の中は、シーンと静まり返っている。
ゼクトさんは、ニヤニヤしているけど無言だ。にやけた口を隠すかのように手を当てている。
旦那様の前で、僕は……。
神官様は、呆れているのだろうか。でも、ゼクトさんは怒ってないよな?
長い……。
いつまで、沈黙が続くんだ。
永遠に、時が止まったのではないかと錯覚する。
「おい、フラン、何か言ってやれよ」
ゼクトさんが、まさかの援護だ。
すると、神官様はゼクトさんをキッと睨み、そして、僕の顔を見た。
「ヴァン……」
「は、はい!」
「それは、無理だわ」
「えっ……」
無理? 二番目は無理?
「じゃあ、三番目でいいです」
「それも、無理ね」
「えっ……」
他にも、既に伴侶候補がいるんだ。
「じ、じゃあ、四番目……」
「無理よ」
くじけるな、頑張れ!
「な、何番目でもいいです! 僕は、まだ子供かもしれないけど、4年後には、今のフラン様の年齢になるし、その、僕もそのうち、きっと……」
あっ……ヤバイ。
僕は、上を向いた。マズイ、涙が出てきた。下を向くと、頬を流れてしまう。
どうしよう。
涙は、どうすれば引っ込む?
カッコ悪い。はぁ、僕は最低だな。
「ヴァン……どこ見てるのよ」
「えっ、えっと……」
「バカね」
なっ!? 反論しようとして、神官様の方に視線を移した。すると、彼女の目には……。
見間違えたかと、僕は、袖で涙をぬぐった。
だけど、やはり、彼女の目には、うっすらと涙が浮かんでいる。
「あ、あの……僕、失礼なことを言ってしま……痛っ」
バチンとデコピンされた。地味に痛いんだよな。
神官様は、チラッとゼクトさんに視線を移した。その行動に、僕の胸は、ズキンと痛んだ。
神官様は、スタスタと僕から離れていく。
ヤバイ、また涙が出てくる。
そして、彼女は、神の像の真下に立った。
「教会にお集まりの皆様、お騒がせして申し訳ありません」
僕の胸は、再びズキンと痛んだ。
「私の伴侶について、公表をしていなかったのは、私の不安からです。神の像が輝き、神は祝福してくださいました。ですが、伴侶となった彼は、そのことに気づいていませんでした」
うん? ザワザワし始めた。
「ほら、今もまだ、わかっていないようです」
うん? 視線が集まる。
いや、ゼクトさんを見ている?
「私は、彼の成人の儀を担当しました。そして、三つのギルドの後見人を引き受け、ずっと見守っておりました。しかし、いつしか、彼は私を軽く超えてしまいました。それからは、どんどん遠い人になっていくような気がして、怖かったのです」
えっ……。
「そして、そんな彼を、独立に利用したと思われたくない。私には、そんなプライドもありました。ですが、彼がいなければ、私は、新家潰しに遭い、殺されていたでしょう」
まさか……。
「私の伴侶となった彼は、ただひたすら真っ直ぐで鈍感な、ジョブ『ソムリエ』の泣き虫です」
神官様は、晴れやかな笑顔を僕に向けてくれた。




